成瀬巳喜男生誕100年記念 成瀬巳喜男映画祭”

①『妻よ薔薇のように』('35) '06. 1. 9.
②『噂の娘』('35) '06. 1. 9.
③『女人哀愁』('37) '06. 1. 9.
④『三十三間堂通し矢物語』('45) '06. 1.14.
⑤『めし』('51) '06. 1.14.
⑥『おかあさん』('52) '06. 1.14.
⑦『山の音』('54) '06. 1.15.
⑧『浮雲』('55) '06. 1.15.
⑨『女が階段を上る時』('60) '06. 1.21.
⑩『娘・妻・母』('60) '06. 1.21.
⑪映画評論家 山根貞男氏 講演 '06. 1.21.
⑫『放浪記』('62) '06. 1.22.
⑬『乱れる』('64) '06. 1.22.
 昨年の夏、東京の新文芸座で“生誕100年記念 名匠 成瀬巳喜男の世界”と題して28作品が上映された後、大阪のシネ・ヌーヴォで“生誕100年記念 成瀬巳喜男の藝術”と題して43作品、殿堂とも言うべき東京国立近代美術館フィルムセンターにて“生誕百年特集 映画監督 成瀬巳喜男”として61作品による大回顧展が開催された映画監督の特集上映が高知にも回ってきた。「コミュニティシネマ支援センターの自主企画第一弾」として、山根貞男セレクションによる24作品というプログラムにて昨秋以降に全国各地を巡回し始めた特集企画だ。高知では、一時間程度の一回だけながら、選者による講演も添えられている。
 成瀬巳喜男監督作品を僕が初めて観たのは十七年前の『浮雲』('55)で、ちょうど三十歳のときだったが、それなりに歳を食ってから出会えたおかげで痛く感銘を受け、以後、鑑賞機会を待ち望みながらも、なかなか得られずに来た経緯がある。98年に銀座並木座が閉館したときの最後の特集や、ロンドンでの初の日本人映画監督の特集上映が成瀬巳喜男だったりしていることを新聞で見かけるにつけ、高知県立美術館の上映企画として取り上げてくれるよう投げ掛けてみたりしていたのも随分前のことになる。
 今回の上映作品で以前に僕が観ていたのは、『浮雲』のほかは、七年前ちょうど四十の歳に自分も主催者の一員だった“高知シネマ・フェスティバル'98”で上映した『女の中にいる他人』('66)とその三ヶ月後にビデオで観ることになった『山の音』('54)だ。今回上映の24作品以外では、'02年と'03年に状態の良くない16mmでコタンの口笛('59)と『鰯雲』('58)を観ているが、その五作品で僕の既見作品の総てとなる。だから、此度のとても貴重な機会に際しては、上映される全作品の鑑賞をとも思ったのだが、四十代の後半になってからは、昔と違って一日に五時間を越えて四本以上も観ると映画鑑賞を楽しむよりも苦に感じる部分が生じ始めており、それでは本末転倒になってしまうので、今回の“成瀬巳喜男生誕100年記念 成瀬巳喜男映画祭”では、思い切って午前開始のAプログラムを飛ばして臨むことにした。

