『ブレイブ ワン』（The Brave One）
監督 ニール・ジョーダン

　映画のチラシには「許せますか、彼女の“選択”」との文字が大きく書き出されていて、極めて不当な暴力で婚約者の医師デイビッド（ナビ－ン・アンドリュース）を殺され、自身も瀕死の重傷を負って三日間も昏睡状態に陥らされたことで負った心の傷から違法入手の銃を携行するようになったばかりか、殺人に手を染めるようになったラジオ・パーソナリティのエリカ・ベイン（ジョディ・フォスター）の行為への問いかけが前面に出ていたけれども、むしろもっと興味深いのは、最後の場面でのマーサー刑事（テレンス・ハワード）の選択を許せるか否かのほうだと思えるような作品だった。

　エリカとマーサーのいずれに対しても、僕は“許す”などという立場にはないけれども、チラシの伝で言うならば、エリカの選択は容認できないが、マーサーの選択は支持するというのが僕の思いだった。「それって逆じゃない？」と言われそうにも思うのだが、僕としては逆はあり得ない。

　四年前に観た『刑務所の中』の日誌にも綴った、法定公刑における応報刑論・目的刑論以前の復讐的私刑を容認するのは、人類の叡智への逆行でしかない。現に彼女は、不当な暴力に晒される恐怖から解放され、更には婚約者を殺した犯人を突き止めて復讐を果たすけれども、そうしてみたところで元には戻れないことを思い知るばかりで、結局のところ気が済むわけでも気が晴れるわけでもなく、ましてや癒されたり満たされたりすることはない。むしろ銃を携行するようになったことで、婚約者のみならず更なる喪失を彼女は重ね、変貌していく自身に狼狽していたように僕には見えた。その明らかな結果からすれば、やはり銃は携行すべきものではなく、とりわけ恣意的に行使できる状態では危ういことこの上ない代物だということだ。『デス・ノート 前編』がそうであったように、所持する者の心を加速度的に変質させていく恐ろしいものが、完璧な殺傷力を持つ凶器というものの本質だと思う。そして、注意すべきは、エリカが被害者としての報復感情から銃を手にしたのではなく、癒しようのない心の傷から、不安と恐怖に苛まれ、銃に取り縋ったのが端緒であったという点だ。簡単に銃を入手できる環境にあることが最も許されないことだという気がする。そういうことからすれば、エリカの行為は選択というよりも、余儀なく追い込まれた側面が窺えるもので、元々は純然たる被害者であった彼女は、加害者に変貌するけれども、加害者でありながら同時に被害者でもあったようには思う。

　そのような状況のなかで最後にマーサー刑事の取った選択というのは、決して彼女の復讐的私刑の容認ではなかったように僕の目には映った。それならば、彼女の携行していた違法入手の９ミリ口径銃でそのまま殺害させればよいのであって、わざわざ警官たる自分の銃で撃たせる必要はない。９ミリ口径の違法銃からの足は彼女についておらず、彼が見逃せば、エリカに司直の手は届かない。だが、彼女に９ミリ口径銃での殺害をさせ、逮捕を見送ってしまえば、既に殺人を重ねている彼女が更なる殺人を繰り返す可能性は大きく、彼女に踏みとどまらせることに繋がらない。

　エリカに好意を寄せていたマーサー刑事が救いたかったのは、単に司直の手で拘束される彼女の身柄ではなく、殺人を重ねつつある彼女の魂だったのだと思う。緊急避難的な犯行から意志的殺害にまで至るようになっている彼女の魂をもし救える可能性があるとするならば、コンビニでの最初の殺人を緊急避難的に行ってしまったときの“手の震え”を蘇らせることにあるというのが、マーサー刑事の選択だったように僕には見えた。そのために敢えて自分の銃で犯人を射殺させ、犯行工作をせざるを得なくなる状況にしたうえで、１ｍという少し離れた位置から、９ミリ口径銃で自分を撃たせたのだという気がする。そこまでの状況を作ってやらなければ、エリカはマーサー刑事を撃てなかっただろうから、手の震えと懼れを取り戻せなかったように思う。彼女は、犯行を見逃してもらえたことで救われたのではなく、手の震えとともに銃を撃つことへの懼れを取り戻させてもらえたから救われたのであり、彼の選択は、まさしくその一点にあったような気がする。

　現職ベテラン刑事なればこそ、単なる犯行の見逃しなどで犯人が救われたり、更生したりすることは決してないことが身に沁みていたはずだ。そして、法定公刑における応報刑論・目的刑論との関連で言えば、僕は、視線が過去のほうに向いている応報よりも、未来を向いている目的のほうを重視すべきだという考え方なので、エリカの未来を考えたうえでは、ある意味、やむなきなかで、勇敢なる最善の選択をしたように思えた。だから、マーサー刑事の選択を支持している。



推薦テクスト：「シューテツさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=611851051&owner_id=425206
by ヤマ

'07.11. 4.　ＴＯＨＯシネマズ２


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