『恋するベーカリー』(It's Complicated)
監督 ナンシー・マイヤーズ


 ジェーン(メリル・ストリープ)とジェイク(アレック・ボールドウィン)の歳には及ばずとも、僕も五十代にはなっているから、それが不惑の歳などという代物でないことは、百も承知している。でも、19年の結婚生活の後、離婚して10年の歳月を経た関係を実感できるだけの人生経験は積んでおらず、原題どおり余りに“It's Complicated”な彼らの心境をリアルに体感することができず、むしろ二人の間の三人の子供の側に近いところにいるようで、この歳にもなってと些か苦笑した。

 それでも、メリル・ストリープと同い年のナンシー・マイヤーズが恋愛適齢期('03)と同じく製作・脚本・監督を担っている作品だから、些か突拍子もないような設定の面白可笑しい話のディーテイルには、侮れない現実感があり、ただ笑ってばかりもいられないものだから、観ている側の心境としても“It's Complicated”な作品だったように思う。流石だ。

 二人の心境を測りがたく思いながらも、ジェイクの女々しさやだらしなさは、あそこまでの押しと執着の気は知れないものの、決して分からぬものではなかった。だが、元夫からの口説きへの流されようはまだしも、ジェーンの過去に対する引き摺り方については、一旦踏ん切りをつければ男と違って女性は潔く過去と訣別できるものだという僕の女性観からすると、物珍しさのほうが先立った。もちろん個々に異なるのが人間だから、彼女のようなタイプの女性も必ずいるとしたものだろうが、ちょっと面白かった。

 親密さを取り戻した二人が、自分たちの離婚について振り返るとともに、今ならどうしてうまくやれるのかを語り合う場面に含蓄があったように思う。子を持ち、職を持ち、若いということが、婚姻生活の継続に対して如何に大きな障害であるかを経験し、子が巣立ち、その水準はともかく職における到達点も見え、若いときにはなかった余裕を得ることで、大きく違ってくるものがあるということだろう。多くの場合、そのさなかにあっては、なかなかに得がたいものではあるけれど、さればこそ、互いにフリーでさえあれば、セカンドステージでの恋こそが豊かな関係性を結べるものになるということかもしれない。

 エンディングに込められていたものは、もしかしたら、そういうことかと思った。還暦を迎えたナンシーからのメッセージだ。そう考えると、R15どころかR50が相応しい作品だったような気がする。
by ヤマ

'10. 2.21. TOHOシネマズ3



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