『グリーン・デスティニー』(臥虎蔵龍)
監督 アン・リー


 目を見張ってしまった。アニメーションでないと到底無理だろうと思われるようなアクションを実写で繰り広げるのだから呆気にとられてしまう。しかも、これだけの美男美女が堂々たるアクションを流麗にこなし、アクションの舞台となる場が建物であれ、大自然であれ、実に大きなスケール感を持っているのだから、娯楽映画としてはまことに申し分ない。
 台湾に生まれ、アメリカで活躍するアン・リーが決定的な影響を受けているという胡金銓は、北京に生まれ、台湾で武侠映画の巨匠となった監督だが、三年前に観た侠女('71)でトランポリンを駆使して表現された竹林の決闘は、今回ワイヤー・アクションを駆使して、とんでもないスケール感とともに甦っていた。
 かつてはなかった技術で目を見張る映像を現出させた時代劇として、僕が思わず連想したのは、くしくも胡金銓と作家的には同世代だという篠田正浩の『梟の城』だった。ともに映像的には見事なまでに目を奪ってくれて、スケール感のある時代劇というジャンルの再生への可能性を感じさせてくれながらも、娯楽作品としての満足感においては、大きな差を感じた。
 『梟の城』は、映像や時代風俗の再現に作り手の意欲が傾き過ぎていて、マコ・イワマツ扮する秀吉以外にはキャラクターとしての魅力がなく、物語としてのうねりがない。『グリーン・デスティニー』では、武の世界に類稀なる才を持ち、個々人を越える窮道との関わりを抜きには人生を営むことができなくなった男女の物語が鮮やかに浮かび上がってくる。また、それとともに、武の道の継承が“碧名剣”にシンボライズされる形で、物語としてのうねりを綾なしている。その継承のために彼女の才を惜しむという観点がなければ、ムーバイ(チョウ・ユンファ)とシューリン(ミシェル・ヨー) のイェン(チャン・ツィイー)に対する特別扱いは了解しがたいし、更にはそこに碧眼狐(チェン・ペイペイ)からシューリンを経てイェンに到る女剣士というものへの武の道からの認知の変化と期待が込められているのだと思う。
 そういう意味で、シューリンとムーバイ、イェンとロー(チャン・チェン) の二組みとは異なり、直接は描かれなかったけれども、碧眼狐と彼女に毒殺されたムーバイの師匠の関係が僕には興味深かった。碧眼狐は、若かりし頃、ムーバイがその才を惜しむイェンにも匹敵するほどの才を秘めた女剣士であり、その窮道への情熱はイェン以上のものがあったのだろうと思う。しかし、師は、その才を知りながら、所詮は女という目でしか見なかったのだろう。才を認められ、愛されていると思って身を委ねた彼女が、武才もある珍重すべき女として遇され、武人として一人前に扱われなかった失意と恨みが毒殺の激情に走らせたような気がする。だが、彼らの世代においては、それもやむを得ないことだったのかもしれない。
 シューリンの世代になると、女だからといって剣士として不当に扱われることはなくなっているが、剣士を選ぶか女を選ぶかといった窮屈さからは解放されていない。シューリンが姉妹の契りを交わしたイェンに剣士の道より結婚を勧めるのもそれゆえのことだ。碧眼狐の次の世代であればこそ、互いに剣士として認め合おうとするがゆえに、互いの秘めたる思いを察知しながらも、男と女としては素直に向き合えないムーバイとシューリンなのだ。
 イェンは、前の世代の碧眼狐やシューリンのそういった苦悩を軽やかに飛び越え、女としても剣士としても、伸びやかにその才を発揮しようとする。その伸びやかさこそが、チャン・ツィイーがよく体現していたものであり、前の世代の誰もが持ち得なかった大きな可能性なのだ。そして、ムーバイは、彼女の剣士の才として、そこに最も惹かれたのだろうと思う。その可能性は、武人の先達として、捨て置くには忍びないものだと思ったからこそ、自らの命を賭してまで、イェンに武の道の継承を託そうとしたのである。そして、それに応えるかのように、真の武人としての道に目覚めたイェンは、伝説に基づく奇跡を呼び起こすために自らもまた命を賭した挑戦を選択するのだ。
 こういった物語が、それぞれの男女の情感と機微をも湛えながら、脈脈と流れているのだから、『梟の城』とは大きな差が出るのも無理はない。胡金銓にもここまでの芸はなかったように思う。
 興味深かったのは、イェンとローのわけありを説明する話法の使い方だった。長編小説や長編漫画の世界では、必ずしも珍しいものではないけれど、映画ではこんなふうに本編の説明のために、いかにも付属的に始められた物語が、一時的にであれ、本編にとって代わるほどに朗々と語られることは珍しい気がしたのだ。三国志や水滸伝を思い起こしながら、これを映画としての構成の綻びと観るか、意欲的な話法と観るか、妙に落ち着かないでいる。

推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/2000/2000_11_06.html
by ヤマ

'01. 3.22. 松竹ピカデリー3



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