『太陽の雫』(Sunshine)['99]
監督 イシュトヴァーン・サボー


 二十代の時分にコンフィデンス・信頼['79]を観て、強い印象を残しているサボー監督の気になっていた作品を観る機会をようやく得たのだが、エンドクレジットにハンガリー・ジャーマン・カナダ・オーストリアと出たのに、ハンガリーに暮らすユダヤ人家族のほぼ百年に渡る物語を全編英語劇で綴っていたのが少々残念だった。しかし、ゾネンシャイン家のイグナツ/アダム/イヴァンの三代を演じたレイフ・ファインズが素晴らしく、また年老いてからのヴァレリーを演じたローズマリー・ハリスがなかなか素敵で、重厚で且つ気の利いた観応えのあるドラマに魅せられて、180分の長尺が全く苦にならなかった。  そのなかで最も利いていたのは、やはり語り手イヴァンの曽祖父エマヌエル・ゾネンシャインの言葉だったと思われる「権力と肉欲には気をつけろ」だった。

 養子縁組で妹になった従妹ヴァレリー(ジェニファー・イーリー)に篭絡され、二十世紀の始まりとともに長男イシュトヴァーンを得ていたイグナツは、皇帝謁見の栄に浴した君主制支持者であるが故に政変により軟禁されるし、栄達のためにユダヤ名を捨てたイグナツの次男として生まれたアダムは、得意とするフェンシングの国家代表選手になるのに必要な軍人クラブへ移籍するために、父親の捨てたユダヤ名に加え、ユダヤ教を捨ててカトリックに改宗するのだが、そうして得たベルリンオリンピック金メダリストたるハンガリー陸軍大尉であり続けようとしたが故にナチ収容所において、息子の眼前でこのうえなく屈辱的で無残な嬲り殺しにされる。そして、アダムの息子イヴァンもまた、ヨーロッパ解放後のファシスト掃討に血道をあげる警察組織に身を置くなかで、スターリンの死とともに訪れた共産主義体制下における権力闘争に翻弄されて、投獄生活を送る羽目になる。
 ショルシュに改名した判事、軍人、警察の三代にわたるゾネンシャイン家の男たちは、父親アーロンの残した調合レシピによる薬用酒の醸造で成功し、一代で財をなした曾祖父エマニュエルが警戒して近寄ろうとしなかった権力に接近することで翻弄されただけではなく、妹との結婚というタブーに足を踏み入れたイグナツを受け継いで、息子アダムは実兄イシュトヴァーンの妻である嫂グレタ(レイチェル・ワイズ)に迫られて禁断の関係に足を踏み入れるし、孫のイヴァンはパルチザンの英雄の妻キャロル(デボラ・カーラ・アンガー)に篭絡されて童貞を奪われ溺れた挙句、最年少大臣候補の位置から転落していくと共に、女からも見限られ突き放されていた。

 ゾネンシャインという“陽の輝く”名を捨てた三代にわたる男たちは、揃いも揃って世俗権力における破格の位置を刹那に占める栄達は得るものの空しく失墜したわけだが、その人生においては、陰に陽に現れていたユダヤ人であるがゆえの差別を受けていた。だが、本作の焦点は、ユダヤ差別もさることながら、この権力と肉欲に翻弄されることのほうが“男の生の負っている逃れようのない運命”であることに、当てられていたような気がする。太陽の如き燦然たる輝きを放っているように感じられる権力や女性に迫られて、敢然と退けられる男などそうそういるわけもなく、翻弄されるが定めと言わんばかりだったように思う。

 そうしたなかで、強かに靭く逞しいのは、やはり女性たちで、若きヴァレリーも、ハンナ(モリー・パーカー)もグレタも、そしてキャロルさえも、ゾネンシャインの名を失ったショルシュの男たちを、太陽の輝きに他ならない力で魅了している様子がよく描かれていたように思うが、とりわけ老境に至った祖母ヴァレリーの全てを受け入れ包み込む大きさには、“世界の起源”を感じさせるような包容力があったような気がする。長い歳月を経た後になおイグナツの弟グスタフ(ジョン・ネヴィル)に熱っぽい愛の言葉を告白させる“陽の輝き”が備わっていたように思う。

 結局のところ三代を掛けた末に、イヴァンが権力から離れるとともにゾネンシャインの名を取り戻す意思を露わにすることで、再出発を期する物語になっていたわけだが、行方不明だったアーロンの手帳が完全に消え失せる代わりに、今度はエマヌエルが息子に与えた言葉を綴った手紙が、ゾネンシャインの名前を取り戻した家では、家訓として代々引き継がれることになるのだろう。

 頑ななだけでは生き延びてはいけず、同化それ自体は本来悪しきことではないはずなのだが、同化しつつブレないでいることは、相手が権力であれ、魅力的な女性であれ、やはり至難のことに他ならないのだろう。かのエマヌエルでさえ、タブーに触れて叶わなかった従妹サラとの結婚という、もう一つの人生への夢想を老いてなお抱き続けていたのだから。
by ヤマ

'11.10.20. 美術館ホール



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