 一日目に観た三作品は、全て戦前のP.C.L.映画製作所によるモノクロのトーキー作品で、成瀬と結婚もしたという千葉早智子を成瀬がどのように撮っているのかを楽しみに観に行ったのだが、千葉の主演した二作品よりも、入江たか子による『女人哀愁』('37)のほうが興味深い作品だった。三作品とも女性の生き方を新旧の対照のなかで問い直す視点を明確に持っていて、戦前にして既にフェミニズム映画とも言うべき作品があったことに驚いたのだが、その観点からすれば、婚家を出て、自身の意思と力で人生の歩みを試み始める広子(入江たか子)の姿で終えた『女人哀愁』が、最も明確にその視座を提示していた。
 だが、注目すべきなのは、女性の生き方にかこつけた、新しく進歩的な考え方への安易な賞揚や迎合によって成瀬が女性を見つめているのではないという点だ。傾きつつある老舗の造り酒屋の異母姉妹を描いた『噂の娘』('35)での妹紀美子(梅園龍子)の人物造形には、いわゆる“モガ”以降の「新婦人の浅薄さ」への断罪が窺え、古風な忍従と自己犠牲の精神を備えた姉邦江(千葉早智子)との対照のなかで、利己的で計算高いことに何の悪びれもない我が侭さを容赦なく描出していた。また、『妻よ薔薇のように』('35)では、夫への心遣いや和みというものを持てず、趣味の俳句に没頭することでしか自分を保てない母悦子よりも、家を出た父(丸山定夫)の愛人お雪(英百合子)のほうに妻たる女の資質を見取って心揺れる娘君子(千葉早智子)を描いていて、浅薄な自我の目覚めについては、むしろ否定的な眼差しが感じられる。『妻よ薔薇のように』は、タイトル画面に『二人妻』という小説名のほうがむしろ大きく映し出されてもいた原作ものだったが、『女人哀愁』は、『噂の娘』同様に成瀬巳喜男のオリジナル作品だったわけで、そこでは、成瀬の女性の生き方に向ける眼差しの真摯さと確かさがより強く窺われるように感じられた。
 何よりも広子が、女性として“妻・嫁”なるものを身を以て誠実に務めたうえでの自身の真実の声に己が耳を傾けるようにして心中の本心を確かめてから、きっぱりした答えを出すところが凛々しく美しい。自分自身だからといって己が本心の見極めが簡単にできるものではないというのは、少し思慮深い誰しもに共通して思い当たるはずのことだ。心を寄せる従兄の良介(佐伯秀男)に「私は、古いタイプの女で鈍いから」と自嘲気味に語っていたが、頭だけで考えたり風潮に流されて新旧を決めつけるのではなく、古いとか新しいではなくて“女の生き方の真実として何が必要なのか”を身を以て試み考える姿は、人生態度として立派なものだし、フェミニズムにおいて今になお通じる要点ではないかという気がする。職業婦人であった広子が、婚家に入り嫁となるなかで、単に窮屈・不自由ということで見切りを付けていくのではない姿を実に確かな見識で描き出していた。


 次の土日で観たのは戦中・戦後の五作品で、45年の無条件降伏直前の時代劇と、成瀬が頂点を極めたとされる50年代の四作品であった。成瀬初の時代劇との『三十三間堂通し矢物語』は、長谷川一夫演じる弓名人星野勘左衛門の人物や男ぶりを讃える作品ながらも、勘左衛門の記録に挑戦する若者大八郎(市川扇升)の養母ともいうべきお絹(田中絹代)の存在感のほうが印象深くて、さすが女性映画の名手と称された監督の作品だと思った。その田中絹代は『おかあさん』('52)で、長男や夫(三島雅夫)を亡くして女所帯になった一家を支え、頑張る母親正子を堂々たる貫禄で演じていた。また、この映画は、当時二十歳くらいの香川京子の若々しく無垢な表情が眩しいくらいに美しい作品でもあった。妹久子に比べて幼稚さが過ぎるキャラクターを負わされていた姉年子像を受け手に馴染ませるうえで、彼女の魅力の果たした役割はとても大きかったように思う。主亡き後の福原クリーニング店を、手伝うというよりも育て上げることに尽力した木村庄吉にも演じた加東大介の持ち味が十二分に生かされていて感心した。

