『マジェスティック』(The Majestic)
監督 フランク・ダラボン


 政治家がよく使う、というか政治家しか使わないという気もする“負託”という言葉の持つ本当の意味は、こういうものなんだろうなと思った。後で何人もから明かされるように、ピート(ジム・キャリー) が本当に九年半ぶりで生還した勇敢な戦没兵士ルークだとはローソン町の人々も思っていなかったのだ。しかし、本当であってほしいと願う彼らの思いや希望を託すに足る風貌を彼は備えており、何よりも記憶喪失によって本人がその当否を自覚できない状態だった。それだから、彼に対してハリー(マーティン・ランドー)の息子ルークとして接することが、さして無理な押しつけにはならなかったのだろうし、ある意味では過剰と言えるほどの民心の結集をも誘ったのであろう。むしろ本物であることが紛れもないものであったれば、あれほどには町民の意気の盛り上がりが持続しはしなかったように思う。そういう面での説得力を考えても効果的な設定だ。
 記憶喪失が映画やドラマでよく扱われるのは、何よりも先ず、人間の持つ根源的な不安としての“自分探し”というものを最も劇的に具体性を持った形で提示できるからであり、その回復の時期や失われた記憶のなかにあった出来事も含めて、最も謎めいていてスリリングな物語が展開できるからだろう。この作品では、失われている記憶の時間の出来事は、あらかじめ観客には知らされているが、彼の記憶の回復がどういう形で訪れ、何を引き起こすかが、スリリングな興味としてドラマの牽引力になっている。しかし、それ以上に僕にとっては、前述した“負託”の持つ意味と力を考えさせてくれる効果的な設定として非常に有効だった。
 ローソンの町の人々が元気を得、活気づいてくる有様が、廃業した古い映画館“マジェスティック”の再建に町の再生をダブらせたイメージで生き生きと綴られる。このあたりの高揚感を作り手は、映画としての約束事をきちんと踏襲する形で、やり過ぎにもなりかねない際どいバランスのなかで許容される最大限の過剰さでもって、絶妙に演出していて心憎い。前作『グリーン・マイル』でも、その加減の巧さには感心したが、やはり観る人の心を掴む技に秀でているのだろう。そのおかげで、ここに描かれたような“負託”に応えうる者の存在というのは、実際にこれだけの力を引き出すものなのだろうという気にさせられた。マン・パワーのマジックというのは、そういうものなのだ。そして、興味深いのは、負託を受けた側もまた、それによって育まれ、ポテンシャルを蓄えていくということだ。
 そういう基盤があったからこそ、聴聞会でピートの取った行動が生まれるのである。しかも大事なのは、そんな基盤の蓄積に加えて、想いを寄せるアデル(ロリー・ホールデン) の期待を裏切りたくない思いがあってもなおピートには、法曹同士の裏交渉でお膳立てされた、真実とは異なる手打ちのカタである声明文を、内心の声に耳を塞いで読む用意と意志があったということだ。しかし、そのためには頭を空っぽにして、何も考えないようにして読むしかない。ところが、調子づいた尋問側の弁護士が手打ち以上の成果を収めようと欲を出し、彼が考えて答えざるを得ないような質問を重ねる。こうまでして火を付けてもらって、ようやくにして擡げてくるのが平凡人のなかにある正義感や使命感なのだ。そして、それさえもが奇跡的なことであるかのように、我々平凡人の正義感や使命感は心細く頼りないのだ。でも、だからこそ、そういう人物が“マジェスティック(「威風堂々」と訳されていた)”を手に入れた姿は、人々の心を打つ。勇敢な正義漢であったルークを虫が好かないと嫌っていたボブの心さえも動かすのだ。
 ピートを“負託”の育てた平凡人として描いているところが素敵な作品だ。自ら進んで行動を起こすには到底いたらなくとも、問われ質されたときに、勇気をもって良心に従うことができれば奇跡が起こせるのだと語ってくれる作品は、素朴なカタルシスを与えてくれる。そして、お約束どおり御褒美も用意されていた。ローソンの町に流れ着いたとき、「ウェルカム・ホーム、ルーク」と書いた横断幕とともにハリーの息子として歓迎されながらも、本物ではなくFBIに追われる不審人物であることが判明し、冷たく見捨てられたピートが、今度は「ウェルカム・ホーム、ピート」と書いた横断幕とともにローソンの息子として、前回以上の歓迎を受けるラストを観ていると、じんわりと気持ちのよさが広がっていく。こういう映画の味わわせてくれる醍醐味の部分だ。周到にも、僅かに曇りを残しかねない証言結果にまつわる部分についても、前もって払拭が施されており、存分にこの醍醐味が味わえるように調えられていた。
 それにしても、アメリカでは '51年時点で既にテレビに押されて映画館が斜陽化していたのだろうか。いささか驚いた。また、ダラボン監督作品としては、前作に引き続き、映画なり映画館がクローズアップされていて興味深かった。


推薦テクスト: 「マダム・DEEPのシネマサロン」より
http://madamdeep.fc2web.com/the_majestic.htm
推薦 テクスト:「チネチッタ高知」より
http://cc-kochi.xii.jp/jouei01/0206-6majes.html#majes
推薦テクスト:「多足の思考回路」より
http://www8.ocn.ne.jp/~medaka/majestic.html
推薦テクスト:「Happy ?」より
http://plaza.rakuten.co.jp/mirai/diary/200301310000/
推薦テクスト:「FILM PLANET」より
http://homepage3.nifty.com/filmplanet/recordM.htm#themajestic
by ヤマ

'02. 7.16. 松竹ピカデリー3



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