発禁本「美人乱舞」より 責める!』('77)
監督 田中 登


 友人から、未見なら是非観ての感想を聞きたいと預けられ、ビデオで観た作品である。ちょうど一年前の五月には、関本郁夫監督の新作『およう』を映画館で観たのだが、そこに描かれた、竹中直人の演じる伊藤晴雨は、後に竹久夢二のモデルになってお葉の名を得た兼代に翻弄される、不器用で気優しいロマンチストとして描かれていたように思う。映画としては、どうもシャープさに欠け、希代の興味深い人物像を何人も得ながら、いささかぬるく凡庸で、興味本意的な表層をなぞるに留まった、一般受け狙いの作品だという気がした。

 それからすると、四半世紀前のこの作品は、日活ロマンポルノで撮られた映画だけあって、冒頭から「女をいじめると、いろいろな顔をするからねェ。ガマガエルの尻を押すようなものでねェ。生きた人間をおもちゃにするくらい面白いことはないねェ。」という言葉で始まる。これは、戦後、伊藤晴雨が新聞のインタビューに答えた言葉らしいのだが、これについて作家の藤本義一は、この映画が撮られてから九年後に、団鬼六の『伊藤晴雨物語』に寄せた解説のなかで「これは照れであろう。本質を語る場ではないと晴雨は考えたのだろう。凡百の美術論、芸術論がもってまわった表現で作品を評価する傾向を晴雨は一蹴し皮肉をいったのだろう。」と記している。

 確かに僕の手元にもある '95年4月号の芸術新潮でも「幻の責め絵師伊藤晴雨」と題する特集が組まれたりしている。このときは、晴雨の娘である菊さんから提供された資料と福富太郎コレクションからのものが中心になっているが、最初の妻竹尾との娘である菊さんの「ああいう絵を描いてましたし、色いろ言われましたけど、父はエロの絵描くのは、好きじゃなかったみたい。こんなモンつまらねぇ、とか言ってましたから。好きなのは江戸風俗や、芝居の絵。芝居には本当に熱心で、金もらわなくたって描くんだって。本が好きで家じゅう本だらけ、とうとう家が傾いたほどでした。」との談話も掲載している。どちらの言葉も本人のものなのだろうが、真意が何処にあるのかは、もちろん誰にも判ることではない。

 この特集では、晴雨の島田髷と乱れ髪へのこだわりをクローズアップしていたが、それについては『およう』と違って、この作品でも濃密に反映されていた。『およう』の戯画化された晴雨と比べると、山谷初男の演じる晴雨は、風貌的にも本人に通じるところがあり、凡人には図り難い怪異さと責めへの執着ぶりを漂わせていた。際立った凄みの形相をついぞ見せないあたりが作り手の面目であるような人物造形だ。

 しかし、晴雨以上に量り難いのは、彼の妻たちだろう。この作品は、晴雨の責め絵師としての位置を不動のものにした最大の貢献者とされる佐原キセ(映画ではタミ)が若い男と出奔した後のカフェーの女給との出会いから始まるが、“雪の中での半裸責め”や大正15年に写真掲載された雑誌が発禁処分になったという“臨月の妻を逆さ吊りにした責め”が回想され、映画ではタエという名だった女給(宮下順子)が、妻となり、晴雨の責めを受け入れながら、常に前妻タミを意識し、それに対抗し、凌駕することを甲斐としていたように描かれていた。ビデオ・パッケージには「手加減なしに責めることで愛をぶつけ、その痛みを受けとめることで思いを吐露する…。」との惹句が記されていたが、いど・あきおの脚本の趣旨もそういうことであろうとは思うものの、人物像としては、やはり消化不足の感が否めない。しかし、安易に被虐の性感に身を委ねているようには描かなかったのは、やはり作り手の面目だろうという気がする。

 タイトルに添えられた『美人乱舞』は昭和7年に粋古堂書店から刊行された石版の責め画集だそうだから、物語としての出典ではないことになる。だが、映画に描かれた、最後の妻の発狂が脳梅毒によるものだったというのは実際の話で、昭和6年のことだと藤本義一も書いていて、そこには、この映画にも出てきた、狂死した妻の死体を縛ってみたかったとの回想が、戦後になってからの晴雨の談話のなかにあることも記されている。なんとも凄い話ではあるが、これらの量り難さを前にして思うのは、晴雨と女を描くのであれば、やはりキセ女との関係を描いてこそだという気がするのに、『およう』でも『責める!』でも、キセ以前とキセ以後であって、キセを避けているのは、キセという女性に格別の量り難さがあったからなのかもしれないということだ。とはいえ、絵師を前面に出していた『およう』の晴雨よりも、絵筆を手にする場面がほとんどないままに、取り付かれたように責めとその観察に耽る姿を前に出していた『責める!』の晴雨のほうが、リアリティがあったのは確かだった。




参照テクスト:若合春侑 著 『蜉蝣』(角川書店)読書感想
by ヤマ

'03. 5.25. VTR



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