『冷たい熱帯魚』
監督 園子温

 昨秋、県立美術館の特集上映で一挙に7作品を観て、大いに楽しみにしていた園子温監督の新作が、高知でもようやく上映された。期待を裏切らないパワフルでスリリングな作品だったが、妙に釈然としない仕舞いのつけ方に少々がっかりした。暴力と支配というものの前には、為す術なく人間性が損なわれていくことこそ正に人間性に他ならず、それをもって狂気や心神耗弱などと語ることのほうが偽装に近いことなのだとも言うべき痛烈な人間観を画面に叩きつけていたのに、最後になって“親子関係への不信と絶望”というようなところに物語を収束させていっては、折角のものが腰砕けになるような気がした。

 園子温監督自身にとっての父子問題は、ちゃんと伝える['09]を観て、決着をつけたように感じられたけれども、今なお葛藤が続いているということなのだろうか。それとも、村田(でんでん)を継承し、凌駕していく社本(吹越満)を描くことには躊躇いがあったということなのだろうか。もしそうだったとしたら、作劇的には“逃げ”になっているような気がする。それを思うと、やはりラース・フォン・トリアーのタフさは、凄いものだ。本人自身の逸脱度が相当なものなのではなかろうかという気がするが、それからすれば、園子温は、『ちゃんと伝える』を撮ってるくらいだから、根っこのところがマトモなのだろう。

 とはいえ、三池崇史のような形での虚構的逸脱までは施さずに、基本的にリアルドラマとして貫徹している点は、大いに支持したいところだ。そのような受け止め方をしたうえでの人物像を振り返ると、社本にしても村田にしても筒井(渡辺哲)にしても、男たちの人物造形には、誇張があるにしても強いリアリティが感じられるのに対し、社本の妻の妙子(神楽坂恵)にしても村田の妻の愛子(黒沢あすか)にしても、女性たちについては、今ひとつ人格的統合性が乏しかったような気がする。両人とも服装からして、めっぽう浮いていて、日常性というものからずれたところで生きている感じを受けたのだが、この二人を“非日常を日常として生きている人物”にしてしまうのは、主題的観点からすると少々安易な造形の仕方だという気がした。それでも、その存在感は男たち以上に強烈で、とりわけ愛子の、何かが憑依しているような地に足の付いていない浮遊感を常に漂わせている表情の不気味さには恐れ入った。

 オープニングで、あたかも血糊で書き付けたかのような文字で“Based On True Stories”と映し出されたように、本作は'93年に発覚した埼玉愛犬家殺人事件にインスパイアされた作品のようだが、ブリーダーを熱帯魚に変えてあるのは、視覚的にも非常に巧みな改変だと大いに感心した。その投機性にまつわるイメージも、僕には犬よりもむしろ納得感がある。また、登場人物たちの犯す行為の心無さを表象する「冷血」や、死体にまつわる「冷たい」といった慣用句を被せるうえでも、犬より熱帯魚のほうが遥かにイメージの換気力があるような気がする。そして、村田の経営する熱帯魚店の店員たちの、冬でも露出度の高いユニフォームにしてもそうだった気がするが、社会において女性たちが置かれている“観賞魚的位置づけ”を表象している作品だったとも言えるように思う。無駄に露出度が高く、コケットリーを強調した場面が多かったのも、つまりはそういうことなのだろう。




参照テクスト:掲示板談義編集採録

('21. 7.30.追記)
 十年前に観て以来の再見をする機会を得た。感想的には殆ど変わるところがなかったが、当時かなり持て囃されたように思われる作品ながら、ついついフィルモグラフィのなかで思うところに邪魔されて、僕には不満があり、本作自体を単体で観る視座を得にくいように感じていたので、当夜集った皆さんがどのような意見を聞かせてくれるか楽しみだった。それで言えば、僕とは違った意味で、積極的な支持はあまり得られていなかったような気がする。
 十年前の映画日誌には最後になって“親子関係への不信と絶望”というようなところに物語を収束させていっては、折角のものが腰砕けになるような気がしたと綴っているのだが、ふとウィキペディアを覗いてみたら、園子温がもし再編集することが可能なら、でんでん演じる男が吹越満演じる男に刺殺され、黒沢あすかが笑っているくだりでエンドロール、という形にしたいと、2012年『映画秘宝』7月号の『恋の罪』DVD発売に際したインタビューで語った。ということが備考に記されていて膝を打った。
 そうなっていたら、まさに僕が日誌に記した村田(でんでん)を継承し、凌駕していく社本(吹越満)を描くことになっていたわけで、僕が感じた腰砕けにはならなかった気がする。やはり園子温の腰が引けたということだったのかなと思った。思い掛けない記事に行き当たる機会の得られた再見に大いに満足した。



推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20110212
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1672356673&owner_id=3700229
推薦テクスト: 「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/hotondo_ke/archives/238
推薦テクスト: 「なんきんさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1674550388&owner_id=4991935
by ヤマ

'11. 7.23. あたご劇場



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