『ホテル・ルワンダ』(Hotel Rwanda)
監督 テリー・ジョージ


 発語の如何によらず、言語を有するが故に人間であるとの観点からすれば、問答無用という最も非人間的で圧倒的な力を行使する殺戮兵器がモノを言う状況というのは、人間の最も恥ずべき状態だ。

 この作品のなかに、長引く内戦状況に和平へと動いた大統領の暗殺によって激化した、フツ族によるツチ族の大量虐殺に伴う治安悪化から、その惨状を世界に報じるのを断念し、現地で親しくなった人たちを見捨てる形で国外退去せざるを得なくなった外国人報道カメラマンのジャック・ダグリッシュ(ホアキン・フェニックス)が、外資の高級ホテルの支配人として破格の昇進を遂げた有能な現地人ポール・ルセサバギナ(ドン・チードル)に「逃げ出すことが恥ずかしい」と詫びる場面がある。だが、それよりももっと恥ずべきなのは、圧倒的な力の魅力に引き寄せられてしまい、我を忘れることのほうだ。国レベルでそれをしてしまうのが軍備増強に他ならぬが、民衆レベルで最も醜悪なのが、いわゆる民兵とか自警団を標榜して徒党を組むことではないかという気がしてならない。そういう恥ずべき状況というものが、ポールの体現する良心と勇気と知恵などとの対照のなかで、とてもよく描かれていた作品だったように思う。

 コールド・マウンテンを観たときも思ったのだが、この作品でも、横暴不遜で冷酷な将軍や民兵たちの姿には、ほとほと気分が悪くなる。僕がヤクザや軍備増強を嫌うのは、それゆえなのだが、それぞれ“義理と人情”あるいは“正義と愛国心”を謳って偽装を凝らしながら、どちらもが同じように、組織として金と力に妄執してやまない。そうして、それがための覇権争いを繰り返す。そもそも、僕自身も含めた大半の人間の有り体というものは、問答無用の武力や腕力を得てしまうと、人間としての卑劣で醜悪な側面を露呈しがちなのだから、武力や腕力は持たないに越したことがないのだ。それなのに、少なからぬ人々がそれを求めることの気がしれない。

 特に、得るべくして得た自覚的な者はまだしも、非常事態における混乱に乗じて思わぬ形で得た者は、増長の度合いが遙かに高く、我を忘れて舞い上がりがちだという気がする。軍隊よりも民兵のほうがタチが悪いのは、それゆえだ。しかも、それをさらに煽り立てるものが必ず登場するとしたもので、この作品でも「ツチ族の奴らをぶち殺せ!」と連呼していたラジオ放送が威力を発揮しているさまがありありと映し出されていて、恐ろしいものを感じさせるほどに印象深かった。ダグリッシュの言うように、惨状が報道されても世界中の多くの人が幾ばくかの同情と怖れを一時的に覚えるのみで、ろくに関心を寄せない一方で、「奴らをぶち殺せ!」といったアジテーションの連呼には集団で簡単に煽られてしまうことへの割り切れなさに気が滅入る。そして、武力や腕力であれ、徒党を組むことであれ、放送による連呼であれ、こういう“威力が単純に力を持ってしまう危うさ”というものが人間の実に哀しい部分なのだと改めて思う。

 そういった危うく恐ろしい“群れの力”との対極で抗っていたからこそ、ポールの孤軍奮闘が眩しく際立つのだが、そこで彼が発揮していた知恵と才覚を実際の形にしていたのが、結局のところ、現地人としては破格の身分にあればこそハンドリングできる金やコネであったりするところに、現実はそういうものでしかないと改めて思うと同時に、民兵として徒党を組み、武器を手にして舞い上がる彼らには、ポールの持っていた全てのものが、ハナから無縁のものとして遠ざけられていたからこそ、かかる愚挙暴走に駆り立てられたのであろうことをふと思い、ますます割り切れなさに気が滅入る思いをした。

 国連平和維持軍や報道、外資支配による経済、その他諸々についてのさまざまな矛盾と疑問というものへの触発を促す視点を垣間見せながら、主軸となる人間ドラマとしての力強いうねりを湛えた堂々たる作品だったから、世界の各賞受賞にも納得できるのだが、こういう作品が、日本では商売にならないと業界から見込まれる状況にあるとともに、そのくせネットでの署名運動から日本公開に繋がった途端に、大ヒットしてしまう観客の動向や各地での上映要望に対して配給会社が強気のフィルム代設定をしている状況を耳にするにつけ、ルワンダとも決して遠くはない社会心理の危うさに、またまた割り切れない思いに見舞われた。




推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20060215
推薦テクスト:「とめの気ままなお部屋」より
http://www.cat.zaq.jp/tomekichi/impression/kansouh3.html#jump8
推薦テクスト: 「マダム・DEEPのシネマサロン」より
http://madamdeep.fc2web.com/Hotel_Rwanda.htm
by ヤマ

'06. 3.20. シネ・ヌーヴォ



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