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『バーバー』(The Man Who Wasn't There) | |||||
監督 ジョエル・コーエン
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これまでに僕が観てきたなかで、技巧や才気が際立ちがちな印象を残しているコーエン兄弟の作品にしては、哀感といった情緒的なものが後味となる、やや異色の作品だと思った。しがなさやままならなさに抗いようなく転がされるのが人生というものかもしれない。しかし、そこには一方的な形で運命として決定づけられているわけではない、自業自得ないしは因果応報的な側面があるのであって、当人の心積もりからすれば、なんともままならない形で転がっていくのだけれど、その思いがけなさに翻弄されつつ、あがいてみても落ち着く先は不思議と相応の結末であったりするのだろう。コーエン兄弟の作品には、落下するものや流されるもの、転がるもののイメージがよく出てくるのだが、この作品でも宙に浮き、落下していく自動車や転がるホイールなどの映像が効果的に使われていた。 無口な床屋エド・クレイン(ビリー・ボブ・ソーントン)の渋い語り口での多弁なモノローグと白黒のコントラストを際立たせないモノクロ世界が、キレのよさとは縁のない彼の人生を効果的に彩るとともに、結果的にコーエン兄弟の才気と技巧の際立ちをもうまくコーティングする効果をあげていたのではないかという気がする。ときどき色調が変わり、色残りを感じさせるモノクロだと思っていたが、後でチラシを読むと、カラーのネガフィルムで撮影し、ハイ・コントラストのタイトル用ネガフィルムに現像するという特別な手法で作り上げた映像だそうだ。なかなかの味だと思う。そして、情緒的な効果をもたらすうえでは、映像以上に大きな役割を担っていたのが、常にエドの頭のなかで奏でられていたかのように流れていたベートーヴェンのピアノ・ソナタ『悲愴(パセティーク)』だ。 パセティークという言葉には、哀傷や情緒、さらにはある種の情熱をも意味するところがあるようだが、エドの人生の平穏が壊れていったのは、流されるままに生きてきた彼がまさしく少し人生を変えてみようと心を動かしたことからだった。怪しげな投資ブローカー(ジョン・ポリト) の話に気を留めて投機の気持ちを起こしたり、女子高生バーディ(スカーレット・ヨハンスン)に夢を託そうとしたことが、ろくでもないしっぺ返しに繋がっていた。何もしようとしなければ、何も起こらなかったのかもしれない。だが、何もない人生よりは、手記を残し得た人生のほうがよかったのかと言えば、そうも思えないくらい、ほとんど自らの主体性を何も果たし得ないままに転がって行かされた人生だったように思える。それでも、いかんともしがたさ、どうしようもなさのなかで、とにもかくにも決着をみて、否応もなく落ち着き処を得るのであれば、それが最悪レベルの結論であれ、それもまた幸いかとさえ思える味を残しているところが、パセティークのパセティークたるゆえんかもしれない。何であれ、けりはついたということだ。 原題の『そこにはいなかった男』というのは、投資ブローカーの殺人現場にいなかったということと同時にエドの存在感そのものの希薄さを意味しているのだろう。しかし、そのしがなさを観る側に対して、逆説的に存在感でもって示したビリー・ボブ・ソーントンはさすがだし、そういう逆説性というものが、無口な男の多弁なモノローグというスタイル同様、いかにもコーエン作品らしくもあって、けっこう気に入った。 推薦テクスト:「Across 211th Street」より http://wells.web.infoseek.co.jp/0205.html#barber 推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2002/2002_06_03.html 推薦テクスト:「FILM PLANET」より http://village.infoweb.ne.jp/~fwkh8320/recordM.htm#themanwhowasntthere 推薦テクスト:「シネマの孤独」より http://homepage1.nifty.com/sudara/kansou6.htm#barbar 推薦テクスト:「Happy ?」より http://plaza.rakuten.co.jp/mirai/diary/200302280000/ 推薦テクスト:「K UMON OS 」より http://www.alles.or.jp/~vzv02120/imp/ha.html#jump32 推薦テクスト:「Ressurreccion del Angel」より http://homepage3.nifty.com/pyonpyon/TheManWhoWasn'tThere.htm | |||||
by ヤマ '02.10. 2. 県民文化ホール・グリーン | |||||
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