『ツリー・オブ・ライフ』(The Tree Of Life)
監督 テレンス・マリック


 生活のなかの喜び、家族の団欒などの生の恵みを感じさせる場面を捉えていても、常に不安と怯えの影が宿り、不幸の予感に包まれているような作品だった。それは、本作が三人兄弟の次男の19歳での死に見舞われるところから始まっていたことの与えた印象なのかもしれない。だが、初老期を迎えるに至っている長男ジャック(ショーン・ペン)の回想イメージによる物語であった点からしても、僕は、物語が死によって幕開けしたなどということより、人物を含めた事物を捉える画面の大半がローアングルからの仰観とクローズアップによって構成され、しばしば人を背後から追う位置でモノを見る視座で撮られていたことによる不安定感と抑圧性によるものだという気がしている。それは、作り手が敢えてカメラに課していた視覚的な話法であるわけだが、しばしば挿入されていた空想的イメージの豊富さとも相まって、常に大人の背後に置かれる“子どもの位置からの目線”として意識されていたものなのだろう。そのように理解はできるものの、五十歳も超えた僕の体力での子ども目線は、何ともしんどく苦しかった。だが、このしんどさ苦しさこそが、子ども期のジャック(ハンター・マクラケン)の負っていたものだということなのだろう。

 その重苦しさに付き合いながら、つくづくアメリカというのは父性の国だと改めて感じていた。そして、二男一女の子供たち三人ともが片付いて、私的にはすっかり余生にある僕なればこそ、大過なく済ませられた父親業の難儀さについて、かなり冷静に見られるものの、それでも終始とても苦しい気分に苛まれていたような気がするから、より若い世代の父親にはさぞかし難儀な映画だろうと思った。だが、今や父性国アメリカといえど、一九五十年代と思しき時代設定でなければ、ブラッド・ピットの演じた父親像も現実感を失っているのかもしれないとも思った。

 毎週日曜日に教会での祈りを欠かさぬばかりか僅かながらの献金も欠かさない律儀さと真面目さを備えた父親なればこそ、自身が一家の長として三人兄弟の息子たちを前に、いかなる父親像を体現すべきかということについて生真面目に考えていたのではないかという気がした。父親像のなかでも、とりわけ男親としての力と強さの発揮という部分は、実に悩ましい難題だったという記憶は、既に余生の身などと嘯いている僕のなかでも、今なお風化せずに残っている部分だ。殊に自身の生き方において全うできていないと尚更に、息子たちに適切に教示することは甚だ難しく、さればこそ3時10分、決断のときといった作品が格別の感銘を与えてくれるのだろう。

 そんななかで、本作を観て最も痛感したのは、親が不全感を持っていることのもたらす子供への脅かしというものの想像以上の大きさだった。父親なりに懸命にあるべき父親像を果たそうとして行なっていたことが息子ジャックに対して残したものを思うとき、何が最も大きな不幸の要因だったのかを考えると、父親が自身の人生を肯定できずにいる不全感だった気がしてならなかった。

 幸いにも、僕自身は父親からそのような不全感を与えられなかったし、僕自身も息子(本作でもそうであったように、特に長男)に対して、そのようなものを与えずに済んだような気がしている。ある意味、僕が道楽に勤しんできたことの効用の最たるものは、実はそれだったのかもしれないなどと思い当たった。

 時代的に許されにくい面があるにしても、仮にジャックの父親が、その音楽の才を己が人生への不本意に繋げるのではなく、道楽への強力なよすがに転換できていれば、家族関係も大きく異なっていたのではなかろうか。自身が不本意を抱えながら、或いは自身が強い不本意を抱えていればこそなのかもしれないが、余りにも“父親”“夫”なるものに頭でっかちに縛られていたことが、家族を巻き添えに人生を苦しいものにしていっていたように思われた。真面目な男だから、余計に始末が悪いのだ。彼にもう少し出鱈目な遊び心があれば、あのようにはならなかった気がする。そして、彼が求めていた音楽というフィールドでチャンスに巡り会えなかったのも、もしかすると、そこのところが作用していたのではないかとも思った。

 本作が、真面目過ぎるところにこそ罪があるなどという作品だったとしたら、神様も罪作りだと言うほかなくなるわけだが、まさか、そんなことを意図している作品だったりすることはないのだろうか。
 それにしても、拙日誌に「非常に内省的で、ディーテイルの充実とマクロ的な知性の確かさが見事なバランスで大した手応えを残してくれる作品」と綴ったシン・レッド・ラインと比べると、作家的傾向については本作も同様ながら、主題的には随分と卑近なところに材を置いた作品づくりをしてきたものだと、些か驚いた。



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by ヤマ

'11. 8.18. TOHOシネマズ3



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