 初のスクリーン鑑賞で七年ぶりに再見した『山の音』('54)と今回が初見となる『めし』('51)では、ともに上原謙と原節子が夫婦役を演じていた。林芙美子原作の『めし』では妻への気遣いに乏しく顔を見れば「めし」としか言わない、真面目だけれども無骨な夫の元を飛び出し実家に身を寄せつつも、もはや自分の居場所は夫の元しかないことを思い定め、単調な日常の元に戻っていくが、川端康成原作の『山の音』では、'37年の『女人哀愁』をなぞるかのように、静かに密かに一人で決意を固め、そとめには思い掛けなく大胆に映る行動に打って出る妻の姿を描いていた。とはいえ、公然の秘密の様相を呈するまでに到っている夫の“浮気と妻たる自分への薄情”に対して、矩際一杯にまで迫ったうえで踏み留まっている舅(山村 聰)からの“スリリングなまでに濃密に示される愛情”のなかで、舅に応えるかのように良き嫁を務めていた菊子(原 節子)の顛末には、『女人哀愁』での広子の結末のような爽快感はなく、まるで不義の子を宿した自身を罰するかのようにして、図らずも夫との間に出来てしまった幼い命の芽生えを摘み取る“女の底知れぬ凄みと怖さ”のほうが際立っていた。『女人哀愁』から十七年、伊達に年期を経てはいないことを窺わせていたように思う。そして、その延長にあるとも言えるのが『浮雲』('55)の幸田ゆき子(高峰秀子)に窺えた“女の底知れなさと腹の据わり”だったような気がする。
 対する男のなまくらさというのは、『めし』の手堅く真面目な夫初之輔であれ、『山の音』の勤め先も同じで頭の上がらぬ実父が慎みという狷介さでくるんで示す我が妻への気に入りようが面白くなくて浮気に走った感すらあった修一であれ、なんとも煮え切らない木偶の坊的なキャラクター造形がされていて、身につまされるのを通り越して苦笑を誘われた次第だったが、その無骨な鈍さというものを上原謙が苛立たしいほどに巧く体現していて、『おかあさん』での加東大介の使い方以上に、その持ち味の引き出し方の巧さに感心した。上原謙は二枚目だが大根役者だというのが当時の風評だったようにも聞くのだが、こういう役どころを巧く演じたことで“なまくらイメージ”が貼り付いてしまっただけではないのかと思うほどに、何とも情けない味を出していた。そして、これまた、その延長にあるのが『浮雲』('55)の富岡兼吉(森 雅之)が醸し出していた“男の底なしのだらしなさ”だったようにも思うわけだ。
 そういう意味では、十七年ぶりに観た『浮雲』は単品で観たとき以上に、成瀬の集大成とも言われる作品であることに改めて納得が得られた。初見の記憶としては、腐れ縁とも言うべき男女の馴れ合い感と閉塞感のなかにあるだらしなさというものの並外れた生々しさとその何とも始末の悪いだらしなさの果てにも“貫徹の美と昇華が待っている”ことに打たれ、驚かされた感銘が強く残っていたのだが、今回、「東京ブギウギ」「りんごの唄」「インターナショナル」の歌声が続けざまに流れる昭和21年の闇市の立つ東京から始まる作品を再見して最も強く印象づけられたのは、“喪失感と空漠感”というものだった。

 映画の序盤での南方駐在官吏としての在任時代に、毒舌家であると共に責任感の強さが人物評として強調されていた富岡なればこそ“逃げ”は打てないわけで、外地でのゆき子との出会いを引上げ後も引きずり、当初は小狡くも自分からは打ち捨てず、ゆき子の愛想尽かしを誘うように運ぶ魂胆が透けて見えたりしていたのだが、女の炯眼に男の浅薄な魂胆など通用するわけもなく、逆に悔しさや挑発を促すような形で作用する面が生じ、そのことが、かつての外地での麗しき出会いから内地での爛れた腐れ縁の始まりへの転換に繋がっていたようにも感じられた。両者の人生にとって、凡そ建設的でも前向きでもないこの始まりを二人に促したものについて、十七年前は道理を越えた男と女というものの惹かれ合いが根底にあるという言わば“宿命的な縁(えにし)”のようなものを重く受け止めていたような気がするが、今回再見してみると、それ以上に、敗戦とそれに伴う荒廃によって心棒を失ったことでの空漠感が投げ遣り気分と居直り気分を誘っていたことが、両者のだらしない腐れ縁への邁進を促しているように見えた。そして、この根底的な“生きる価値観に影響を及ぼす部分での心棒の喪失と心許なさ”とともにある“矩も箍もお構いなしになったようにしか見えない状況”というものが、戦後60年を経て再び到来していることが改めて突きつけられたような気がした。
 そういう点では、ゆき子の処女を強姦で奪った義兄伊庭杉夫(山形 勲)が、宗教活動を装った詐欺まがいの手口で金銭的成功を手中にしている姿が描かれていたのが興味深く、その信心を支えていたのもまた人々の“心棒の喪失と心許なさ”であることに想いを致すとともに、ゆき子の持ち逃げで出し抜かれる杉夫のスケールの小ささは、オウムの暴走に比べれば取るに足らないし、影響の及ぶ範囲の破格さにおいて比類なき絶大さを誇る小泉政権の“構造改革教”とも呼ぶべき詐欺まがいの政治手法の罪深さと比べても、児戯に等しいものでしかないけれども、それを蔓延らせるものが人々の心棒の喪失と不安であることには疑いがないとの想いが改めて湧いてきたのだった。それらからすれば、心棒の喪失と心許なさの帰結が、爛れた腐れ縁ながらもその貫徹による思わぬ美と昇華への到達であるというのは、いっそ見事とさえ言えるわけだが、容易に兼吉とゆき子の真似ができるものではないし、安易に倣うべきことではないとも思う。しかし、人々の心棒の喪失と不安が顕著になってきている昨今は、『浮雲』擬きもまた蔓延っているような気がしなくもない。むろん人の世の習いとして、矩を超え箍の外れた色模様が一掃されるなどということがあろうはずもないのだが、相対的に夥しくなってきている気がしてならないことが、まさしく現在がそのような“心棒の喪失と不安の時代”であることを示しているように思った。


