『地獄の黙示録<特別完全版>』をめぐって
DAY FOR NIGHT」:映画館主・Fさん
TAOさん
ヤマ(管理人)


 

(映画館主・Fさん)
 毎日お暑うございます、ヤマさん(笑)。暑い時には熱い映画の話を・・・と思いまして、そちらの「地獄の黙示録/特別完全版」を拝見しました。


(管理人ヤマ)
 ようこそ、Fさん。ありがとうございます。


(映画館主・Fさん)
 実はオリジナル版はかつて初公開時に見てましたし、今度のは長いし・・・で、生理的にも歳とった身にはキツいと、「特別完全版」はパスしたようなわけなんですが。


(管理人ヤマ)
 それは惜しいことをされました。


(映画館主・Fさん)
 実は僕、「地獄の黙示録」って何を言ってるか分かったかと言えば、あまりよく分からなかったというべきなんでしょうね。
 ただ、戦争はいけないよと言えば済むような問題じゃなくて、戦争には人間を魅了してやまないものがある。


(管理人ヤマ)
 そうです、そうです。懲りないんですよね、人間は(笑)。


(映画館主・Fさん)
 ワルキューレの騎行のとことか夜の砲火の美しさとか。そのへんは本能的に感じ取っていたという気がします。それより何よりあの映像と音響です。あれには酔わされた。


(管理人ヤマ)
 ほんとにね。僕は日誌では、ほんの冒頭の一部をそして音楽にも触れずに綴ってますが、音楽は重要でしたね。


(映画館主・Fさん)
 あとは救われない人類の終末って感じですかね。マーロン・ブランドの死の後、人類が滅亡するような気がして。一言で言うと、バカは死ななきゃ治らないって感じで(笑)。ともかく僕は絵と音にシビレまくってましたっけ。白状すれば、冒頭のドアーズとナパーム爆発だけでもよかった。
 ところが今度の「特別完全版」ってずいぶん分かりやすそうって印象なんですよね、ヤマさんの感想を読むと。


(管理人ヤマ)
 ま、自分にとって分かったような気になれているところだけを、その範囲内でしか綴ってませんから、というより、そういうふうにしか綴れませんから(笑)。


(映画館主・Fさん)
 ヤマさんがかみ砕いてるから、分かりやすいのか??


(管理人ヤマ)
 上のような意味で言えば、そうかも(笑)。


(映画館主・Fさん)
 僕が歳をとったから、分かりやすいのか??
 それとも今の時代が、分かりやすくさせているのか??


(管理人ヤマ)
 このへんは、どうもよく分かりませんが、僕においては、加齢という要素もあるかもしれませんね。


(映画館主・Fさん)
 もし三番目だとしたら、やはりいいタイミングで特別完全版を世に出したものだと思いますね。遅ればせながらDVDででも見てみたいと思いました。


(管理人ヤマ)
 そうですね。醍醐味の部分は減退しちゃいますが、ご覧になる価値はあると思いますよ。オリジナル版ですましとくのは、ちょっと勿体ないようなとこあり、ですね。


(映画館主・Fさん)
 そうそう。ヤマさんの文章読んでいろいろ思い出してきました。
 僕は公開当時分からなかったと書きましたが、実は白状すると、分からないとは思っていなかった(笑)。自分じゃ分かったつもりになってて、ところが世間じゃみんなやたら難しいことばかり言って分からない分からないと言ってる。それじゃ俺の解釈間違ってるかなと思ったわけで(笑)。


(管理人ヤマ)
 分かるとこだけで済ませようとしないのは立派なことかもしれないけれど、分かった気になれてる部分まで怖じ気づいて出さずに、すくみ合うってのは、あんまりかっこよくない姿ですよね〜。


(映画館主・Fさん)
 僕は、あの映画をえらく単純に考えたんですよ(汗)。


(管理人ヤマ)
 この明解さは、やっぱ買いでしょう(笑)。
 骨格部分を単純化して受け取ることは、ある意味で細部の複雑な味わいを堪能するためにも必要なんじゃないかと僕は思ってます。喩えがヘンかも知れないけど、取り敢えず洋食か和食かってとこ腹くくっちゃわないとナイフ・フォークで食べるか、箸で食べるか決まらないですよね。そこんとこで分からない分からないって食おうともしなかったら、結局食わずにいるうちに冷めちゃって、そのころになって誰かにそれは和食だから箸で食うんだよって言われて食っても、醍醐味んとこはもう冷めて消え去ってるし、その誰かが教えてくれた和食だって回答がアテになってるかどうかも保証の限りじゃないしねー(笑)。


