『世界最速のインディアン』(The World's Fastest Indian)
監督 ロジャー・ドナルドソン


 ボンヌビル・ソルトフラッツを疾走するバイクシーンに『ブラウン・バニー』('03)を想起したが、そう言えば、歳は全然違うけど、女にモテるバイカーのナルシスティックなロードムービーとして両作品は相通じているのかもしれない。しかし、味わいとしては全く相反していて、なんだか不快だった『ブラウン・バニー』とは違い、とても気持ちのいい映画だ。アンソニー・ホプキンス演じるバート・マンローが、素敵にカッコイイ。

 アメリカ、ユタ州ソルトレイクシティのボンヌビルに向かう旅のなかで、彼が立ち寄り泊めてもらった未亡人エイダ(ダイアン・ラッド)の案内した亡夫の墓に1902-1951と刻まれていて、もうすぐ12年になると言っていたから、1962年の物語なのだが、とすれば日本で大流行の昭和レトロものとも同じ昭和30年代で、これまた相通じるような、人々の善良さに無条件の信頼感を寄せることのできた時代色が塗り込まれていたように思う。だが、妙にノスタルジーに偏った感傷に陥っていないのは、そこに史実に基づいた物語の力と破天荒なスケール感が、物語のみならず、画面に映し出された広大なアメリカの風景に宿っていたからだろう。

 バートが夢見続けたソルトフラッツの塩の大地に立って、遂に聖地に来たんだと感慨に涙を滲ませる場面や、折角ニュージーランドから来たのに登録手続きの問題で“スピード・ウィーク”のレースに出場できないところを「あの爺さんは本物のバイカーだぜ」と語るジム・モファット(クリス・ローフォード)を始めとするバイク仲間たちの後押しで出場できるようになる場面に素朴に打たれた。「命懸けて走ろうとする覚悟を決めてる爺さんに対して、レースで死なれると困るなんて言うのは、チキン野郎だ。」というジムの台詞は、今時の日本の「厄介なことは避けた方が無難という風潮」からは、時代遅れの代物なのだろうが、やはりグッと来る。

 ちょうど一年前に観たアニメーション映画カーズを思い起こしたが、制作はこちらのほうが先んじていたようだ。映画がまだ専ら男性客をターゲットにしていた時代の香りを彷彿させてくれる、何とも男っぽい作品だったのが懐かしくも嬉しいのだが、本作品には、ちっともマッチョなところがないのがセンスの良さを示している。老いて金もなく風采も上がらないし、マシンの見てくれも冴えないのに、そのことがむしろ、上辺では測れない本物の力と魅力を風格として引き立て滲み出させることができるのは、紛れもない実力とハートを彼が蓄え備えていたからに他ならない。飾る必要の全くない卓抜したものを持っていれば、飾らないことが引き立てにもなる一方で、飾るまでもないほどの次元には至ってないのに、飾らないことを気取ると何とも情けないことになったりするのだが、そもそもが、そういうことは意識して選ぶことでも装うことでもなく、バートがそうであったように、視野に入ってこない無頓着さとしての自然体でなければならないのだろう。この映画に描かれていたバート・マンローの魅力は、そういう意味での“屈託のなさ”というところにあったように思う。

 映画のなかでは「歳は63でも心は18歳」とも言っていたようには思うが、とんでもない話だ。18歳などというと、それこそ屈託の塊のような時期だったという気がする。むしろ歳を重ねるなかで浄化されてきたようなところがあるのではないかと思う。無論ただ歳を重ねてもダメなわけで、バートがそうなれたのは、ひたすら世界最速を目指して、惚れ込んだ“1920年型インディアン・スカウト”の改造に、40年以上かけて弛まず取り組み続けてきた歳月があったからだという気がしてならない。言わば、修行のようなものだ。そうして積み重ねられた年季こそが、彼の味わいを風格にまで高めて、困ったときは必ず誰かが助けてくれるモテ男に育て上げたのだとすれば、歳を重ね、老いに至ることは決して忌むべきことではなく、むしろ楽しみの多いことになるわけだ。だが、多くの人は、己が人生の歳月を、そのような意味での修行のときとして過ごせるような“弛まぬ取り組み”を続けるだけの夢と出会えることなく終えるということではないのか、と思った。

 エンドクレジットによると、バート・マンローは、その後9回の出場を重ね、1967年に樹立した1000cc以下の流線型バイクでの世界記録は、今もって破られていないとのことだ。何とも凄い話だ。




参照テクスト:『世界最速のインディアン』をめぐる往復書簡編集採録


推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0708_2.html
推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20070218
推薦テクスト:「Banana Fish's Room」より
http://blog.goo.ne.jp/franny0330/e/08b0fc9c782bac6a6673beb92dc9ec1c
推薦テクスト:「超兄貴ざんすさんmixi」より
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=337945142&owner_id=3722815
by ヤマ

'07. 8.24. あたご劇場



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