 その次の土日で観たのは、'60年代の四作品と山根貞男氏の講演だった。一週間前に観た50年代の四作品と比較すると、観応えと併せ持つ“商業性の充実”において、総合的な映画としての豊かさという観点からは、むしろ50年代以上の成果を遂げているような気がした。物語ないしは主題的な面白さ以上に演技の充実や競演の妙味が前面に出ていて、演出者たる監督の円熟の境地が窺えたように思う。とりわけ四作品全てに主演していた高峰秀子の演技巧者ぶりには感心した。
 なかでも『放浪記』('62)での林ふみ子像は強烈で、牛鍋屋の女給仕事のなかで酔って唄う口元のゆがみやバーでの嬌態に、如何にも育ちに恵まれない品のなさを漂わせ、ふとした表情や目つきに屈託に満ちた性格の複雑さを偲ばせていて見事だった。そのうえで、貧しく生活苦に苛まれる日々における苦衷を滲ませつつも明るく逞しくアグレッシヴに生きるタフさを余さず演じ、成功を収めてから後は、不眠不休の頑張りは同じでもすっかり険の取れた面立ちに変わっている姿を鮮やかに残していた。二年あまり前に奇しくも今回の成瀬巳喜男映画祭と同じく生誕100年記念と銘打った林芙美子展を高知県立文学館で観覧していたのだが、林芙美子が23歳で結婚し生涯を伴にしたとの手塚緑敏の存在が気になっていた。だから、小林桂樹の演じた売れない画家 藤山武士とは警察が踏み込んできた木賃宿での出会いの場面があるだけで、映画ではほとんどエピソードとして触れられていなかったのが、少し残念だった。それにしても、不実な役者詩人 伊達晴彦(仲谷 昇)やプライドばかりで甲斐性なしの文士 福地貢(宝田 明)といった二枚目ばかりに入れ込んでいたふみ子が、二枚目ではなくとも画家ならばOKで、同じく人がよく篤実な印刷工(加東大介)がどうにもダメだったのを見ると、よくよくのアーティスト好きで、けっこう見栄っ張りだったことが偲ばれるようにも思った。また、ふみ子の成功を祝う席に姿を表した福地の祝辞によって、彼に面目を施すとともにふみ子の創作姿勢に批判も加えているところが、ありがちな伝記的な作品を超えているように感じられた。

