『オール・ザ・キングスメン』(All The King's Men)
監督 スティーヴン・ザイリアン


 前日に観た、ダイヤと殺し合いにどっぷり浸かったブラッド・ダイヤモンドもそうだが、この権力周辺にたむろする人々というのも、僕自身の興味や関心からは遠いところにいる連中ではある。しかし、こちらはもっと身近なところにはあって、消費者としてさえダイヤに関与することのない僕でも、投票権は持っているし、地方政治の場は、赤い土のアフリカの大地よりも数段近くにある。それで言えば、この作品には、高校時分に観た邦画の『華麗なる一族』('74)から受けたものに近い印象が残った。強大な権力がそばにあるというのも実に難儀なことだし、それをハンドリングすることは、更に難儀なことなのだろうと改めて思う。出生問題が複雑なところまで似通っていたが、権力者には、何かそういう味付けをしたくなることにおいて、世の東西は問われないものらしい。
 選対陣営から票割り要員として第三の候補者に祭り上げられたウィリー・スターク(ショーン・ペン)が、その謀略を逆手にとってダークホースから一気に地滑り的勝利を収めるばかりか、自分を煽てて利用するために陣営に就いたタイニー(ジェームズ・ガンドルフィーニ)を遠ざけることなく腹心として使い続け、煽てに乗せられて罠に嵌められかけた自分の愚かさを忘れないために常にそばに置いておくのだと嘯きつつ、いかにもハイソ出身者らしい反骨精神の持ち方をしていた新聞記者ジャック・バーデン(ジュード・ロウ)に対しては、俺を煽てるために傍に仕えて働けと求める。このウィリーの強烈なキャラは、映画で観る分には魅力的だが、こんなヤツの傍にいるのは御免被りたいとつくづく思う。だが、その演説は強引ながらも天晴れなカリスマ性を漂わせていて、ショーン・ペンが見事に演じていた。従って真っ当なことを語っていても、観る側が容易に共感を抱くことのできない人物だったわけで、映画のなかでも自身の言葉として“傍観者”と語っていたジャックの位置が観る側にとっては比較的近いポジションだったのだが、その彼も傍観者では済まなくなる話であった。ここのところが権力闘争への巻き込まれの過程で露わになるあたりに、濃厚な娯楽性の窺える作品だったように思う。
 本作は、舞台となった1949年に同時代作品として製作され、アカデミー賞を3部門で獲得した映画のリメイクらしいのだが、六十年前の作品は、政界浄化を訴えて選挙に出たものの落選経験を重ねる内に政界の汚濁にまみれ理想主義を見失い堕落していく政治家の姿を描いていたようだ。それからすればウィリーは、確かに家庭人としては愛妻家から浮気者の女たらしに変貌しはするものの、政治的には当初から相当に強かな人物に造形されていて、むしろ世のために為すべきことを果たし得るためには、善良なる理想主義では歯が立たない現実があることを前提にして描かれていたように思う。キャッチコピーに使われている台詞「善は、悪からも生まれる。」というのは、ある意味、前作の負っていた単純さに対する現代的な回答ですらあるような気がする。そのなかで強かな現実主義者のウィリーと対置されていたのが、虚弱な理想主義者アダム・スタントン(マーク・ラファロ)だったわけだが、何をも成し得ない虚弱な理想主義よりは、悪であろうと善を生み出すほうがまだしもだとしつつ、やはり理想を見失った現実主義は、いかに強かに見えても、結局は全うできない脆さを免れないものであることを示した作品でもあったような気がする。そこは、やはり見識だと言うべきところのものだと思う。そして、どちらも生き延びることを得なかった“強かな現実主義”と“虚弱な理想主義”は、そのそれぞれを体現していた二人の男の血がルイジアナの徽章を彫り込んだ床面の溝で混じり合っていたように、融合されなければならないものであるという極めて真っ当な見解が提示されていた。ウィリーの末路を単に理想主義者の堕落なり敗北として描いていないところは、六十年前の作品よりも、現実性に立脚した視点からのリメイクということでの工夫がされた証拠のような気がする。
 それにしても、かように、それを手にした者をも翻弄してしまう権力というものを付与しているのが“票”であることを思うと、それを使うのが余りにも下手な我々の愚かさについて、改めて思わずにいられない。「改革なくして成長なし」だとか「自民党をぶっつぶす」だとかいうスローガンに熱狂していた数年前の日本のことを思うと、六十年前のアメリカとちっとも変わっていないどころか、さまざまな分野での格差問題を露呈させ加速化させただけで、善きことは何も引きだし得ていないのだから、それ以下の政治文化の状況にあるような気がする。


推薦テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0704_1.html#atkm
by ヤマ

'07. 4.21. TOHOシネマズ4



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