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『21グラム』(21grams) | |||||
監督 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ | |||||
心臓病でとことん余命の頼りない大学教授ポール(ショーン・ペン)が、心の絆の途切れた妻の願いであった人工授精で子供を残すことの代わりに、愛娘二人を失っていたクリスティーナ(ナオミ・ワッツ)に小さな命を図らずも授けて逝った。犯罪非行と出入獄を繰り返した挙げ句に改心して、狂信的なまでに神に帰依する信仰者となったジャック(ベニチオ・デル・トロ)の言う“全ては神の思し召し”ということからは、ポールがクリスティーナの夫の心臓移植を受けて幾ばくか命を長らえた役割は、正にそういうことだったのかもしれないが、全ての数字は某かの意味に至る手掛かりだと呟く数学者ポールの語る“人の命が消えるときに軽くなる、ハチドリやチョコレートバー1本ほどの21グラム”の意味するところが結局ピンと来なかったのと同様に、僕の関心を強く捉えたのは、人が生きて存在することの意味や役割を考えることでも生の受難や運命の試練に想いを馳せることでもなく、ポールの最後の選択が何を意味し、何ゆえだったのかということだった。 最初は単純に、愛するクリスティーナに殺人を犯させたくない一心から彼女の暴行を中断させるためだと思ったのだが、それだけだといささかファナティックに過ぎて釈然としない。むしろ、最も強かったのは、他人の死をあてにして待つしかないばかりの己が命の頼りなさというものが耐え難いものだったことから来る厭世感ではなかったろうか。それは、完全適合とは言えない状態の心臓移植のもたらす吐き気以上に、強く静かにポールを蝕んでいたように思う。その厭世感が根底にあったからこそ、クリスティーナのために銃爪を引けたような気がしてならない。そして、この作品が、避けがたいと思っていた死を心臓移植によって当面免れたことについて、得た命以上に失ったもののほうに焦点を当てていた映画ではなかったかという気がしたときに、臓器移植による延命について、そういう視点から臨んだ作品に初めて接したような感慨を得た。失ったのは自身のオリジナルなポンコツ心臓だけではなかったということだ。 来るべき死という運命に従う諦観なり覚悟のようなものや、間もなく死すべき運命ゆえに些か情けない絞り出しをしてまでも既に己が心の離れた妻の願う人工授精に応じてやってもいいと思える囚われのなさなどについて、命を長らえたことの喜び以上に喪失感のほうを自覚していたのではないかという気がする。さらに、せっかく延命しても本来の心臓を失っている以上、元の自分とは異なる命でしかないとの囚われが、過剰なまでの執着心で臓器提供者の身元を探らせ、自身の命運を左右した者であるクリスティーナへの、愛と言うよりもむしろ執着を促したように思う。映画のオープニング・シーンでもあった、裸で背を向け横たわるクリスティーナの傍らで、彼女に沿うような形で片足を立ててベッドの端に座り煙草を吸っていたときのポールに漂っていた空漠感には、情事の後の気怠さでは済まないようなものが宿っていたように感じられた。 ポールだけではない。ジャックもまた埋めがたい喪失感との葛藤に苛まれていたような気がする。最大の拠り所にしていたはずの神に裏切られたとの思いが抜き去り難かったことだろう。我が娘を目にすると自分が事故死させた少女の幻影がよぎるという過酷な状況に自分を追いやった運命に対して、神への篤信についての試練と受け取ることでは済ませない苦しさに、家を捨て逃げ出さずにはいられない。クリスティーナの喪失感は、愛する二人の娘と夫を不慮の交通事故で殺されたという最も直接的な目に見える形のものだったわけだが、そうしてみると、この作品は三者三様の喪失の物語だったように思う。 それにしても、あの時間軸も脈絡もバラバラにした断片の組み合わせのような編集は、いかなる意図があって施したものだったのだろう。映画のはじめのほうでの話の分かりにくさには些か辟易とさせられた。登場人物たちの心の動きの流れが寸断されてしまい、味わいを損なうことこのうえない。結果的には、それでも尚かつ断片シーンに宿っている情感の濃密さの程を感じることで各俳優の演技力を思い知らされるわけだが、そういうプレゼンテーションをしているわけでもなかろうにと納得がいかなかった。ポールのモノローグで終える物語だったから、死に逝く際に走馬燈のように駆けめぐったイメージを想定していたとも考えられるが、それならポールには見えそうにない時点のジャックの映像が不可解ということになってくる。謎めいたスリリングな効果を狙ったのかもしれないが、僕にとっては、あざとさのみが目立つ感じになってしまい、残念だった。 参照テクスト:掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録 推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2004nicinemaindex.html#anchor001121 推薦テクスト:「チネチッタ高知」より http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0406-121g.html#21g | |||||
by ヤマ '04. 6.13. 松竹ピカデリー3 | |||||
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