『シービスケット』(Seabiscuit)
監督 ゲイリー・ロス


 日本にもオイルショックの頃に地方競馬から中央競馬に勇躍し、勝利と人気を一身に集めた“怪物”ハイセイコーという競走馬がいた。競馬ファンのみならず多くの人々の希望と元気を託された偶像となっていたような記憶がある。今また長引く不況のなか、人気を集めている地方競走馬が高知にいる。ハルウララという名前なのだが、こちらは勝利とは全く縁がない馬ながらも、100連敗を重ねつつ懸命に走り続ける姿と走り続けさせてもらえている姿に、リストラ地獄に晒されている人々の希望と慰めが託されているようだ。今や全国区での人気を得、トップジョッキー武豊の騎乗も近く予定されている。そして、一般レースの出走馬券さえもが全国規模で発売されるようになったとのことで、単勝馬券が交通事故のお守りになっているらしいなど、いささか過熱気味でもある。今では一切やらなくなっているけれど、僕自身も遠い昔にはビンゴガルーという名の馬を贔屓にしていた時期があり、競走馬の疾走する姿を観るのは嫌いではない。だから、この作品も面白く観た。
 映画の序盤で、後に固い絆のチームを組むことになる叩き上げからの一代成功者の馬主ハワード(ジェフ・ブリッジス)、時代遅れの異端調教師トム(クリス・クーパー)、天分を備えながらも喧嘩っ早く不遇にくすぼっていた騎手ジョニー(トビー・マグワイア)が出会うまでの、幸不幸を織り交ぜた順風満帆とは言えないそれぞれの人生模様が、大戦後の好景気とその後の大恐慌に翻弄されるアメリカの時代背景を掬い取る形で、ディーテイルに凝りながら半ば強引な場面転換とともに綴られる。これが少々荒っぽくて分かりにくさをもたらすものの、大きなところでの運命の流れのようなものを感じさせる効果も生んでいて、賛否を共に招きそうな部分だという気がする。
 四日前に観たばかりの『ミスティック・リバー』と同じく、この作品もまた、人生の「もし、たら、れば」を頻繁に想起させるようなエピソードの連続だった。しかしながら、テイストはむしろ正反対のものであるところが興味深い。血統を重んじる競馬の世界で、純血エリート種とは程遠い経歴の三人組が、暴れ馬として叩き売られていたシービスケットの類い希なる天分を引き出し、世界に轟く名馬の誉れをほしいままにする東部のエリート馬をマッチレースで圧倒するこの作品を観ていると、見捨てられないことやチャンスが与えられることのラックを司っているものは何だろうという気がしてくる。物語的には、大恐慌をもサバイバルした強運に恵まれながらも思わぬ事故で愛息を失い離婚に至る失意を経験したことのある馬主ハワードの度量ということになるのだろうが、それだけには留まらない大きな運命のような何かがあるという風情が映画のなかに宿っていた。
 キャラクター的なものとして僕が最も惹かれたのは、騎手としてジョニーのような千鳥足を踏まずに花形の座を得ていた“アイスマン”ウルフ(ゲイリー・スティーブンス)だった。東部からすれば、地方競馬に過ぎない西部のジョッキー魂を見せつけるため、格下のジョニーをバカにすることなく、その手を借りてシービスケット騎乗のコツを真摯に教わる冷静な佇まいに、騎手としての実力の程と“アイスマン”の異名にふさわしい平静さが巧く出ていて、出番のわりに美味しい役処だった。最後の最後に、ジョニーとは因縁のあるレースで土壇場での騎乗替えになっても、勝ち目のない馬であることを承知のうえで出走したのは、おそらくはジョニー再起の馬場に居並ぶことを求めてのことだったと思われるが、タッグを組んで東部の連中に西部のジョッキー魂を見せつけた騎手仲間としての心意気がいい。観終えてどこか爽やかな味の残る佳作だった。


推薦テクスト:「This Side of Paradise」より
http://junk247.fc2web.com/cinemas/review/reviews2.html#seabiscuit
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2004/2004_02_09_2.html
推薦テクスト:「多足の思考回路」より
http://www8.ocn.ne.jp/~medaka/diary-seabiscuit.html
by ヤマ

'04. 2. 1. 東宝3



ご意見ご感想お待ちしています。 ― ヤマ ―

<<< インデックスへ戻る >>>