『SINOBI−忍−』
監督 下山天


 松竹が「日本初という個人向け公募の映画ファンド」での製作を始め、製作費などの十五億円のうち、約五億円をファンドで集めたとの記事を六月に新聞報道で見て以来、少々気になっていた映画だったところに、高校の先輩から、このファンドに100万円投資したので、九月五日に有楽町マリオンでの「ジャパンプレミア」に行ってきたというメールを貰い、さらに興味が湧いていたのだが、観に行ってみると、“撮影”としてクレジットされていたのが、これまた高校の同窓生である近森眞史とあって、何とも妙に縁のある作品だと思った。メールをくれた先輩は「100万円投資したのにファンドインベスターは2階席に誘導され、試写会の30分前に着いたのに、最後列の席しか取れませんでした。現実は厳しいです。」と書いてきていたが、先の新聞報道では「融資と投資を組み合わせて一定の元本を保証」とあり、「興行収入などに応じて利益を配分し、スタッフ用グッズなどの特典が付く。」とあったから、手持ち資金を投じるのなら、今の低利回りのなかでは悪くもない楽しみだろうし、プレミア試写においてまで厚遇されないのは、今後の商売のほうが優先で致し方ないようにも思えた。
 エンターテインメントとしては、まずまずの出来映えだったように思う。もう少し人物エピソードを物語ってほしかったような気もするが、近頃は120分が当たり前になっているなか、100分で仕上げてるのは見上げたものだと思う。もっとも、短めの仕上がりだからこそ、逆にもう少しエピソードに厚みをとの思いが残るのだろう。
 忍者という術者よりは、ミュータントなりエスパーといったほうがいいように思われる伊賀鍔隠れと甲賀卍谷の五人衆が登場するところが、いかにも山田風太郎原作らしく面白く観たのだが、そういう意味では、『X−メン』のウルヴァリンのような蓑念鬼(伊藤俊)が身体変化ではなく武器の装着で最も人間の術者っぽかったのが面白く映った。アクション娯楽としては、最初の夜叉丸(坂口拓)と筑摩小四郎(虎牙光揮)くらいの見せ場が他の忍たちにも欲しかったように思ったが、技の見せ場の乏しさのわりにはキャラ立ちが出来ていたような気がする。それでも、陽炎(黒谷友香)の哀しみ、薬師寺天膳(椎名桔平)の虚無、室賀豹馬(升毅)の貫禄、蛍火(沢尻エリカ)の可憐などは、もう少しじっくり見せて貰いたかった。それくらいキャラクターそのものには魅力があったということだろう。朧を演じた仲間由起恵は憂い顔がよく似合い、その滑舌に乏しい声の響きが秘術“破幻の瞳”以上に魅力的だったが、甲賀弦之介については、伊賀組を闘いに呼び寄せる形で家康(北村和夫)の滞在する駿府に向かうようにした意図がよく解らず、その圧倒的なはずの強さともども何とも曖昧で、最もキャラ立ちに乏しかった印象がある。血と骨パッチギ!で配役上の重さ以上の存在感を残していたオダギリ・ジョーが演じて尚そうだったのだから、脚本に最も罪があるような気がする。
 それにしても、分限思想の徹底が前提にあっての物語だと改めて思った。いかな異能や強さを備えていようが、分限を越えたところでの発揮など発想の埒外にあるわけだ。家康と忍の間や、忍のなかでの頭目・頭領と忍衆の間に横たわる分限の絶対性が強固ななかで、泰平の世を迎え、居場所のない生に追い遣られつつ己が存在の証を立て全うしようとする忍の哀感は、それなりに描かれていたように思うが、そのなかにあって唯一人、分限の枠組みを超える部分を秘めていたはずの弦之介が、キャラクターとしては、そこには少しも重きが置かれず、単に悲恋の引き立て役でしかなかったのが、少々残念だ。伊賀鍔隠れと甲賀卍谷それぞれの頭領の責をようやく離れたことで、あたかも長年保留してきた心中を果たすかのごとく、闘い相果てた甲賀弾正(寺田稔)とお幻(りりィ)の間には、かつて弦之介と朧のような恋があったことを偲ばせていたような気がするが、物語として巧く生かされていたようには感じられなかった。
 同窓生のカメラだったので、普段以上に絵が気になったのだが、風景や自然を捉えることにおいては存分に技量を発揮していたように思える一方で、色のコントラストを過度に抑制した画面づくりが多用されていたのが少々あざとく感じられもした。悲恋物語には悪くないかもしれないが、アクション娯楽でもある点からは、画面の印象を必要以上に重たくしてしまったような気がする。また、アップ・サイズを、クローズアップよりはやや小さいものの通常のアップ・サイズよりは大きめに設定していたのか、バスト・サイズの次は、ほとんどがクローズアップ・サイズだったような印象が残っているのだが、ちょっと押しつけがましく感じられたりもした。それでも同窓生が堂々たる大作のカメラを回しているのを観るのは妙に嬉しく、むかし今村昌平監督作品で、撮影スタッフの一員としてクレジットされた名前を見つけたときのことを思い出した。

by ヤマ

'05.10.16. TOHOシネマズ5



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