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『オリヲン座からの招待状』 | |||||
監督 三枝健起 | |||||
いかにも浅田次郎原作の人情ものらしい作品だった。滋賀から出てきた17歳の留吉(加瀬亮)が京都の映画館オリヲン座に住み込みで雇ってもらった昭和32年は、僕の生まれる前の年だが、僕の生まれた昭和33年の東京を舞台にした『ALWAYS 三丁目の夕日』の日誌に「田舎に住んでいたから、東京でその頃既に小学生だった一平(小清水一揮)と時代感覚的にはほとんど重なる」と綴ったように、昭和30年代前半の京都の様子は、僕が小学校低学年の頃と時代感覚的に重なるものがあった。しかも、昭和44年に10本の蝋燭を立てて誕生日を祝ってもらっていた祐次(小清水一揮)とで言えば、ほぼ同い年ということになる。実際、平成19年現在の祐次・良枝を演じていた田口トモロヲとも僕は同学年だし、良枝を演じていた樋口可南子は、同じ年の生まれだ。一平と祐次を同じ小清水一揮が演じていたのは、少々興醒めだったが、『ALWAYS 三丁目の夕日』のような製作に係る贅沢感ではない手作り感を醸し出していたところが気に入った。 思えば、留吉にとっての松蔵(宇崎竜堂)夫婦が、幼き頃の祐次・良枝にとっての留吉・トヨ(宮沢りえ)だったわけで、『約束の旅路』でも描かれていたように、親であることにおいて必要なのは、決して血縁などではないという部分は、素敵に映ってきたけれども、松蔵の急逝によって留吉・トヨに向けられた周囲の視線の有り様のあたりで感じた“気ぃの悪さ”というものが澱のように溜まって、素直に楽しめなかったのが残念だった。そして、その“気ぃの悪さ”が如何にも京都的な印象を残すところがまた、何とも気ぃが悪い感じのする作品で、そこのところが対照性によって作品的に折り合いがついていればいいのだけれども、妙に居心地の悪い不調和というものを残していたように感じる。 ちょっと興味深かったのは、当時の映画館の商圏のことだった。そう言えばと思い出した、子供の頃、僕もよくやらされた節削りやチラシ紙を折って貼り合わせた紙袋にアルミのミニスコップで掬って入れられた豆(落花生はちょっと高級で、僕の口には煎った椎の実くらいしか入らなかった気がするが)なんかのこととは違って、思い出しではない発見で、今では想像もできないことだけれど、映画館さえも商店街の小売店と同様に、小さな商圏のなかでの営業だったことが偲ばれた。当時は、今のように交通手段が普及していないから、生活圏が基本的に徒歩かせいぜいで自転車で動ける範囲だったから、小さな商店街が立派に商圏を形成できたわけだけれども、映画館の商圏というものは、商店街の小売店よりは随分と広いものだと何となく思っていた。だから、松蔵亡き後、オリヲン座の二人が周囲の人々から冷ややかな視線を浴びたとしても、あれほどに閑散とした寂れ方を急激に果たすことに違和感を覚えたわけだ。 なにせ時は昭和32年から35年。松蔵が死んだ昭和35年は、社団法人日本映画製作者連盟の日本映画産業統計によれば、映画館の入場者数が年間10億人を越えていた黄金の四年間の最終年で、確かにその後、TVの普及で急激に落ちていったとは言え、どん底の1994年の年間1億2千3百万人から回復してきてやっと1億7千万人くらいになっている現在と比較すれば、夢の時代のように思われる、年間5億人以上の人々が映画館に脚を運んでいた時代なのだ。あれほど極端に寂れるわけがない。 ところが、少し考えてみれば、1993年の最低時には1734スクリーンにまで減った映画館数が、7000スクリーンを越えていた時代でもあるわけで、人口密度ならぬスクリーン密度が異様に高く、少し足を延ばせば、別な映画館に行けると同時に、個々の映画館は、当時の地域商店街並みに小さな商圏で興行を打っていたことになる。それならば、その小さく狭い地域のなかで白眼視を続けられたら、あれほどではないにしても、かなりの寂れように至るのは、あり得なくはなかったのかもしれない。当時の人々の生活圏・商圏といったことに思いを馳せさせられた作品だった。 演技者では、昭和の時代の留吉・トヨを演じた二人以上に、平成の時代の二人を演じた原田芳雄と中原ひとみに感銘を受けた。連れ合いと呼びつつも、入籍をしないまま五十年近く寄り添ってきた二人の情愛を見事に表現していたように思う。その五十年間、おそらくは言葉としては聞かせてもらえずに来ていたであろう言葉を八十歳近くになって初めて聞いて「もう死んでもいい」と漏らすトヨと、初めて率直な言葉で積年の想いを伝えていたであろう留吉に心打たれた。それでも、映画全体としては、先に感じた“気ぃの悪さ”がずっと残っていて、何だか気持ちの晴れない作品として僕には映った。 もうひとつ、小説家原作の映画化作品としては、留吉の台詞にあった「役不足」の語法の誤りが気になったが、原作でもそうなっていたのだろうか。まさかとは思うのだが、十日ほど前に永井愛 作の芝居『ら抜きの殺意』を再見したばかりだったからか、ちょっと確かめてみたい気になっている。 推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2007ocinemaindex.html#anchor001669 | |||||
by ヤマ '07.11.27. TOHOシネマズ9 | |||||
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