『忠臣蔵』('58)
監督 渡辺邦男


 僕の生まれた年の作品だから、ちょうど50年前の映画だ。平成の芝居小屋として昨年オープンした赤岡町弁天座にいかにも相応しい出し物で、当地で地芝居を復活継承している土佐絵金歌舞伎伝承会の面々を中心に、四十七士のいでたちのみならず、吉良上野介の扮装をした人や腰元の女性も出て迎えてくれ、帰りには表で頭上からのスノーマシンによる雪とともに扮装者のみなさんが見送ってくれていた。

 映画の楽しみには、食の楽しみに通じるところがあるということで、二十年近く前に「こうち食品産業情報」という季刊誌に連載稿を掲載したことがあるが、同じ料理でも、盛り付けの器や共に味わう者の顔合わせ、場所によって随分と味わいが異なってくるとしたものだ。そういう意味では、前述のような演出を凝らしたもてなしを添えて、まさしく討ち入り当日と同じ日付の12月14日に芝居小屋の升席に身を伸ばして観る忠臣蔵というものには格別の味があり、日本映画黄金期の役者たちの貫禄に感じ入りながら、堪能した。来場者は、出迎えのコスプレだけでもすっかり喜んでいて、作品も堂々たる映画だったから、「終」マークが映し出されると拍手が客席から沸いていた。そこに観終えて表に出ると、今度は雪が…という思い掛けない演出が仕込まれているのだから、実に気分がよく楽しくなってくる。人口雪の舞い降りる表口の傍には、この芝居小屋の指定管理をしている住民グループの方たちによる出店もあって、おでんやおむすび、お茶お菓子の販売もしているのだが、ここは芝居小屋なので、公共ホールなのに、桝席での飲食もOKという肩の凝らない寛いだ運営方針が採られている。ちょうど昼時の回では、上映前に食べながら待っている客の姿がそちこちに見受けられた。惜しむらくは、こんなに風情のある楽しい上映会なのだから、もっともっとたくさんの人に観てもらいたかったのだが、客足の伸びが今ひとつだったことだ。

 映画作品としては、主催者の作成したチラシに大きな文字で「日本人の精髄ともいうべき一大国民ドラマ」と刷り込まれていたとおりの堂々たる王道版だった。田崎潤の演じた清水一角に対し、品の欠けた人物造形が施されていたことへの注文の声を聞いたりもしたが、王道版という観点からは、確かに彼は敵役の吉良方にありながら、そういう役回りとは違うほうが多い気がするなかで、今回は、岡野金右衛門(鶴田浩二)を屋敷前でなぶる場面の傲岸さや千坂兵部(小沢栄太郎)の間者るい(京まち子)を誤って殺害する場面の粗忽さなど、完全に悪役だったような気がする。だが、前者の場面は、岡野と恋仲になって吉良邸の改装図面を渡す大工の棟梁政五郎の娘お鈴(若尾文子)に婚約者だと申し出て庇い立てをさせるために必要であったし、後者の場面は、大石内蔵助(長谷川一夫)への想いと千坂の間者たる立場に挟まれたなかで内蔵助に討ち入りの日を決めさせる情報を漏らした事の始末の是非を彼女につけずに済ませるためにも必要な展開だったわけで、清水ファンには気の毒ながらも、必然性に裏打ちされた演出だったように思う。上映会当日は、かねてより知り合いの雷蔵ファンの姿も見かけたのだが、浅野内匠頭を演じた市川雷蔵の見せ場は、やはり庭先での切腹を前に片岡源吾衛門に内蔵助への言伝を託す場面だったように思う。また、一夜での畳替え完了の報告を受ける場面での家臣の忠義に驚きとともに想いを致し、感じ入る場面も心に残った。

 加えて、僕の目に一際鮮やかに印象づけられたのは、赤垣源蔵を演じた勝新太郎のスマートな美男ぶりだった。大事をために、世話になった兄に心ならずも失望を与え続けた挙句の暇乞いに訪ねるも不在で、兄嫁に出してもらった羽織を前にして持参した徳利を傾けて別れを交わす名場面が沁みるのは、まさに一大国民ドラマとして、それまでの経過などを丹念に説明していなくても、場面を登場させるだけで観客に伝わる約束事があるからだが、それに応える演技を背負って立つのは、役者冥利ではあってもプレッシャーの掛かるところであって、そこは流石の勝新太郎だったように思う。同様に、場面を持ち出されるだけでその全てを役者が背負わされる名場面が随所に登場していた作品だったが、その白眉は、近衛家用人垣見五郎兵衛との会見の段だったような気がする。内蔵助を演じた長谷川一夫と垣見五郎兵衛を演じた中村鴈治郎の掛け合う台詞の間合いや呼吸、目配せなど、惚れ惚れとする役者の貫禄に見入らされた。ストーリーテリングなどというのは野暮な話で、想像や言葉では及ばない場面の力を現出させるからこその生舞台といった思想の窺える歌舞伎にある日本演劇の伝統が映画のなかに見事に息づいている作品だったように思う。だが、今や若者には、忠臣蔵でさえも歌舞伎の外題同様に物語が知られなくなっているのかもしれない。

 時代劇がこのような風格とともに映画化されていた時代は、もう戻ってこない気がするが、女優陣も正統美人派で固められていて、瑶泉院(山本富士子)にしても、浮橋太夫(木暮実千代)にしても、実に美しかった。
by ヤマ

'08.12.14. 赤岡町弁天座



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