Distance

4.大三角島

「ねえ、ロック!」

 息を荒げながらも、先に行ってしまったロックとシャドウに追いついたティナ。その声には普段のティナにはあまり見られない非難の音色も含まれていた。

「ロック、どうしてセリスのことを無視したの!? セリスあの後ひどく気を落としていたのよ!?」

----やっぱりあの音は……。

 そう思いつつも、ロックはティナの方に向きもせず質問に答えもせずただひたすら前に進むだけだった。さすがのティナも苛立ちを感じ、ロックの進む先に立ち、歩みを強制的に止めさせた。

「ねえ、セリスと何かあったの? ナルシェで合流した時には帝国の将軍であると知っていて連れてきていたのに……。私もロックはセリスのことを信頼しているからだと思ったの。なのにどうして――」
「やめてくれっ!」

 ティナの言葉をロックがいきなり遮った。それ以上は聞きたくない、と言わんばかりに。

「俺は……俺は……」

 言葉が出てこない。上陸前にセリスに声を掛けられてからロックの思考は複数の感情が入り混じって何がなんだか分からなかった。ただ、セリスのことを無視してしまったのは、ティナ以上にロックの方が重くのしかかっている。

「おいティナ、そんな奴放っておけ……」

 今まで黙って話しを聞いていたシャドウが冷たく言い放った。

「でも……」
「前に何があったか知らんが、そんな迷い果てているような奴なんざこの先足手まといにしかならん。大人しく船で待機していろ」
「なんだと!?」

 ロックがシャドウに掴みかかるが、シャドウは微動たりもしなかった。覆面をかぶっていて表情を読み取ることは出来ないが、どこか哀しげな空気が流れており、ロックは一人ムキになっていることが虚しくなってきた。

 舌打ちしながらもシャドウに掴みかかっていた手を離すと、行こう、とだけ言ってまたすたすたと歩き出した。

----俺は、一体何をやっているんだ……。

 セリスだけでなくティナやシャドウにまで当たってしまっている。次第に感情は今までしてきたことの後悔と、大人気ない、無力な自分に対する怒りへと変化していった。




 島の北端に小さな村らしき影を見つけたのはその日の夕方近くだった。それまでに何回か戦闘はあったが、船を出た直後より幾分か冷静さを取り戻したのか、ロックが戦闘で足を引っ張ることは無かった。しかし、セリスのことが頭に離れず戦闘に完全に集中出来ないため、本来の力を発揮出来ずにいた。
 普段のロックなら素早い攻撃で敵に当ててる攻撃を外したり、逆に難なく避けられる攻撃が際どいところで避けていたり、であった。そんなロックにティナの不安は解消されず、シャドウに至ってはやれやれ、と呆れ返っていた。

「この島に人の集落があったとは……そろそろ陽も暮れるし今日はここで休もうか」
「そうね。今日は何も見つからなかったけど、明日には何かしら手がかりが得られるといいわね」
「……」

 シャドウは返事をせず、集落の方をもう一度だけ見上げるとすかさず背を向けた。

「シャドウ?」
「悪いが、俺は俺のやり方で幻獣を探す」
「え……どうして突然?」
「……まあ、おまえらもせいぜい頑張れよ」

 それだけ言うとシャドウは愛犬インターセプターを連れて集落とそっぽを向き、颯爽と何処かへと去っていった。

「行っちゃったね……」
「あいつ、この集落で何かあったのかもな」

 ロックはシャドウの去り際に、インターセプターが少しだけ躊躇していたのを見逃さなかった。

 島北端の村、サマサは見た目はどこにでもありそうな小さな村だった。この村によそ者が来るのは随分久しぶりなのか、ロックたちに対して会話ばかりか挨拶すらもどこかぎこちない感じだった。 しかし、それとは別に妙な違和感があった。何か重大なことを隠しているのではないか、と。世界を旅してきたトレジャーハンターならではの勘だった。
 そして、その勘は村のはずれに住んでいる老人宅を訪れることでその勘は当たってそうだ、と思うようになる。

「こんな村に旅人とは珍しいゾイ。まあ、何か話がある顔じゃのう。あがるといいゾイ」
 家をノックした後、出てきた老人がもの珍しそうにロックとティナをキョロキョロと見ると、二人を家へと招き入れた。

「ふーむ。幻獣か。その言葉、久しく聞いてなかったゾイ」
「知ってるんですか!?」

 ロックのその反応に、老人ことストラゴスは何かに気付いたようにハッとした顔をした後、慌てふためいて知らん、知らん、わしはなーんも知らんゾイ、と言い直した。

「「(あやしい……)」」

 単純な反応に、ロックとティナの反応も単純だった。

「おじーちゃーん」

 三人の会話に気付いたのか、上の方から女の子の声が聞こえてきた。そしてしばらくして居間の奥の扉が開き、現れたのは小さな女の子だった。
 女の子はロックとティナをじーっと見つめると、ストラゴスのところへ駆け寄り引っ張り始めた。

「いた、いた、いた。これ、よさんかリルム!」
「ねえねえ、おじーちゃん。新しいお客さん? この人たちも魔法使えるの?」
「わわわ、こ、こらリルム! 奥にいってなさい!!」
「えー、なんでよー? このガンコジジィ!!」
「いいから上がるんだゾイ!」
「はーい」

イーッ、とストラゴスを睨みつけると、リルムは奥の扉を閉めて階段を駆け上がる音がした。

「ふう。やれやれ……。まぁ、ここはどこの田舎にでもありそうな村だゾイ。幻獣とはま〜ったく関係ないゾイ。ここにいても何も手がかりは見つからんと思うゾイ」

 そう言ってストラゴスは持っていたハンカチで汗をふいた。それが先ほどのリルムとのドタバタのせいだけではないな、とロックは思っていた。

「そうですか。それでは、私たちはこれで」
「何も力になれなくてすまんゾイ」

 ロックたちは今のやり取りを気にしつつも、ストラゴスの家を後にした。

「うーん。どう思う?」
「幻獣と魔法。どちらとも何かありそうね。しばらくここで様子見ましょう」
「そうだな。まあ今日はもう遅いし、明日はここで情報収集しようか」

 二人はこの村に一件だけある小さな宿屋へと足を向けた。早々に夕食を済ませ、狭い二人用個室へと案内された後、室内で明日どうするかを再確認して二人ともベッドへと潜り込んだ。
 セリスのことが気になるロックだったが、色々あり過ぎた一日で体の疲れの方が出ており、眠りに落ちるまでにそう時間は掛からなかった。

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