『シモーヌ』(Simone)
監督 アンドリュー・ニコル


 アンドリュー・ニコルの脚本は、五年前に観たガタカ『トゥルーマン・ショー』がそうであったように、今現在のことではないながら、遠からぬ未来に現れてもおかしくはないと思わせる世界を現出させるとともに、そこに常に“フェイク”をキーワードとする想像力豊かで批評性に富んだドラマを展開しつつ、ある種の健康さを感じさせるような感性を宿らせていると思う。この作品もまた、その系譜から外れることのない物語だと感じた。
 含蓄のある批評性と機知に富んだ台詞が幾つもあって、とても総てを覚えてはいられなかったが、特に強く残っているのがプログラムソフト“simulation one”から創ったCG女優シモーヌ(レイチェル・ロバーツ)をホログラフィによって現出させるライブ・コンサートに、シモーヌの創造主である映画監督ヴィクター・タランスキー(アル・パチーノ)が臨んだ場面のものだ。「一人の人間を騙すのは難しいが、大勢を騙すのは簡単だ!」と、これから打つ大博打に臨む自分に気合いを入れ、鼓舞していた。「一人を殺せば…」じゃないが、大それた言葉であることは間違いない。
 だが、世の中を見ていると、実際そのとおりであるような気がする。マスで共有させることによって事実化するのは、情報戦略の常套手段だし、受け取る側は呆気なくそれに乗せられてしまう。スモークを掻き立て、巨大プロジェクターに映し出す画像のほうに注目させながらだと、その前で小さく朧気に浮かぶ実像らしき姿が、たとえホログラフィだったとしても、本当にバレないんじゃないかと思わせるような仕掛けを演出し、見せてくれたように思う。実際、触れたり、匂いを嗅いだりすることがなくても、単に大勢で目にすることで実物に触れたような錯覚を抱いてしまう群衆心理というのは、確かにあるような気がする。
 また、ヴィクターは、シモーヌを使ってメディアや大衆を操っているつもりでいたのに、シモーヌが絶大な支持による人気を得てスターになるにつれ、彼のほうが翻弄されるようになってもいくのだが、その制御不能の過程が、あらゆることに通じる人の営みや思惑の顛末に普遍的な展開そのもので、思わずニヤリとしないではいられない。遂には持て余し、その人気や世評を落とそうとするのだが、既に確固たる以上の位置を得るに至ってしまうと、暴言も下品さも露悪も、総てが評価の対象になって、彼の手には負えない状況になる。
 シモーヌは間違いなく、彼がこれまでに創造した、いかなる作品よりも抜きん出た傑作なのだが、創造主として名乗り出ることができない。すると、出来がよければよいほどに、嬉しいどころか、苦しくつらい思いに苛まれるようになる。そうして、遂に彼は、初めて気づいたように「いい作品を誕生させるために創ってきたのではない。自分のために、自分を顕示するために創造してきたんだ。」と叫んで、クリエイターの自己欺瞞への芯からの自覚を得る。作品のため、芸術のため、というのは、口実でしかなかったというわけだ。
 しかし、その欺瞞について考えてみると、自身にさえ自覚がない場合でも、それが欺瞞であれば、嘘を言っていたことになるのだろうか。逆に、虚偽は語らぬ意志と自覚のもとに事実を利用して、意図的にその事実を超える思い込みに相手を誘い込んでも、語った事柄自体が総て事実の範囲内であれば、嘘を言ったことにはならないとすべきものなのだろうか。虚実についてのさまざまな思いを誘発してくれる作品だった。
 そのくせ、とんだ袋小路に入り込んだヴァルターが、これまで隠そうとしていた事実を今度は警察に「実」として認めてもらおうとしても、証拠もなく、どうしても「虚」としてしか受け取ってもらえない窮地を救うのが、離婚で手元から離れた娘であって、結局のところ、ペシミスティックな破綻の結末を迎えずに、実の家族による再生の物語だったりするところが、鋭く風刺に満ちた眼差しと一見相性が悪そうに見える常識的なまともさを示していて興味深い。
 しかも、いかにもの大団円に終わるのではなく、映画プロデューサーの元妻エレイン(キャサリン・キーナー)のしたたかな野心家ぶりを生かし、二人のの復縁により、再起したシモーヌを映画以上に虚に満ちた舞台へと再登場させようとするラストが、シニカルで気が利いていると感じた。唯の一人にも自分が創造主であることを認めてもらえないと感じていたときに破壊しようとまでしたヴィクターがそうできるのは、妻と娘の二人だけかもしれないが、きちんと自分の存在を認めてくれる“生身の他者”を得たからであろう。作り手の人間観は、やはり健全だ。


推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2003/2003_09_15_2.html
by ヤマ

'03.11. 6. 美術館ホール



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