 『女が階段を上がる時』('60)のバーの雇われマダム圭子や『娘・妻・母』('60)の長男の嫁和子を演じた頃の高峰秀子が三十五歳で、『乱れる』('64)の戦争未亡人礼子を演じた頃でも四十歳前というのを考えると、その臈長けた落ち着きぶりには現代女性のとても及ばぬ貫禄があるのだが、この三作品には微妙にクロスするアナロジーが窺えたのが興味深かった。
 第一には『娘・妻・母』も『乱れる』も夫に先立たれた老婦人を三益愛子が演じていて、ともに実家資産に対する実娘たちの義理人情を欠いたドライな思惑への慨嘆と困惑が表れていた。両作ともに高度経済成長期の日本で経済優先の考え方が一般化して来始めた当時の時代色が反映されていて、『娘・妻・母』では改正民法下での法定相続割合に焦点が当たっていたが、配偶者と子供で相続する際の配偶者割合が当時は1/3だったことを僕はすっかり忘れていて、少々驚いた。そして、新時代を象徴する施設として養老院とは呼ばれなくなった老人ホームが登場するのだが、『乱れる』のほうではスーパーマーケットがそれに当たり、最も計算高くて厚かましい権利主張において強弁な娘を草笛光子が演じていたことでも両作は共通していた。
 次に、寄る辺なき身の独身女性であっても兄弟縁者が抜け目なく無心にたかる浅ましさによって、決して裕福ではない主人公が苦しめられる図ということでは、『女が階段を上がる時』で、圭子が自分も苦しいときに兄にたかられて応じざるを得なくなる情けなさから、固く律していたはずの身持ちをまんまと関根(加東大介)の善良さを装った手管に騙し盗られた顛末が印象深く、『娘・妻・母』では、事故死した亡夫のなけなしの保険金を兄からも妹からも当てにされて断れなかった長女早苗(原 節子)の姿に、相通じる世知辛い状況を感じないではいられなかった。
 そして、乙女とは異なる臈長けた女心の純情が醸し出す哀切は、三作品ともに通じていた。長らく孤閨を囲った未亡人のときめきを捉えた点では、一夜の契りの成就が対照的な顛末になっていても、『女が階段を上がる時』の藤崎支店長(森 雅之)への圭子の想いと『乱れる』で義弟幸司(加山雄三)からの思い掛けない告白に動揺した礼子の想いが、ともに高峰秀子の充実した演技で印象深く刻まれる。また、一回り近くも年下の若い男に迫られる未亡人という点では、『娘・妻・母』で若い技師黒木(仲代達矢)と唇を重ねる早苗と『乱れる』で十一歳年下の義弟に抱きしめられて唇を寄せられる礼子が重なる。そして、この臈長けた女心の純情が醸し出す哀切という点では、やはり『乱れる』での高峰秀子がとりわけ素晴らしく、それゆえにこの作品が後期の傑作と称されるのだろう。
 競演の充実ということで最も目を惹いたのは、今回の特集で僕が観た唯一のカラー作品でもあった『娘・妻・母』だった。娘・妻・母のいずれになっても、女の身というものの拠点のなさと尽きぬ心労をさまざまな形での見本市のようにして並べた観があったのだが、そのことが散漫を誘うよりも、姑同居・専業主婦・子供あり[長男の嫁和子]、姑同居・共働き・子供なし[次女薫]、出戻り・無職・子供なし[長女早苗]、未亡人・無職・息子頼り[あき、次女薫の姑]、夫婦独立・共働き・子供なし[次男礼二の妻]と多種多様なバリエーションを提示したうえで、そのいずこにおいても女には安穏が訪れないことを描いているように見えた。そうなったのは、女優陣(高峰秀子・草笛光子・原節子・三益愛子・杉村春子・淡路恵子)の競演の充実であるが故に他ならない。また、『女が階段を上がる時』では、他の成瀬作品と比べて珍しくも男優陣の競演が異彩を放っていた印象がある。身持ちの堅いバーのマダム圭子に執心の面々としての小沢栄太郎・中村鴈治郎・加東大介・森雅之・仲代達矢の競演の充実が、男の女へのアプローチのバリエーションを並べ見せていて、大いに目を惹いた。

 山根氏の講演は、思わぬ降雪で東京発の飛行機が六時間も遅れ、当日の映画上映が終了してなお半時間余り経って、予定時刻の二時間半遅れで行われたが、五十名を越す聴衆が残っていた。DVDを使ったパソコンによるプロジェクター映写で『噂の娘』『めし』『乱れる』からの場面引用を行いつつ、実際的な不自然さとは裏腹の映画的必然性に基づく演出的創意を『噂の娘』によって示すことで、'30年代時点での映画作家としての到達度の高さを明らかにし、脚本にはない創意を『めし』『乱れる』における奥行きや動きを加えた演出によって示すことで、映像によって語るべき映画の何たるか知悉した監督であったことを判りやすく講じていた。


参照テクスト:高知県立文学館での『林芙美子展』観覧日誌


*『女人哀愁』
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2005nicinemaindex.html#anchor001334

*『めし』
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2005mecinemaindex.html#anchor001343
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200504.htm#meshi

*『浮雲』
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200503.html#ukigumo
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2005ucinemaindex.html#anchor001341
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://members6.tsukaeru.net/sammy/archive/ukigumo.html

*『女が階段を上る時』
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2005ocinemaindex.html#anchor001349
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200504.htm#onnaga-kaidanwo

*『放浪記』
推薦テクスト:「神宮寺表参道映画館」より
http://www.j-kinema.com/rs200503.html#hourouki

*『乱れる』
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2005micinemaindex.html#anchor001329

*『娘・妻・母』
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より
http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2005mucinemaindex.html#anchor001345
by ヤマ

'06.1.9.~ 22. 県立美術館ホール



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