『サイドウェイ』(Sideways)
監督 アレクサンダー・ペイン


 先頃観たばかりの『父、帰る』と同様に一週間を日追いで綴り、人の生に大きな痕跡を残す旅路を描いた作品だった。中年シングル・ライフの実感など量りようもない僕にとっては『父、帰る』とは比べるべくもない印象しか残してくれなかったものの、中年男女の哀楽をコミカルかつしみじみと描いていて味わいのある作品だった。こういう作品を観ると彼らとは違って、僕の人生にはワインのような複雑な味わいに至る熟成はむずかしいのだろうなという感慨が改めて湧いてくる。もっとも僕自身、もともと酒を好むほうではないうえに、ワインとなれば尚更にその複雑な味が旨味として舌に届くほうではないのだから、実人生もワインの味にはならないことがちょうど見合っているような気がしなくもない。

 だからなのだろう、自分の浮気という身から出た錆によって離婚に至ったらしい小説家志望の英語教師のマイルス(ポール・ジアマッティ)と放蕩三昧を重ねてきている落ち目俳優らしきプレイボーイのジャック(トーマス・ヘイデン・チャーチ)の旅行の影に、マイルスの“癒しがたい悔恨と孤独と挫折感”やジャックの“職もパートナーも拠り所のないまま中年を迎えている心許なさの反動のような威勢のよさ”が漂っていても、哀感よりむしろ何処か羨ましさを覚える情緒を誘われるようなところがあった。こういう“寄り道”によって醸成される人生の味わいが、ワイン同様に単純な美味さとは異なる深みのあるテイストであることを巧く描出していたように思う。ましてや、マイルスにはマヤ(ヴァージニア・マドセン)との間に、互いに離婚したばかりの中年男女であるが故に得ている初々しさとも言うべきものに満ちた出会いがあり、独身最後の一週間を過ごすジャックにはステファニー(サンドラ・オー)や太った人妻との間に、それ相応のツケをきちんと払う羽目になったうえでのアバンチュールがあって、モテ男の彼とても既に伴侶喪失に耐えられる歳ではなくなっていることを思い知るわけで、今後の結婚生活にとっても大きな意味を持つ己が心境との出会いを得ていたように思う。旅路のなかでの自身発見体験との出会いなどというものが最早あまり期待できない状況にある僕が、ある意味、羨ましさを禁じ得ない気分になってしまうゆえんだ。

 タイトルになっている“サイドウェイ”というのは、マイルスの母親宅やワイナリー、ゴルフ場などへの寄り道だらけの一週間の旅路のことを指す以上に、ワイン・テイストのような複雑な味を醸し出す“人生の寄り道”というものを暗示しているわけだが、思い返せば、僕の人生にはほとんど寄り道というものがなかったような気がする。若い頃、上昇志向に欠けるとか、(意)欲がないとか、怠慢だとかいって年長者から責められつつ何事もいつも成り行き任せにしていたわりには、大学進学でも就職でも浪人という寄り道をせずに済み、転職も離婚も経験することなく現在に至っている。無論それはとても幸運なことで、それらの経験せずに済んでいる事々は、自分から敢えて身を置いてみたいと思う境遇では決してないのだけれども、寄り道の醸成する人生の味わいのようなものに接すると、人の生のなかの何処かで知るべきものを自分がついぞ知らぬままに来ているような欠落感に見舞われることがあるのも偽らざるところだ。甚だ不遜でいい気なもんだと自嘲するだけの節度を備えてはいるものの、他ならぬ自身のことゆえに、意外に見過ごせぬ真情だったりする面を痛感してもいるわけだ。

 僕自身の内にあるそのような妙ちきりんな屈託を久しぶりに呼び起こされた作品だった。それだけ、彼らのサイドウェイに満ちた人生のもたらす味わいが、優れたワインにはピークを過ぎた後の緩やかな劣化にもまた深い味わいがあるわねというマヤの言葉さながらのテイストで巧みに綴られていたということなのだろう。ちょうどワインで言うならば、目覚めたマヤにとってはまさに半可通であるがために許容できず、離婚にまで至ったという夫の哲学教授のような者なのだろうという想いで自分を眺めてみると、いささか苦笑を禁じ得なくなる。優れたワインとしての必要条件たる“サイドウェイ”を欠いては、それすら必要条件であって十分条件ではないのに、もはや優れたワインには成りようはずもない。従って、ピークを過ぎた後の緩やかな劣化にも深い味わいのある人生なんて望めそうにもないというわけだ。自分も既にピークを過ぎて下りつつあるなか、何とも面白くない話じゃないかとささやかな疎外感を自覚したりした。僕もマヤに魅せられたのかもしれない。





参照テクスト:掲示板ほか過去ログ編集採録


推薦テクスト:「映画通信」より
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10442&pg=20050311
推薦テクスト:「K UMON OS 」より
http://blog.goo.ne.jp/vzv02120yamane/e/58306fb3ac55e1816f0defecde31e077
by ヤマ

'05. 3.27. TOHOシネマズ8



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