『トゥルー・グリット』(True Grit)
監督 ジョエル&イーサン・コーエン


 やはりコーエン兄弟の作品には、画面作りの見事さが結集している。冒頭の画面を横切る蒸気機関車の堂々たる重厚感のあと、スクリーンに広がった西部の町の空間のゆったりした抜け具合からして「流石だなぁ」と感じ入った。しかも以前は、画面構成にしても物語構成にしても、精緻な構築力が先に立つ賢しらぶりが目立ったけれども、バーバー['01]以降は、人物造形になかなか味のある練達ぶりを発揮するようになっているから、見事というほかない。

 これまでの作品と同様いかにもコーエン兄弟の映画らしく“アクシデント”が鍵になっている展開が原作に最も忠実な映画化だとしたら、これほど彼らの作風にマッチした原作はなかったのではないかと思えるほどに、物語の進行全体は王道の展開を見せながらも、細部については、個々のエピソードも画面構成も、どれも意表を突くものばかりだったように思う。そんなどこか奇妙な感じの付きまとうコーエン印が何とも楽しく嬉しい作品だった。

 14歳の少女マティ(ヘイリー・スタインフェルド)の父親を殺したチェイニー(ジョシュ・ブローリン)との出会い方にしろ、仇を仕留めた拍子のマティの転落にしろ、そこで起こった出来事にしろ、なんか呆気ないほどにアクシデンタルだった。人生というのは実の処そういうものなのだが、あまりに偶然や突拍子もない展開に物語を委ねると、リアリティが損なわれていくだけのことになりかねない。それを逆に、「人生は常にハプニングとアクシデントに左右されて運ばれる」ものとして納得感を与えてくれるのだから、大したものだ。しかも、そのような人生観を一貫して変わらぬコーエン作品らしさとして描き出していて、本当に巧いなぁと感心せずにいられなかったが、かつてと違って感心に留まらせない味わいがあるのがいい。

 人生の真実は、決闘の後には無惨な死体が転がり残っていることだったり、凶悪極まりないはずの仇がいかにも憎々しげな悪魔的な顔をした男ではなかったり、彼を庇護しているネッド(バリー・ペッパー)が悪党なりの言い分も持つ妙に物分かりのある男だったするところにあるわけだ。そういったことを有り体に見せるなかで、父親の仇を追う“トゥルー・グリット(本物の気概)”の原石のような14歳の少女に感化され、己が底に眠っていたグリットを発揮させ始める二人の男ルースター・コグバーン(ジェフ・ブリッジス)、ラビーフ(マット・デイモン)と、彼らに引けを取るまいと筒一杯の背伸びをするなかで、原石に磨きが掛かって本物の気概の何たるかを体得するようになる少女との、奇妙で心許ない道中が描かれているところがいい。そして、それ以上に良かったのが、本物の気概とは、困難と危険を乗り越えて仇を追う“殺すために発揮する執念”よりも、絶対に死なせはしないとぶっ通しで走り続けて、遂には腕を斬り落としてでも果たす“生かすために発揮する執念”にあることを示していた顛末だったように思う。

 そのうえで、四半世紀を経ての再会が外されることも、その後の墓守のことも含めて、人の生というものの“縁と無常の絡まり具合”を描き出していたところが、実に大人の味わいの物語だったような気がする。僕は、大人になったマティのいでたちを見て、てっきり女性判事になっていると思ってしまったのだが、そんなふうなありがちな運びは、当然のように外されていた。



推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20110327
推薦テクスト:「TAOさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1696500808&owner_id=3700229
推薦テクスト:「とめの気ままなお部屋」より
http://blog.goo.ne.jp/tome-pko/e/4c9974cf0287e75b583c70a0a513a6b4
by ヤマ

'11. 5.26. TOHOシネマズ3



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