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『サルトルとボーヴォワール 哲学と愛』(Les Amants Du Flore) | |||||
監督 イラン・デュラン・コーエン | |||||
ボーヴォワール(アナ・ムグラリス)が契約結婚を交わした仏人哲学者サルトル(ロラン・ドイチェ)にしても、女性として最高の性的歓びを得て彼から贈られた指輪を嵌めたまま生涯を終え埋葬されたとの米人作家オルグレン(カル・ウェバー)にしても、男のほうがいずれも器の小ささを露呈させていたのが些か気恥ずかしく、観ていて少々いたたまれないところのある作品だったように思う。 同じ背伸びをしていても、なぜ女性のほうは、それに見合った器になるのだろう。可塑性ということでの男の敵わなさというのは、生理的なものなのかもしれないなどと思った。なにせ男の性器は、固く強張ることを以て旨となし、女の性器は、柔らかく広がることを以て旨とするものだから、やはり致し方のないことなのだろう。 僕自身は、サルトルの『嘔吐』を読んだこともなければ、『蝿』を観劇したこともなく、むろん哲学書『存在と無』など読んだことがないし、ボーヴォワールの『第二の性』も読んでいない。それでも、高校・大学時代と文芸サークルに属し、同人誌を発行したり、合評会などで討議したりと、そのレベルに大きな開きがあったにしてもしていたことは似たようなもので、今なお痕跡のある“能書き”については当時から大いに語っていたものだから、若かりし頃の彼らを観ていると、我が事のように気恥ずかしさが先に立って仕方がなかった。また、自由恋愛などという言葉こそ使わなかったものの、愛とは意志であると語り、性の超克を考えたり、唱えたりしたこともあり、セックスとは何であるのかを論じ、性行為や性感を言語化し報告し合うことに勤しんだ覚えさえもあるものだから、何とも堪らなかった。 とりわけ最早二十歳代も過ぎた頃合になったサルトルが、おそらくは“契約結婚”などということをついぞ持ち出すこともないままに、タニア(サラ・スターン)と結婚したことを告げたりするばかりか、「タニアが怒るから」などという言葉を発してボーヴォワールを傷つけることにも無頓着であったり、アメリカで意気投合したインテリ女性がサルトルを追ってパリに来ていることを慮り、のうのうとボーヴォワールに帰国を遅らせるよう手紙を出して、時期を合わせて彼女をアメリカに送り出す工作をしたことを露呈させる有様を見ても、素朴にマッチョな男性愛をぶつけ、彼女を追ってパリにまでやってき、指輪を捧げる凡庸さを躊躇わないオルグレン以上に情けなく思えたのだが、そんなふうに女性に甘えてしまう男のさがを笑うに笑えない思いも湧いてきて、些か複雑な心境で眺めていた。 結局のところ、サルトルの提唱した“常識や通念からの逸脱による革新性”を体現し得たのは、同性愛の領域にも性的無交渉の領域にも自ら進み出たボーヴォワールのほうであって、さらには、実存主義哲学を広めた雑誌『現代』にしても、編集長の名はサルトルながら、実質的には“実存主義の女王”との呼称を得ていた彼女の粉骨砕身によって発刊が続いていたように映画では描かれていたが、実際上もそうだったような気がしてならない。 しかし、ボーヴォワールがボーヴォワールたり得たのは、まさしくサルトルがいたからこそで、サルトルから与えられた課題を真っ向から受け止め、受け容れるなかで器を広げてきたものであることが十二分に伝わってきて、些か癪な思いも味わった。一昔前に綴った『コキーユ 貝殻』の日誌に「おそらく直子は、谷川(益岡徹)の目に映った直子とはまるで別人の姿で浦山の前では存在することができたのだろう。それは装うとか偽るとかいうことではなく、浦山といるとそういう直子になれるのだ。それが女というものではないのかと思う。」と綴ったことを思い出した。 だが、今回思ったのは、同時にサルトルもまた、ボーヴォワールと対することでサルトルたり得たのだろうということだった。彼女なればこそ、自由恋愛を旨とした契約結婚の提唱ができたのであって、彼がどの女性に対してもそのように向かったわけではなかろうことは、遠い日の我が事を思い起こしても頷けることで、いかに男が女に敵わないとはいえ、天才サルトルがそこまで愚かであろうはずがない。そういう意味では、二人は宿命のカップルであり、結果的に“性の超克”をも果たし得ていたのだろう。ボーヴォワールがオルグレンの前ではボーヴォワールたり得ず、サルトルがタニアの前ではサルトルたり得なかったであろうことを思えば、たとえ器としてはボーヴォワールのほうが大きくとも、二人の間は最終的にはイーヴンだったのかもしれない。 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20111215 推薦テクスト:「TAOさんmixi」より http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1802980631&owner_id=3700229 | |||||
by ヤマ '11.12.18. 梅田ガーデンシネマ | |||||
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