『人生は、時々晴れ』(All Or Nothing)
監督 マイク・リー


 心が渇き、満たされず、荒みの一歩手前の実に際どいところでぎりぎり持ちこたえているような家族たちの、何の人生の甲斐もないように見える生活が、事細かに且つ何とも生々しく延々と続いていくために、観ている側の気分まで恐ろしく塞ぎ込んで、いささか辟易としてくる。だけど、スクリーンのなかで誰ひとり笑ったり笑顔を見せたりすることなく続いていくからこそ、終幕の「昔は、あなたはよく私を笑わせてくれたわ」とのペニー(レスリー・マンヴィル)の何の変哲もない言葉が、想外の重みをもって響いてくるのだし、最後に登場する本当にささやかな笑い顔を観て、とても救われたような気分になるのだろう。そして、しみじみ思うのが「人間って難しいよなぁ」との嘆息とも感慨ともつかない、人の生の悲哀と希望に対する茫漠とした覚束なさのことだった。
 大人たち以上に子供たちの危うさが表立っていたように始めのうちは見えたが、言葉を発するときにしかめ顔をする癖のあるドナ(ヘレン・コーカー)にしても、ドナへの対抗意識に囚われているように見えたサマンサ(サリー・ホーキンス)にしても、そして、ほとんど引き篭もりもどきで苛立ちやすく母親ペニーに当たっていたローリー(ジェームス・コーデン)さえも、みな心根は案外素直で、真面目な子供たちだった。ろくでなしジェイソン(ダニエル・メイズ)にさえも、自分の母親に知られることを恐れるようなたわいない幼さの窺われる描き方がされていた。サマンサが両親のだらしなさに苛立っていたことに顕著であるように、ペニーの子供たちの問題も、両親の夫婦問題に端を発していることが透けて見える。子供たちの危うさを引き起こしているのは大概の場合、親なんだろうと改めて思う。そして、サマンサとローリーを比べると、だらしなさよりも渇きや疎外のほうの罪深さが僕には印象づけられた。
 フィル(ティモシー・スポール)やローリーが感じていた疎外感は、レイチェル(アリソン・ガーランド)が言うように、ペニーが与えていたものかもしれないけれど、それでペニーのみが責を負うのは酷というものだ。彼女が自制し抑圧したことで却って悪質化して、危うく夫も息子もスポイルしかけたわけだけど、夜中に目覚めてベランダで独り紅茶を啜るペニーの孤独と深い哀しみに彩られた瞳をレイチェルたちは観ていないが、映画を観ている側の僕らは観ていて、それが強く焼き付いている。だから僕は、ペニーが、というより、彼女が不満や怒りをぶつけることを自制し抑圧することによって生じたディスコミュニケーションという状況のほうがもたらしたものだというふうに感じた。ペニーは、自分は精一杯我慢し耐えていたつもりだから、隠していたはずのことが感知されていてすっかり動揺する。ある意味で、最も哀れで滑稽な顛末でもあるわけだ。だが、家族という濃密な関係性において、取り繕いは通用しないとしたものだ。表層的なことは、手抜きをせずにこまめに取り繕うほうが綻びにくくてよいと思うし、案外大切なことなのではないかと思うけれども、根本的なところの場合は、取り繕いを加えることで毒素をはらみ、却って相手をスポイルし始めるような気がする。しかし、からくも彼らは危機を脱したように見える。息子が心臓発作で倒れ、入院したことを契機に、ということなら、ありがちなドラマだけれど、この作品ではそうなってないところがいい。
 契機は、突如顕在化した病魔がもたらしたのではなく、フィルの妻への問い掛けがもたらしたものだった。映画を観終えたとき、原題のオールが何を意味し、ナシングが何を意味しているのか掴みかねていたが、振り返っているうちに原題の意味するところは“いちかばちか”で、それが即ちフィルのペニーへの問い掛けであったことに気づいた。直視することを避けてきた夫婦間の問題を正面きって俎上に乗せるのは、確かにいちかばちかの賭けのようなものだ。フィルにそれを促したのは、タクシー客との会話を契機に深く見つめ直すことになった己が内の孤独と渇きと絶望に向き合っていた海辺での佇みであろう。それからすれば、長男が発作で倒れ、入院した状況というのは、契機というよりむしろ間の悪さに繋がるものだったわけだ。
 しかし、間が悪いことが逆によい形に作用することも、実人生においては、ままあることで、ペニーが長男ローリーの心臓発作という不慮の事態に出くわすことで、自身の内に潜んでいた息子への強い愛情というものを、きっと自分自身でも驚く形で実感して少なからず高揚していたことは、おそらくフィルが今回の賭けに敗れなかった最大の原因だったろう。そこのところにも人間と人生への作り手の深い洞察が窺え、大いに説得力があった。


推薦テクスト:「K UMON OS 」より
http://www.alles.or.jp/~vzv02120/imp/sa.html#jump37
by ヤマ

'03.12.11. 美術館ホール



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