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『ミリキタニの猫』(Make Art Not War!) | |||||
監督 リンダ・ハッテンドーフ
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“映画忘年会”の時分から十数年来、毎年案内を貰いながら一度も参加したことのなかったアテネ・フランセ文化センターでの“映画新年会”に、ちょうど一年前、初めて参加した。約十年ぶりに再会した山形国際ドキュメンタリー映画祭の東京事務局長の矢野さんとその後で居酒屋へ流れたのだが、そのときに連れだった四人のなかに、この映画の製作や撮影を担っているMASA Yoshikawa氏がいた。ぜひ観てほしいと言われ、その後NYからメールをもらったり、都会に住むネット仲間からの日本公開後の好評を漏れ聞くにつけ、とても気になっていた作品だ。高知での自主上映を仕掛けようとしたりもしていたところ、思い掛けなく、映画館で掛かることになって驚いた。 ニューヨークで路上生活をしながらも、自ら“Grandmaster Artist”と称し、絵を買うのでなければ施しは受けない頑なさを己が誇りとしている1920年生まれの八十歳の老画家ジミー・ツトム・三力谷の強烈な個性が生き生きと捉えられたドキュメンタリー映画だった。彼は、『ワールド・トレード・センター』('06.オリバー・ストーン監督)にも描かれた 9.11.の最中にも、ビルからの噴煙に背を向けて絵を描き続けつつ、第二次大戦中には日系人強制収容所に送り込まれた自らの体験から、アラブ系の居住者が同じ目に遭わされるようになることを憂慮していた。 そんなミリキタニの人生には数奇な物語があるわけだが、映画の作り手たちが関わり始めてから後も実にドラマチックな展開を見せていた。かつて敵性外国人として収容所送りにして市民権の放棄を求め、カリフォルニア州サクラメント生まれの自分を捨てたアメリカ政府への怒りを持ち続け、パスポートや社会保障といった行政サービスの受給に抵抗を示していたミリキタニが、いかにしてデイケアの絵画教室の講師になったり、高齢者福祉のアパートに入居したりできるようになったかといったところには、『ジョンQ 最後の決断』('02.ニック・カサヴェテス監督)や『シッコ』('07.マイケル・ムーア監督)などに窺える、貧者や弱者に冷たそうなアメリカの行政サービスの状況からすれば、驚くような出来事を感じた。さぞやドラマチックな展開があったことだろうと思うのだが、物語としてその経過を語ることなく、あっさりと片付け、映画のなかでは、ミリキタニがリンダ・ハッテンドーフ監督について、おそらくは撮影者のマサに向かって発していたと思われる言葉、「タフな女だよ。男も蹴散らされるぞ。」という形で示唆しているだけだ。彼の数奇な人生にしても現在起こっているドラマチックな出来事にしても、それがいかに数奇で劇的であっても、その説明やなぞりは最小限にして、何よりも彼の“存在としての個性の強烈さ”をカメラに捉えようとする意思が明確に示されている編集だったように思う。作り手がその強烈な個性に魅せられて、数奇な人生を語るよりも強烈な存在を見せようとする映画製作をしていることがダイレクトに伝わってくるとともに、そのミリキタニの個性が圧倒的な存在感で捉えられているように感じられた。そういう点では、『ゆきゆきて、神軍』('87.原一男監督)を髣髴させる作品でもあったように思う。 そして、『ゆきゆきて、神軍』で原監督が奥崎謙三に向ったのと同じように、出来事的に何が起こっているかを詳述せずに、目の前のジミー・ミリキタニのなかに何が起こっているのかを現在のこととして捉えようとする眼差しが透徹されていればこそ、善し悪しということではなく、齢八十の老人にして“不屈と反骨の野性的魅力を放つ、背中を丸めた野良猫”の風情で佇む姿と、巡礼ともいうべき形でのツールレイク収容所への再訪を果たしてアメリカ政府への怒りを解き、誕生日にはたくさんの人が訪れてくれる快適なアパートで“画家然として赤いベレー帽を被って暮らす、背筋も伸びた飼い猫”の風情でくつろぐ姿の対照が鮮やかに浮かび上がっていたのだと思う。 強制収容所送りになったときから、生死も不明のまま別れ別れになっていた姉カズコとの半世紀ぶりの再会を劇的な物語として描こうとはせず、エンドロールのなかの写真で示すだけにしているのは、この鮮やかな対照のバランスを損なうからなのだろう。そうしたことによって、野良猫から飼い猫へという鮮やかな対照を浮かび上がらせるなかで、変わらぬものとしての“pure artist”が確かなものとして伝わってくるように感じた。 