(映画館主・Fさん)
 エリートでやる気まんまん将校のブランドは、ユルんでズブズブの自国の軍隊やこの戦争の在り方にウンザリ。これが兵士ってもんだ・・・というとこ極めたくて、いい歳こいて最前線に乗り込み、そこで原住民たちと出会って、これぞ「兵士の原点」と自分の理想の軍隊、理想の王国をつくる。
 ところが王国がデカくなり自分もエラくなると腐敗する。


(管理人ヤマ)
 ここFさん的キーワードの部分ですよね。僕には出てこないとこです(笑)。


(映画館主・Fさん)
 腐ったアメリカと変わりなくなる。俺もエバってダメになる。


(管理人ヤマ)
 そして、こう繋がってくるとこが、ふーむ、なるほどなんですよね。


(映画館主・Fさん)
 やっぱりデカくなりエラくなると腐るのが人間のサガなのか。
 そんなところにやってきた、まだ若くて鋭いマーティン・シーン。待ってたよ、俺を殺してくれぇ。王国なんかつぶしてくれぇ。人間は何だかんだ言ってても最後には腐ってしまうのか。人間なんてどいつもこいつもいなくなった方がいいんじゃないか。何とも恐ろしいことよのぉ、ホラー、ホラー・・・。


(管理人ヤマ)
 これを一笑に付すような方には、細部の味わいを自らのものとして堪能することができそうにないように思いますね。僕も同じようなスタンスで臨んでいるから、あのような日誌になるんだと思ってます。


(映画館主・Fさん)
 いまだに幾多の難しい解釈を生んでいる作品に、何とも単純バカな感想なんですけど(笑)、僕には当時こう思えたし、ヤマさんの文を読んで、思わずそのあたりを思い出したんですよね。ホラーでした。


(管理人ヤマ)
 そういう意味でも、これには随分うれしい思いがしました。ありがとうございます。


(映画館主・Fさん)
 さて、実はここから先が問題なんですけど。最初にも申し上げた通り、人間にとって戦争って魅惑的ってとこがミソの「黙示録」だと思うわけなんですよ。


(管理人ヤマ)
 キルゴアだけじゃないんですよね。闘うことに魅せられる人間がいるのは、そこが最も端的に自らの力を試せる場であり、目に見える形での自己実現を、平時においては果たせようのない極端な形で発揮できる場だからでしょうね。


(映画館主・Fさん)
 で、非常にハイな部分で言えば、俗に戦争反対を言う時に、まずはミリタリズムってヤダヤダ・・・ってなとこありますね。だけど、戦争や軍隊ってのが実は人間の高みをめざす場だって考え方は、根強くあるわけでして。


(管理人ヤマ)
 『愛と青春の旅立ち』なんかは、女性客にもウケましたよね。


(映画館主・Fさん)
 勇気、犠牲的献身的精神、自らを律する気持ち、連帯などなどってのは、実は確かに美徳なことは間違いない。


(管理人ヤマ)
 これが端的に問われるのが闘いの場であるとこが一番悲しい現実なのかもしれませんね。


(映画館主・Fさん)
 それを体現するのが軍隊であり、具体化するのが戦争だと。
 これは確かにある一面的な意味でウソではないんですよね。で、ここに一抹の真理もあるからこそ戦争賛美もある。


(管理人ヤマ)
 そうですね。ただ戦争の場合、闘いを自ら選んだ者たちにおいてのみ勝者と敗者が生じるわけではないばかりか、勝者でも敗者でもない被害者が大量に発生しますよね。それをも上回るほどの価値と意義というものを僕は認められないでいますが、実際にその場に身を置く人間のなかに、そういったものに魅せられていく者がいることは自然なことでしょう。その良し悪しとは別に。
 また、なんらかの美徳を見つけられないと携わっていけない過酷さというものも、きっとあるはずだという気がします。


