『ラスト・サムライ』(The Last Samurai)
監督 エドワード・ズウィック


 堂々たる作品で観惚れてしまったが、ブッシュ政権への愛想しか視野にない形でイラクへの武装派兵という禁じ手を小泉政権が断行しようとしているときに、こういう作品を観ると少々複雑な感慨を誘われる。

 新政府内での政争において苦況を強いられておりながらも、その人物としての器量は慕うに足るだけの参議勝元(渡辺 謙)に、若き明治天皇(中村 七之助)が「大村(原田真人)の勧めに沿っている限り、朕は現人神であり続けられる」と零しつつ、君主としての執るべき道について助言を求めるが、勝元は絶対君主として頂点に立つ者の厳しく孤独な覚悟の境地を教え求めるかのごとく、問いには答えない。結果、趨勢に楔を差すような英断を明治天皇が下すことなく時局は進み、西南の役を彷彿とさせるような合戦の果て、勝元は討ち死にする。だが、彼の“サムライ魂”を伝えるべく拝謁に現れた、盟友たるオルグレン大尉(トム・クルーズ)の異人ながらに見事なまでの“サムライ”ぶりに打たれた明治天皇は、知らないでもなかった、アメリカ政府の真の狙いが武器輸出の市場としての日本の軍事強化にあることに対して、真なる国益の立場から、あらかた約束されてもいた軍備調達の協定を我が国にとって利するものではないと土壇場で反故にしてしまう。この作品は、まさしく「アメリカ政府の目論見に乗り、権力者が保身を図ることが日本の国益ではない。日本は、日本が嘗て重んじ備えていたサムライの誇りを思い出せ。」と訴えるような映画だったわけだ。

 あまりに時宜に適っていて狼狽するとともに、こういうことが何故に日本映画で訴えられず、ハリウッド映画で見せられてしまうのかと、いささか情けない気持ちにもさせられた。さすがにかほどのタイミングのよさと直截さそのものについては、作り手の予想をも上回る事態になった面もあろうが、時宜の如何によらずとも、人の気高さを形作る精神性というものを讃えて、実に雄弁な作品だった。

 私利私欲に囚われずに我が身を律する美学、怯むことなく気概を以て当たる覚悟、遺恨や経緯に囚われずに是非と美醜に対し潔い敬意を注ぐことのできる澄んだ眼差し。外国から“日本のサムライ・スピリット”と「日本の」という名を冠せられることが気恥ずかしくなるくらい、今の日本からは、かかる精神性が失われ、心が物と金に支配されているような気がする。目に見える“物”や貨幣換算に現を抜かすことが極当然で、利に疎いことを愚かさとして嘲笑するような破廉恥が確実に蔓延している。それを煽り導いてきたのが他ならぬアメリカの大衆消費社会を形成する大量生産大量消費型の産業構造であり、文化としての過剰なまでの欲望の創出と刺激であったのだから、日本は言わば目論見どおりの国になったわけだ。そして今、政局的面子と勢いだけで、アメリカ総体とも言えない一ネオコン政権への名誉なき追従によって、更なる不名誉を重ねようとしている。そうしたときに、当のアメリカ資本の外国映画でその旨を指摘されることが、冒頭に記した複雑な感慨を誘われるとの思いに繋がるということだ。

 しかし、この作品が西南の役を偲ばせることで西郷VS大久保の対立を想起させつつも、史実には則らずに征韓論争や不平士族による各地での乱、軍人主義と官僚主義との対立構造などを映画に持ち込んでいないことには大いに留意すべきであると思われる。近代日本の黎明期における政策の是非や歴史の検証をしようとしているのではないということだ。したがって、勝元を讃えつつも、西郷の征韓論に与するものでないことは明らかだ。また、軍人主義と官僚主義を対置して軍人主義を称揚する構造にしてもいない。とことん自己と対峙しようとするサムライ・スピリットに対置されているのは、権勢欲や利権欲のために金にあかせて他国の武器と技術を当てにし自己を棚上げしたまま勝利を得ようとするような功利心であって、日本の近代化に際しての“政策”選択ではない。さらには、軍人身分としての“サムライ”による軍事組織を廃して、国民皆兵の徴兵による常備軍を組織化する近代的軍隊を設けることの是非を問うていたわけでもない。時代の趨勢において滅びゆくサムライ精神を偲び、哀惜を込めていたことと、女子供や非武装者の殺傷にはいかなる大義も武人の魂として受け付けようがないことを示していただけだ。そして、日本のサムライを誇り高く描き、それをインディアンに重ねることで、嘗てネイティヴ・アメリカンの彼らが持っていたスピリチュアルで名誉を重んじる気高さを讃え偲んでいたのかもしれないとも思った。




参照テクスト:掲示板『間借り人の部屋に、ようこそ』過去ログ編集採録


推薦テクスト:「K UMON OS 」より
http://www.alles.or.jp/~vzv02120/imp/ra.html#jump7
推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました。」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex/2004lacinemaindex.html#anchor001040
推薦テクスト:「シネマ・サルベージ」より
http://www.ceres.dti.ne.jp/~kwgch/kanso_2003.html#last_samurai
推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」の
緊急特集「ラストサムライ」とトム・クルーズ映画巡礼の旅より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2003/lastsamurai/lastsamurai09.html
推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordL.htm#thelastsamurai
推薦テクスト:「シネマ・チリペーパー」より
http://homepage3.nifty.com/ccp/hihyou/LSAMURAI.html
by ヤマ

'03.12.20. 松竹ピカデリー1



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