つまり、彼の“pure artist”の核心は“不屈と反骨の野性的魅力を放つ、背中を丸めた野良猫”ではないということをきちんと伝えていたということだ。過酷な境遇にあるなかで“画家としての誇り”は、彼自身のアイデンティティにおけるほぼ唯一の拠り所であるがゆえに、境遇が過酷でアイデンティティが揺るがされれば揺るがされるほどに、偏屈なまでに強化しないと誇りとして保てないような脅かしに晒されていたような気がする。アメリカ政府への怒りと拒絶も、それと対になっているように僕の目には映った日本への想いも、全ては危機に瀕している自身のアイデンティティを保つうえで必要な“誇り”を支えるために要したものだったように感じた。市民権放棄まで要求され、何らの“ステイタス”も社会から獲得できずにいる者が、人としての己がアイデンティティを保ち守ろうとすれば、自らが鼓舞し付与する“誇り”しか拠り所がなくなるのは、むしろ道理だという気がする。ミリキタニに限らずとも、普通に高齢者は、老化してくるなかで自身のステイタスが弱まるに連れ、偏屈なまでの頑なさを帯びた沽券へのこだわりを見せ始めるとしたものだ。ミリキタニが凄いのは、普通の高齢者なら“弱まる”といった形で老化とともに体験するはずの喪失体験に、二十代で劇的に晒されたうえで、満足できるステイタスを得ることなく齢八十に至っても、不屈の精神で“pure artist”として誇り高く生き延び続けてきていたところにあるように感じた。 近頃の日本では、あらゆることに敷衍された形で社会的に保証されるのが当然のことのように扱われていて行き過ぎ感の目立つ“安全・安心”とは、およそ比較にならないレベルでの“不安”に晒されながらも、頑なにアメリカ政府の行政サービスの受給を得ようとはしないミリキタニの姿が強烈だったが、僕にとっては、拒んでいた福祉サービスを受け入れた彼の口から出た、リンダについて漏らした一言がとても重要な意味を持っていて、これを聞いたときに、実は彼には過去にそういったものを自ら求めて挫折した経験があるのではないかという気がした。自分がどんなに頑張っても得られなかったステイタス獲得の障壁をリンダが突破したことへの感謝と畏敬が込められた言葉のように感じたのだ。そして、社会に住む人間として当然に与えられて然るべきものを自分が受給できない、即ち換言すれば、人間扱いされない屈辱から誇りを守るためには、求めて得られないのではなく自ら拒むという形への転換が必要だったのだろうという気がした。“不屈と反骨の野性的魅力を放つ、背中を丸めた野良猫”だったから誇り高かったのではなく、誇り高かったからこそ、“不屈と反骨の野性的魅力を放つ、背中を丸めた野良猫”たり得たのであって、さればこそ“画家然として赤いベレー帽を被って暮らす、背筋も伸びた飼い猫”になろうとも、“pure artist”としての彼の誇りに何ら変わるものはないということだ。 だからこそ作り手は、彼の数奇な人生の物語を描こうとするのではなく、まさしく彼の「“pure artist”の誇り」というものを存在として伝えようとしたのだろう。そして、誇り高き野良猫もきちんと人間扱いをされ、得るべきステイタスを付与されれば、半世紀以上に渡って抱き続けたアメリカ政府への怒りを溶融させ、巡礼とも言うべき形で強制収容所を再訪して数奇な人生における個人史としての救済を果たすことも可能になることを示していたように思う。なかなか触発力に富んだ作品だった。 推薦テクスト:「チネチッタ高知」より http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0801_1.html 推薦テクスト:「映画通信」より http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20071023 推薦テクスト:「緑の杜のゴブリン」より http://happytown.orahoo.com/phphope/view/v_genre_view.php? SearchStrings=&UserID=30870&PageNo=1&GenreNo=1&XUserID=30870& SearchGenreNO=&VGenreNo=&GenreOID=172425&DataNo=0&GenreName= %B1%C7%B2%E8%C6%FC%B5%AD" | |||||
by ヤマ '08. 1.22. あたご劇場 | |||||
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