(映画館主・Fさん)
 逆に「反戦」を言う場合、ここを無視して語ることになるから、最も脆弱さを露呈するところだと思うんですよ。


(管理人ヤマ)
 これはもう、おっしゃるとおりだと思いますね。
 自身にとって自明であることほど、そうは思っていない他者に対して説得力のある言葉を持てないのが人間だと思います。それは、自身にとって自明であるが故に、自問と検証をする機会がないことやあえて意識的に向かっても、自身にとっては疑問も何もないのだから、その内なる作業を続けるエネルギーが持続しませんよね。
 カーツが凄いのは、反対側での作業だったかもしれないけれど、このエネルギーの持続力にあったのではないかという気がします。こういうふうな観点があったから、僕は腐敗イメージを呼び起こされなかったんでしょうね。


(映画館主・Fさん)
 だけど、これがいとも簡単に「兵隊やくざ」みたいな世界に堕落してしまうのもまた真理で、それはやっぱり人間だから。ヒューマンファクターがあるから腐敗してしまうわけですね。


(管理人ヤマ)
 僕には腐敗イメージがあまりなかったのですが、ここのところは、かなり魅せられるイメージというか解釈なんですよ。


(映画館主・Fさん)
 エリート将校ブランドはそこを何とか高みの域に持っていきたい。「俺ならば」の自負もあった。原住民のプリミティブな世界なら、それが出来るかもと思ったりもした。
 だけど、やっぱりダメだった。今度はテメエも元凶だった。だから人間はダメなんだ、戦争やってもこうなるだけ。・・・てなところではないかということですよね。


(管理人ヤマ)
 ここのところは同じ結論に帰着しますね。
 元凶を腐敗に至るヒューマン・ファクターと解するか、腐敗どころか人間の本質に関わるある側面を徹底して自己実現を果たすと必然的にそうなり得る存在として受け取るかの違いはありますが。


(映画館主・Fさん)
 ヤマさんのおっしゃるのは、確かに分かる気がします。(以下、僕のチョ〜勘違いかもしれませんが<笑>。)
 人間は、水は低きに流れる的な腐敗と同時に、高みを追って堕落せず、高みの極みを追求することが、一種の邪悪さになってしまうことってあると思うんですよ。


(管理人ヤマ)
 これスンゴク意味深長なご指摘ですよね。妖刀村正みたいなイメージですかね。徹底的に切れ味鋭く、いわば刀としての至高のものに至れば、そのことでもって邪悪さを帯びてきちゃうんですよね。


(映画館主・Fさん)
 向上心っていうか、ある種の純粋さやら崇高さですけど。不純物を望まないそういう高い志って、どこか残酷で排他的で目的至上主義であるあまり、情も暖かみも分別もないものになってしまうものじゃないですか。


(管理人ヤマ)
 むかし綴った『ダメージ』の日誌を思い出しました。純粋ってホントに始末が悪いってとこありますよね(笑)。


(映画館主・Fさん)
 あるいは日常レベルで言えば、勉学や技術や運動能力の高みをメいっぱいめざす時に生じる崇高さと裏腹の酷薄さというか。


(管理人ヤマ)
 はいな〜(笑)。もっとも、それを口実にしながら高見をめざそうとしない僕の怠け症というのも、それはそれでイカガナモノカってとこもあるんですけどね(笑)。


(映画館主・Fさん)
 デレッと堕落してもバリバリ張り切っても、人間どう転んでもロクなことにならねえんじゃないか。としたら、こりゃあ本当にドン詰まりのホラーですよね。


(管理人ヤマ)
 帰結するところ、やっぱ、これですかねー(ホラー、ホラー)。


(映画館主・Fさん)
 一方、マーティン・シーンの川遡りも地獄巡りのように見えて、戦争のエキサイトメントだとか美しさとかは堪能している。それは見ている我々も一緒に堪能してるわけでして、だからあの映画はヴィットリオ・ストラーロの美しいカメラと、大画面と立体音響が必要とされるわけですよね。


(管理人ヤマ)
 これ、とても重要ですよね。ここんとこ言葉で言われても、すんなり聞けないとこじゃないですか。視覚聴覚というのは、その点、ずっと素直ですからね。


(映画館主・Fさん)
 感覚で理屈抜きで「戦争って気持ちいい」って思わせてしまう。これはブランドの戦争の高みってのが頭の中の理屈ならば、大衆レベルの感覚で分かる部分とでも申しましょうか。
 この映画はこうした頭と気持ちと、両面で戦争の魅惑を感じさせてしまい、なおかつ、だからこそヤバイんだと。ナントカに刃物なんだよと言い切っているからこそ優れている気がします。ホラーです。


