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『映画の味わい』
「こうち食品産業情報」No21['91.夏号]掲載
[発行:高知県食品産業協議会]


 一時の低迷を脱して、映画が再び台頭の兆しを見せているようです。それも映画の宿敵かのように言われたビデオの普及によるところが大きいというのが面白いところです。最近は劇場公開を補う形で実に様々な種類の映画に接することができるようになりました。そこら辺りは「食」の事情とよく似ています。
 今や世界各地の料理を味わえるのは当たり前のことだし、風変わりな味・奇妙な味が一般にも結構受けるようになりました。また、味そのものよりも意匠や料理技術の高さによって評価されたり、味そのものについても単に旨いというのではなく、そこに蘊蓄を傾けることでより楽しむ風潮も一般化しています。その一方で安直(筆者了解のうえ編集者が「安価」に改稿(笑))に量産される外食産業が隆盛を誇っている辺りもまた映画の状況と非常によく似ています。
 本来、素材を加工して何かを創り出す過程で、単に機能とか効率よりもむしろ美とか表現により大きな意味があったり、一人でも作れなくはないが、本格的なものを目指せば、より多くの職人の手と時間が必要となったり、更には、そうしたうえで結局は美味いか不味いか(面白いか詰まらないか)が評価の分かれ目であったり、その評価基準が各自の嗜好によってかなりのばらつきがあり、なおかつ人々の嗜好を作り出すのが供給する側の作品であるところなど、映画と「食」の似ているところは余りにも多いと思われます。そして、良いものと出会った後の充足感が無条件に近い至福の喜びを与えてくれる性質のものである点も似ています。
 「食」にいろいろな楽しみ方があるように、映画にも様々な味わいがあります。次回から、折々の映画のなかから味わい豊かな作品について、簡単に紹介してみたいと思います。
 ところで、第一回目の今回は、これほど似た要素がありながら、いやむしろ、それゆえにか人間にまつわるあらゆる題材を素材となし得る映画において、「食」そのものを題材とした作品が意外と少ないことに触れておきたいと思います。最近のものですぐに思い出せるといえば、伊丹十三監督の『タンポポ』とガブリエル・アクセル監督の『バベットの晩餐会』くらいです。前者は、食にまつわる多彩なエピソードを盛り沢山に集めた作品で、ディテイルに凝ったコミカルさがなかなか愉快です。後者は、フランス料理の高級メニューが素材から調理の場面も含めて圧倒的に描かれるのが見所です。未見の方々、一見の価値はあると思いますよ。また、ピーター・グリーナウェイ監督の『コックと泥棒、その妻と愛人』は、「食」そのものが題材とは言い難いけれど、舞台のほとんどがレストランで、挙げ句の果てに人間の丸焼きが料理として出てくる映画です。ゲテモノ趣味の方は、ついでにどうぞ。
by ヤマ

'91.Summer 季刊誌「こうち食品産業情報」No21



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