『母の眠り』(One True Thing)


 一見したところ、癌に倒れた母親の看病を通じて問い直された家族の絆と女性の生き方について描いた、情緒的な感動を誘う映画のように見えながら、実は、男社会ならではの男のいい気さ加減というものを鋭く突いた、なかなか怖い視線の宿った作品である。女性の生き方の問題についても、情緒的な感傷に浸ることを許さないだけの厳しく深い問題意識が潜んでいる。ストーリーだけを観ても、原題に言う唯一の真実が何であったのか、一筋縄ではいかない含みがあってドキリとさせられた。というのも、ラストシーンの墓地での父親ジョージ(ウィリアム・ハート)の言葉をどのようなものとして聞くかによって、この作品に対する観方が根底から変わってくるのだ。
 娘が安楽死させたと思っていたけれど、そうではなかったと知って、妻が自ら命を絶ったのだと初めて悟り、亡妻の強さを讃える言葉を添える父親なのだが、作家で大学の学部長も務める彼が、妻の死に到る病に際して娘の眼に透けて見えるようにして晒した姿からすれば、僕にはとても言葉どおりの真実味をもっては受け取れなかったのだ。彼がいかに凡庸で身勝手な人物で、うわべを繕う、自分だけに甘い弱い男であったのかということが容赦なく描き出されてきていただけに、この期に及んでの彼の言葉がどこか空々しく聞こえる。それには、娘エレン(レニー・ゼルウィガー)の記憶として回想された、母親ケイト(メリル・ストリープ)が死んだ朝、台所のゴミ箱に捨てられていた茶色い容器を見つけて彼女が驚いたシーンが効いている。
 ご丁寧にも父親は、妻には自ら死を選ぶ体力も残っていないと思っていたのに、という言葉まで添えて、にもかかわらず自分で自分の生命にけりをつけていった強い女性だったと墓前で娘に向かって言う。看病しようとしないことや浮気の疑惑について、娘が不信感を抱いたときに見え透いたような不実さの影が差していたように見えた。だから、そのあと娘が父親にライラックの植え方を指示するときに、えらく命令口調でぶっきらぼうに見えたのも、そういうことを見透かされているかもしれないとは露とも思わずに口にできる男のいい気さ加減に苛立っているように感じたのだった。それは得意のジョークが盗用であることに無頓着なままに繰り返していて、結局は馬脚を現してしまったいい気さ加減にも通じて、エレンには耐え難い無神経さと映るのだろう。
 しかし、作り手は、決定的な断定はどこにも下していない。そこがこの作品の恐いところなのだ。そして、物語がずっと一貫してエレンの主観カメラで綴られているから、決定的な場面が出てこないことにいささかも作為を感じさせないところがうまいところだ。だからこそ、エレンの主観世界の恐さが身に染みるのだ。また、主観カメラだから少なくともエレンが安楽死に手を貸したのではないことだけは確かなのだが、父親が手を下したにしても、そこにあったのが厄介払いの殺意なのか自殺幇助なのかは不明のままだ。エレン自身が安楽死に手を貸してほしいと求められた記憶の回想に加えて、錠剤をすりつぶすまでしながらも果たし得なかった回想もあるだけに、彼女が一概に父親に殺意だけを見て取っているわけではないことも窺えるように描かれている。おまけに母は、死ぬ前の晩、珍しく早く帰宅した父親と二人だけで話をしたいと言って彼女を部屋から出したのだった。しかし、それならなぜ父親は、エレンが死なせたと思っていたというようなことを言ったのだろう。多くの者が思うのと同じことを思っていたと表明することで自然さを装ったというふうにも見えるのは、少なくとも最初か らまず妻の死に自殺を想定するのが不自然な状況ではあっただけに、自殺だったという結論に導くためにはむしろ自殺ではないという前提から出発するほうが自然に見えるからだとも言える。
 だが、審判物ではないのだから、父親の意図がどこにあったかは重要ではない。娘の眼にそのように映るということの恐さのほうが凄みがある。しかも、エレンは感情的に父親に対する怒りと嫌悪に支配されるのではない。おそろしく知的で冷静な自制心でもって自らの内で渦巻く感情との葛藤に向き合っている。母親の死を巡る事情聴取を受けながらの回想が大半を占める映画の構成がなかなか効果的で、質問に答える言葉が、時には微妙に時には明らかに、回想の事実と異なっているところがスリリングで、エレンの内面を巧みに浮かび上がらせていた。
 そんなエレンと比べると、仕事や酒、その場限りの言葉やもてなし、あるいは自らが獲得している権威に逃げてばかりで現実と向き合おうとしない父親は、いい気なものだとしか思えない。そして、それが彼女の父親個人を越えて男というものの象徴として映ってくるところが何とも手厳しい。そう思って観た後にチラシで確認すると、原作も脚本も女性であった。納得しつつ、その観点から思い起こすと、母親が死ぬ少し前に娘に言い聞かせる形で残していこうとした女の生き方についての言葉の持つ意味が、ひとしお重みを増す一方で、逆に強烈な反語性をも宿していることに気づいた。いろんな意味で、実に一筋縄ではいかない作品だ。

推薦テクスト:「eiga-fan Y's HOMEPAGE」より
http://www.k2.dion.ne.jp/~yamasita/cinemaindex
/hacinemaindex.html#anchor000418

推薦テクスト:夫馬信一ネット映画館「DAY FOR NIGHT」より
http://dfn2011tyo.soragoto.net/dayfornight/Review/1999/1999_12_12.html

推薦テクスト:「Fifteen Hours」より
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fifteen_hours/ONETRUE.html

推薦テクスト:「BELLET'S MOVIE TALK」より
http://members.tripod.co.jp/bellet/movie/review39.html
by ヤマ

'00. 6.14. 県民文化ホール・グリーン



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