(管理人ヤマ)
 これはもう全く同感ですね。
 ちょうど今回のFさんの書き込みがタイミング的に合ってしまったからかもしれませんが、今回僕がアップした『模倣犯』に日誌で綴ったピースのイメージをふと連想しちゃいました。すごく不評を買っているらしい『模倣犯』を『地獄の黙示録』の土俵に持ち込んでくるのは、我ながら信用に関わるようなヤバイことだとも思いますが(笑)、作品自体の力と達成度における開きはあるにしても、僕のなかでは、同じ土俵にカテゴライズできる部分を持った作品でした。
 そういえば、『地獄の黙示録』も公開当時は不評も買ってましたよね。


(TAOさん)
 Fさんのおっしゃるエリート将校ブランドの失敗。最大の元凶は、ダイエットの失敗にあり(笑)。
 ってことは、マーロン・ブランドが契約条件を無視して、ダイエットしなかったのは、じつは役作りのためだったりして。。(笑)


(管理人ヤマ)
 ようこそ、TAOさん。
 元凶がそれだと、他人事ではありません(おろおろ)。
 それはそうと、契約条件に反してまで表現したいカーツ大佐のイメージが彼はあったですって?(笑) でも、そんな話をあながち一笑に付せない役者であるとこが凄いもんですよね(笑)。


(TAOさん)
 「腐ってもブランド 」ですね(笑)。
(有名ブランドではなくマーロンです、念のため(笑)。)


(管理人ヤマ)
 僕は、ブランドよりもブロンドのほうがいいなー(笑)。


(TAOさん)
 もうかなり前ですが、ジョニー・デップ目当てに「ドンファン」を見たんです。それなのに、デップよりマーロン・ブランドの方がはるかにセクシーに見えて驚いた。もしかして、私だけ?(笑)


(管理人ヤマ)
 率直に言って、極めて少数派だと思いますね(笑)。ブランドよりもブロンドにセクシーを感じるという僕のほうが、遙かにノーマルでしょう(笑)。


(映画館主・Fさん)
 僕はすっかり「怪優」のレッテルが定着したブランドが、デップのドンファン・フェロモンに感染して色気づき、女房フェイ・ダナウェイによく思われたい一心で、テレビの通販で買ったみたいな運動器具使って一生懸命やせるため運動してたのが可愛くておかしかった(笑)。


(管理人ヤマ)
 こういうのって、念掛けている女によく思われたい一心でっていうのしか、僕もリアリティ感じられませんね(笑)。自身の健康のために! なんてことで頑張れる人が羨ましいです。


(映画館主・Fさん)
 やりゃあ出来るんじゃねえか、「黙示録」の時もやれよとも正直思いましたけど(笑)。


(管理人ヤマ)
 少なくとも自らの稼業ごときのために精出せるほど、僕は立派じゃないけど、マーロンもそうだったのかなー(笑)。


(映画館主・Fさん)
 このダイエットの失敗(笑)! そうですよ。
 おそらくは最初コッポラってブランドがあんなになってないと思ってたんでしょうね(笑)。何でも当初の構想では王国に攻撃が仕掛けられるや、ブランドは銃を持って応戦する事になっていたらしい。それがあのテイタラク(笑)。そこで、それまでのブランドのキャラと作品の方向性を捨てたのか、それとも、逆にあれに刺激されてさらに先鋭に見えたのか、それは分からないんですけど、とにかくブランド=腐敗と持っていこうと決意したんじゃないかと思います。


(管理人ヤマ)
 なるほどねー。


(映画館主・Fさん)
 だって、戦争の興奮と美しさを徹底的に絵で見せようと決意した以上、あのブランドのドデ〜ンと肥え太った体、気色悪いハゲ頭にブツブツとドブ川のメタンガスみたいに漏れてくる意味の分からない戯言(意味はあるでしょうけど)などなどなども、大画面で見せてるだけの意味がある。


(管理人ヤマ)
 これはそうですよね。あの不気味さとかたわごとめいた独白は、彼のあの風体だからこそ、生きていたように思います。


(映画館主・Fさん)
 食えるだけ食えて動かなくていいご身分になったら、こんなに人間って腐敗堕落しちゃうんだよの何よりの証拠。
 おっと、誤解を招きそうなんで。これってのはチョイと冗談です(笑)。腐敗とは権力なりパワーなりが作りだすものですけどね。人間は傲慢の誘惑からは逃れられないじゃないですか。


