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『シャンドライの恋』(Besieged) | |||||
監督 ベルナルド・ベルトルッチ | |||||
かつて才気を迸らせていた表現者が、野放図に感情の赴くままにナルシスティックな姿をさらけだして、思い込みの世界にどっぷりと浸ってしまうことの無残さを思い知らされた気がする。『魅せられて』で晒していた内面外形ともにわたる弛緩ぶりを、『シャンドライの恋』で外形的にはリカバーしているだけに、内面的な弛緩の根の深さを物語っているようで、暗澹たる気分になった。ベルトルッチ監督にもう再生は本当にないのかもしれない。 もともと彼は、昔からエモーションの強い体質を持っていたと思うのだが、以前はそれに拮抗するだけの思索と瞑想があったから、耽美的な感性が程よく活かされた作品が多かった。『革命前夜』を未見のまま今に至っている僕にとっての双璧は、大学時分にリバイバルで観た『ラスト・タンゴ・イン・パリ』と九年前に観た『シェルタリング・スカイ』だ。次に十六年前に観た『1900年』、そして『ルナ』『暗殺の森』あたりまでで、『ラスト・エンペラー』では、豪奢な美しさだけが際立つ空疎さとアジア人の総てが英語で喋ることへの違和感に苦しみ、新しい技術に意欲的に取り組んだとされる『リトル・ブッダ』では、その耽美的な感性がCGとは折り合わないことを知り、かつて理性に支えられていた思索と瞑想が、無残にも内省なき思い込みと憧憬に変貌していることを知った。 冒頭のアフリカと交錯して現れるヨーロッパの都市、言葉は英語だけれどロンドンには見えない。地下鉄を見てパリかとも思ったが、ゲイの医学生仲間とシャンドライ(サンディ・ニュートン)の会話もフランス語ではない。そこがローマだと気づくにしばらく時間が掛かったが、大胆なカッティングと編集でいやがうえにも観る側に集中を促す巧みな導入部だ。この導入部で印象づけられたのは、「リーダーとボスの違いは」という言葉とシャンドライの失禁、パパ・ウェンバのアフリカン・ミュージックの歌声とキンスキー(デヴィッド・シューリス)の弾くクラシックのピアノ曲。そして、二人の部屋を繋ぐ螺旋階段と小型エレベーター。道具立ては見事、映像の色彩設計も行き届いている。台詞を排して、音楽と螺旋階段と小型エレベーターで二人の関係の動きを描こうとしたのだろう。 しかしそれが、往年のベルトルッチなら事もなくなし得たはずのスリリングで謎めいた官能性を果たして引き出していたか。僕には、『リトル・ブッダ』で窺わせた彼の変貌を、無防備な自然体で臨んだために前作『魅せられて』であからさまに晒したベルトルッチが、かつての才気をなぞっても結果的に装っただけになり、却って前作以上に彼の現在の厳しい現実を晒したように見えたのだった。 アフリカン・ミュージックとクラシック音楽の対比を強調した後、中盤でジャズが流れ出す。「マイ・フェイバリット・シングス」は僕も好きな曲だけど、こういう使われ方をするとなんだか力が抜ける。台詞やエピソードで二人の接近を語るよりももっと安っぽい気がした。劇中で実際に流れている音として聞かされる音楽が切れ目なく続いていることに対して、あまりにも無造作に映像のカッティングが重ねられることも気に障る。舐めつくようにすり寄るクローズアップの頻繁さやむやみなスローモーションの多用も目障りだ。サンディは、確かにみずみずしい若さとエキゾチックな魅力を湛えた素敵な女優だが、彼女に失禁させ、嘔吐させ、泣かせ、涎を垂らさせ、オナニーをさせ、挙げ句の果てに恋とも言えないものに篭絡される姿を演じさせる。そこに『魅せられて』を観たときに感じた「ベルトルッチもただの好色爺さんになったなぁ」という思いを払拭させるものはなく、むしろ確信させられたことが哀しい。同じような演出をしても、かつてなら決して感じさせなかったことだという気がする。 英題は“包囲される”“押しつけられる”“悩まされる”といった意味を持つ言葉だ。キンスキーの圧倒的な物量投資には篭絡されても不思議ではないが、彼が篭絡する意図をもって犠牲を払ったわけではないとなっているだけにシャンドライが“besieged”されるのが哀れだ。これに“恋”などという邦題をつけるのは犯罪ものだと思う。 音楽のためであれ、シャンドライへの想いのためであれ、自らの発した言葉への証明のためであれ、棚ぼた的に手に入った伯母の遺産を食い潰しながら生きているキンスキーに、棚ぼたではなくとも、過去の遺産を食い潰しつつあるベルトルッチを思わず重ねてしまった。 *参照テクスト:「チネチッタ高知」より ■鬼の対談>ベルナルト・ベルトルッチ(前編) http://cc-kochi.xii.jp/taidan/berutorutti.html 推薦テクスト:「帳場の山下さん、映画観てたら首が曲っちゃいました」より http://yamasita-tyouba.sakura.ne.jp/cinemaindex/2000sicinemaindex.html#anchor000058 | |||||
by ヤマ '00. 8.18. 県民文化ホール・グリーン | |||||
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