『ソウル・キッチン』(Soul Kitchen)
監督 ファティ・アキン


 既見の二作『愛より強く』そして、私たちは愛に帰ると合わせ観ると、三作品ともが異なるタッチで描かれているがゆえに却って際立つように感じられる共通項として、“人や椿事に振り回されてこその人生”だと作り手が思っているような気がしてならなかった。そして、『そして、私たちは愛に帰る』の日誌に綴った人知を超えた力の存在が引き寄せたとしか言えないような“人の生の不可思議”を鮮やかに捉えているあたりが、作風の全く異なる本作にも濃厚に漂っているところが凄いと思った。

 まったく人間というのは困った生き物で、誰も彼もがこぞって、人柄も思慮もいかにも善良だが浅薄そうな普通人のギリシャ系移民ジノス・カザンザキス(アダム・ボウスドウコス)を、ひたすら翻弄していたわけだが、そんな困った連中の誰とも、彼が自分のほうから縁を切っていかないスタンスが妙に好もしく、同情しつつも共感度が高かった。

 それにしても、久しぶりに出会った同窓生の不動産業者ノイマンを店に誘うと地上げ屋さながらのタチの悪い乗っ取りの罠に掛けられ翻弄されるし、新たな赴任地たる上海への同行をあれだけ迫り、店を放っては行けないと言うとカメラ付きのスカイプの操作方法を教えて旅立って行った報道特派員の恋人ナディーン(フェリーネ・ロッガン)からは、あっさり心変わりされたり復縁を迫られたりで翻弄されるし、凄腕だけど「愛とセックスと魂と伝統は売ってはいけない」などというような能書きが多くて客の注文に応えずに解雇されるといった、店に落ち着けない料理人シェイン(ビロル・ユーネル)を雇ってみたら、メニュー変更で店が寂れようと弾みで当たって大繁盛しようと、商売っ気を全く見せないマイペースぶりに難儀させられていたし、兄貴は兄貴で週末のみ仮釈放の危うい身のくせして、せこい盗みと20ユーロの弟へのたかりを繰り返すばかりか、ノイマンに嵌められて本当にろくでもないことをしでかすしで、普通人ジノスは、実に散々な目にあっていた。

 役立たずの皿洗い機を動かそうとして痛めた腰も、税務署・保健所・裁判所と難題ばかり抱えさせられた頭も、医者に係るための保険料を払うことさえできない首も、そして人生も、そのどれもが上手く回らなくなっていたジノスの顛末に、一体どう仕舞いをつけるのか予想が全く付かない運びに妙味があったような気がする。最後は、やや反則気味ながら、おやおやそうなっちゃうのかと、家賃踏み倒しの間借り爺さんが思わぬ役立ちを果たす形で、この一連の災難のなかで親身になってくれた介護師アンナとの再出発に漕ぎ着けるオチの付け方をしていてけっこう気に入った。大金持ちになったナディーンと元の鞘に納まったり、シェインが帰ってきたりしないところがいい。

 そのナディーンも含めて自己チューだらけの全く困った連中ばかりだったけれども、ジノスが誰とも自分から縁を切っていかないでいると、皆なんらかの形で役にも立ち、店の繁盛や取り戻しに繋がっていたように思う。腰を痛めて自分で料理を出せなくなってシェインを雇ったおかげで、料理人としてのジノスの腕前は破格に上がったのだし、店の繁盛のきっかけを作ってくれたのは、練習スタジオ代わりに場所の提供をしていたバンドのイベントのおかげだった。また、滞納税の取り立てに来ていた女性税吏のおかげで地上げ屋不動産業者ノイマンの駆逐が果たせたわけだし、なかんずくナディーンの埋め合わせ抜きには、店の取り戻しが叶わなかったのだから、みんな役立っているわけだ。考えようによっては、ノイマンの保健所への通報がなければ、営業許可要件に見合った設備改善には着手していなかっただろうから、彼でさえ、レストラン「ソウル・キッチン」の再生に役立っていると言えなくもない。そんななかで、家賃踏み倒しどころかタダ飯喰らいと思しき爺さんまでも、本人の意図したところではないにせよ活躍するというくだりには、よもやの“漏れなさ”が仕込まれていて、ジノスにとって大なり小なりの困った連中の、本当に全員が役立っていた。そこにこそ、作り手の対人観、人生観が投影されていたような気がする。

 そういう観方をすると、最も困った存在であった兄イリアス(モーリッツ・ブライブトロイ)こそは、パッとしないジノスの人生にカツを入れ、活気を与えた最大の功労者だったのかもしれない。



推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1662953041&owner_id=3700229
推薦テクスト:「銀の人魚の海」より
http://blog.goo.ne.jp/mermaid117/e/70569fa29f5ea16896983fbdc136d944
推薦テクスト: 「眺めのいい部屋」より
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by ヤマ

'11.11. 6. あたご劇場



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