(管理人ヤマ)
 でも、腐敗堕落したのであれば、あれだけのボリュームの黙示録を綴ったり、ウィラードを挑発し、試したうえで託そうともしない気がするんですよね。
 でも、こんなはずじゃあなかったってとこはあるだろうと思うんですよね。そして、そこにおのが慢心や過信があったことは否めないでしょうね。それも腐敗堕落と言えば、そういうことにはなろうかと思います。


(映画館主・Fさん)
 僕ももっとやせなければなりません。ホラーなのです。


(管理人ヤマ)
 「ホラー、ホラー」と吹きまくってると、ほら吹き男爵って言われちゃいますよ(笑)。(寒い駄洒落でもうしわけない)


(映画館主・Fさん)
 ヤマさん、またしても調子こいておじゃまします(笑)。またぞろ勝手な解釈並べてると、そろそろ文句言われそうですが。
 実は先日、イーストウッドの「許されざる者」を見たんです。これ、ヤマさんの日誌には発見できなかったように思いますが。


(管理人ヤマ)
 日誌は綴ってませんが、観てますよ。渋く哀感のある作品だったような記憶があります。東映任侠映画をイーストウッドは観てたんじゃないかって気がしましたね(笑)。でも、あんまり具体的には覚えてないんですよね(とほほ)。


(映画館主・Fさん)
 ゴロツキにひどい目にあった売春婦たちに雇われ、かつての無法者でならず者のイーストウッドが仇をとってやる話。でも、そろそろ街は近代化しつつあるし、厳しい保安官のジーン・ハックマンが法の名の下に仇討ちなんか許さない。それも厳しさハンパじゃなくって、逆らう奴は半殺し。で、最後、相棒をハックマンになぶり殺されたイーストウッドが酒場にいるハックマンにオトシマエをつけに行くってな話でした。
 昔は悪党で非道の限りを尽くしたイーストウッドに正義の何たるかを語る資格などない。何と言ってもワルはワル。だけど、法の名の下に非道を行うハックマンもワルに違いない。だが、ハックマンも本当は街をよくしよう、法の秩序を行おうと、志や理想は正しかったはず。本人も日曜大工で家なんか建ててる人のいいオヤジなところだってある。
 最後に「家に住みたかったな〜」みたいなことまで言う(笑)。それが正しきを行おうと過度に勢い余った結果が腐敗。そんなハックマンを倒すイーストウッドも何だかんだ言って腐敗。保安官倒したところで気持ちは晴れない。冷たく気が滅入るような雨がシトシト降っている中を、イーストウッドは「売春婦を人間扱いしろ〜」とかブツブツ言いながらショボく去って行くんですよ。
 何だかこのあたりの意気上がらないムードが、「黙示録」のブランド倒した後で王国を去るマーティン・シーンの雰囲気を思わせたんですよ。偶然にも。


(管理人ヤマ)
 確かにあのときのウィラードには、そんな風情がありましたね。少なくともここを出ていかなければいけないのは判っているが、いったい何処へ向かえばいいのか、どうすればいいのか、ちょっと途方に暮れている感じ。危機を脱した開放感や安堵感はなかったような気がしますね。


(映画館主・Fさん)
 どっちの映画もやっぱり、人間ってどいつもこいつもロクでもない輩で、結局は腐っちまうもんかいな〜。ホラー、ホラーって感じで。
 あまりにも強引で、そりゃ全然違うと怒られそうなんですが、僕にはなぜか共通するような臭いが感じられたんですよ。ホラー。


(管理人ヤマ)
 全然違うとは思いませんが、なんというか、イーストウッドの場合は一応、触発されたにせよ、自発された目的を達成はしたんですよね。ただそれが充足感や目覚めに繋がったりすることなく、ある種の虚しさと苦みを伴った幾ばくかの悔恨があったように思います。
 ウィラードの場合は、虚しさを覚える自己すら一時消却しちゃっているみたいな途方に暮れたような空っぽ状態というのか、いや、空っぽではないですね、むしろ受け取ったものが大きすぎて、自己が残る余地さえ押し出されたオーバーフロー状態というか、そういう持て余し感があったと思うんですよ。
 そんな意味での腑抜け状態っていうのかなー、それはイーストウッドにはなかったですよね。同じようにショボくて意気があがらなくても、そのダメージの程は、かなり違っているような気がするんですよね。
 でも、生ものたる人間なるが故に逃れられない腐敗という点では、通じるところがあるのかもしれませんね。
by ヤマ(編集採録)



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