Distance

2.遠い二人

 今回のガストラの和平提案により、帝国の支配下にあった南の大陸の街は厳戒令が解かれた。ロックたちがやってきたアルブルグもその一つで、街にはかつての活気が再び戻りつつあった。とりわけ、港は大盛況で数多のカモメが鳴く中、船の発着が激しく他の大陸への荷物を積み込んだり近くの海でとれた新鮮な海産物を降ろしたりで皆大忙しだった。
 そこから少し離れて人気が少ないところで、大三角島へと出発すべく船の出港準備が行われていた。クレーンで魔導アーマーを船へ積み込んだり、帝国の技師による船に異常がないかの最終確認、大三角島上陸までのスケジュールの打ち合わせ……。少し離れた港とはまた異なった雰囲気を醸し出していた。

 今回の作戦の帝国側代表であるレオ将軍は、船の甲板で帝国兵と何やら打ち合わせを行なっていた。ロックとティナが船に入ってきたことに気付くと、帝国兵に下がるように命じ、二人に対して頭を下げた。それに対して二人もまた、レオに頭を下げた。

「早速だが今回の作戦はリターナー代表の君たち二人と、我々帝国の代表三人の計五人で行う。我々の方からは将軍一人と街で雇った一人と私の計三人となる。早速、その者たちを紹介しよう」

 そう言うとレオは事前に待っていたと思われる二人を呼び寄せた。そして、その二人はいずれもロックとティナにとっては見覚えのある顔だった。特にうち一人は、ロックに大きな衝撃を与える。

「紹介しよう。今回の作戦に同行するセリス将軍とシャドウだ」

----セリス!? どうして……?

 呆然とするあまり、言葉が何も出てこなかった。

「どうかしたか?」
「あ、いえ。な……何も」
「セリス……」

 ティナがセリスの隣に歩み寄るも、セリスは何も言わなかった。ただ俯いていただけで、頭を少しだけ縦に振ると足早にその場を去っていってしまった。

「出発は明日の明け方だ。今夜は君たちの分の宿を用意しておいたからゆっくり休むといい。では以上、解散!」

 そしてレオは再び、帝国兵との打ち合わせに戻っていった。

「今回は帝国に雇われた身だが……安心しろ。別におまえたちを殺るために来たのではないからな……」

 それだけ言ってシャドウも愛犬インターセプターと共に船を後にしていった。

「セリス……」
「ロック、私たちも宿に行きましょう? もう夕方近いし、明日も早いし、もう休んでおかないとね?」
「あ、ああ……」

 すっきりしない気持ちを抱えたまま、ロックはティナと共に宿へと向かった。




 月や星がはっきりと照らす程空はすっきりとした夜だった。しかしそんな澄んだ夜とは反比例するかのように眠れずに暗い表情でベッドに寝転がっているロックの姿があった。昼間にあったセリスのことが頭から離れない。無事だったのはほっとした。しかし、再び帝国の将軍として再会したことにロックはショックを受けていた。

----そりゃあ、あれだけ疑ってしまったんだから傷つけてしまったことは分かる。でもせめて……。

 どうしても寝付けないロックは、少し散歩をしようと身体を起こし、静かに部屋を出た。宿屋を出ると、そこには高台の手すりに寄りかかり、港を眺めているセリスの姿があった。今会いたいようで、会いたくない相手。そんな複雑な気分だったが、ロックは自然と声を掛けていた。

「セリス……」

 近くまでロックが寄るも、セリスは返事どころか振り向きもしなかった。

「どうして……どうして何も話してくれない? そりゃあ少しでも、セリスのことを疑ってしまって……でも、まだ仲間として――」

 ロックの言葉を遮るかのように、突然、セリスが駆け出した。もうそれ以上は聞きたくない。そう言わんばかりに……。

「セリス!? 待てよ!」

 その言葉もセリスには届かず、そのまま街中へと消えていった。

「何だよっ、それ……!」

 一人取り残されたロックは、やり場のない感情でその腕を震えさせていた。

 結局、そのまま寝るにも寝られなくなったロックは、そのまま街を散歩していた。少しでも近付こうとしたのに拒絶されてしまった。魔導研究所を脱出した後から持っていたもやもやした気分は膨らんでいく一方だった。

 あてもなく歩いていたため、ロックは気が付いたら街を離れて近くの森まで来ていた。

「やべっ、俺いつの間にこんなところまで……いい加減そろそろ帰って寝ないと明日に響くな」

 そう思って振り返って戻ろうとしたその時だった。モンスターの複数の殺気に気が付いたのは。

----ちっ、こんな時に限って……。

 舌打ちしながらもロックは腰に手をかけた。しかし、そこにあるはずの短刀がなく、手は空を切った。

----しまった! 俺武器を宿に置いてきちまったか!

 ロックの動揺に気付いたのか否か、モンスターたちは一斉に獲物を殺さんとばかりに襲いかかってきた。

「くっ……」

 辛うじてモンスターの攻撃をかわしたロックだが、相手は多数。一回よけてもまた次から次へとモンスターの牙が容赦なく襲ってくる。

 こうなると無理に戦うより逃げた方が無難なのだが、完全にモンスターに囲まれているため、武器もアイテムもない状態で逃げるのは到底無理であった。

----くそっ! このままでは避けきれない! 何とか反撃しないと……。

 モンスターがじりじりとロックに迫ってくる間、ロックはきょろきょろと辺りを見回す。そして目に付いたのはロックの体格以上の太さのある一本の大木。そこで、ある一つの考えが思い浮かんだ。

----どうせこのままではやられる! いちかばちか!

 突然全力で駆け出したロックにモンスターたちは不意を突かれるも、獲物を逃すまいと追ってくる。ロックは攻撃をかわしつつも、狙い通りその大木にたどり着いた。そして、その大木を背にロックは魔法の詠唱を始めた。

 詠唱している間は無防備になるため、攻撃を避けることは出来なくなるが、大木を背にしているためモンスターが攻撃出来る方向は限られてくる。何より、背後から攻撃されることが無いため隙が出来にくいのが大きい。

 それでも傷を負うことにはなるので、詠唱を中断されないよう詠唱時間の短いサンダーを必死に連発してモンスターに次から次とダメージを与えていった。幸いにも、帝国周辺のモンスターは魔法に弱いため、最下級の攻撃魔法でも十分な効果が得られた。

「はぁ……はぁ……何とか、倒したか……」

 ようやくモンスターの群れを倒したロックだったが、腕、脇腹、足……あちこちに傷を負ったため身体を動かすにも精一杯の状態だった。しかし、今動かないといつまたモンスターの群れが襲ってくるか分からない。こんな時に襲われたら今度こそ確実に倒されてしまうからだ。
 それでも、頭や心臓といった急所が無傷だったのは不幸中の幸いだったが。

----でもこんな痛み、あいつに与えてしまったものに比べたら……。

 身体をずるずる引きずりながらも、そんなことを思いつつ森を抜け、アルブルグへと引き返していった。

←Prev
→Next