天使で悪魔





逃亡者たち





  その出会いは偶然だった?
  その出会いは運命だった?
  その出会いは……。






  「脱獄不可能と言われていた地下監獄が破られた。詳細は不明だが、帝都から南に向かって脱獄囚が逃亡しているらしい。
  ブラヴィル都市軍は潜伏しているとされているブラッドメイン洞穴を捜索していたが失敗した。お前、行け」
  「はっ?」
  それが第一声だった。
  ブルーマでの一連のイベントが終わり、ようやく自由の旅が出来る。
  そう思いシェイディンハルに立ち寄ったのが運の尽き。
  戦士ギルドのシェイディンハル支部長バーズ・グロ=キャッシュからの横暴な命令。いや確かに私は戦士ギルドに属してはいるも
  のの、立場的には同等。バーズと同じガーディアン。命令される筋合いはない。
  ……とはいえ。
  向こうは支部任されてるわけだから私よりも一等上なのは確かだ。
  やれやれ。逃亡者達の追撃か。
  面倒な事で。


  「……なーんで私がこんな事をしなくちゃならんのよ……」
  ブツブツ呟きながら私は街道を南に爆走。
  不死の馬シャドウメアに跨り、私は戦士ギルドが編成した討伐隊(当然全員戦士ギルドのメンバー。バーズが指揮している)から先行
  して進んでいる。
  場所はブラヴィルを通り過ぎた辺り。
  バーズの横暴な命令から2日後。それが今だ。あの横暴オークは戦士ギルドのメンバー20名を討伐隊として編成し、自ら陣頭指揮を
  取って進んでいる。面倒臭がりのようではあるものの、自分でも動くバーズ。
  横暴なのかツンデレなのかよく分からん。
  ……。
  それにしても。
  戦士ギルドの支部には基本的には明確な支部長が存在しない。
  存在する支部長はアンヴィルのアーザン、シェイディンハルのバーズのみ。ブラヴィル方面の支部はバーズの管轄なのかな?
  まあ、なんでもいいですけどね。
  「はぁ」
  逃亡者の追撃と討伐。
  それはいい。
  それはいいんだけど、どこに逃げてるわけ?
  闇雲に街道を進んだところで意味はないと思う。そもそも逃亡者達は間道を通るのは明白だろう。ただ、向ってる方位は正しいと思う。
  というのも当初潜伏していたブラッドメイン洞穴にはブラヴィルの衛兵達が出張っている。
  ブラッドメイン洞穴はブラヴィルの西。
  逃亡者達が逃げるなら南だけ。
  というのも今更北には戻れない。帝都からは帝国軍が追撃して来ているだろうから。今更東にも逃げられない、ニベイ湾がある。
  向かうなら南だけ。
  しかも南なら都合が良いのだ。
  何故なら『深緑旅団戦争』でレヤウィンは荒れ果てている。復興はまだし切れていない。
  入り込める隙間はあるのだ。
  向かうなら南。
  それは間違いない。
  ただまあ、街道を素直に進むとは思えないけどさ。
  んー。どうしたもんかな。
  「良い天気だー」
  お日様ポカポカ♪
  いやぁまさに乗馬日和。……これでお仕事じゃなかったら最高なんだけどなぁ。
  「止まって」
  手綱を引く。
  素直に従い、シャドウメアは止まる。
  村が眼に入る。
  長閑な村。
  ヒツジたんが村の中をゆっくりと歩き回っている。んー、和みますなー。
  「確かここは……」
  ガサガサ。
  シャドウメアに跨ったまま地図を広げる。
  えっと……ここがブラヴィルだからここは……あー、ウォーターズエッジ。統治的にはレヤウィンの管轄になる村。
  丁度良い。
  もしも脱獄囚が徘徊してるならこの村には立ち寄るはず。
  何故?
  だって脱獄したんだよ?
  物資を略奪して調達する可能性が大だ。私は馬。不死の馬。疲れ知らずの名馬。対して向こうは長い間囚人だった。体力的にも満足
  ではないはず。馬に乗った私が追い越した可能性もまた、大だ。
  それに情報。
  ここで何か分かるかもしれない。襲う可能性があるにしても、ここをスルーして既に通り過ぎているにしても。
  聞き込みは大切だ。
  振り返る。
  随分と私は先行しているらしい。バーズが引率している討伐隊はまだ見えない。
  私がやるしかないか。
  「情報収集すっかな」
  

  ウォーターズエッジ。
  和み要素満載の村……というか和みしかない村。街道沿いにあるものの、ここで足を止める旅人はあまり多くない。
  まあ、そもそも宿泊施設ないけど。
  さて。
  コンコン。
  「あのー」
  「はい?」
  とりあえず適当に一件の家の扉を叩く。女性の声が返って来た。
  ガチャ。
  扉が開く。……へぇ。美形の女性だ。
  まあ、私には劣るけどねー。
  ほほほー♪
  「あの、私はフィッツガルド・エメラルダ。戦士ギルドの……」

  「戦士ギルドの人ですかっ! お待ちしていましたっ!」
  「はっ?」
  気合は入ってます。
  何故に?
  グイ。
  女性は挨拶もそこそこに切り上げて私を家の中に引きずり込む……いえいえ、家に招いてくれる。
  椅子を勧められ、座った途端にヒートアップの女性。
  いや、マジで何故に?
  「借金返済の手伝いをして欲しいのです。まさか昨日依頼して、今日来て頂けるなんて思ってもませんでした。あの、初めまして。私
  の名はビーン・アメリオン。それで戦士ギルドの方、お仕事の話をしてもよろしいですか?」
  「はっ?」
  つまりー……これは、私が依頼遂行に来たエージェントと間違えている、わけか。
  また厄介な展開ですなぁ。
  もちろん。
  もろちん厄介な展開ではあるものの、この女性は戦士ギルドに正式に依頼したのだろう、きっとね。私は任務遂行の為に派遣されて
  来たエージェントではないけど戦士ギルドに関係しているのは間違いない。
  でも今は逃亡者の追撃中。
  ここは丁重に……。
  「実は父が借金したんです」
  ……語り始めちゃったよ。
  これは関わらないと駄目だという神様の思し召し?
  神様の馬鹿ーっ!
  きっとここで拒否ったところで結局は関わる破目になるのだろうなぁ。今までの経験上。うっわ、めんどっちぃーっ!
  やれやれだぜー。
  「それで?」
  「金貨1000枚。父はかなりのギャンブル好きだったの。……もちろんこんな結果になったわけだから、言うまでもなく下手の横好きよ」
  「でしょうね」
  「父はドレスカンパニーから借金しました」
  「ドレスカンパニー?」
  知らない名前だ。
  金貸しの組織だろうか?
  「お父さんはどこ?」
  「ある日の夜に連れて行かれてしまいました。どこに連れて行かれたのかは私にも分かりません」
  「ふーん」
  「こ、このままだと、借金返済の為に私も連れて行かれてしまいますっ!」
  「それは、まずいわね」
  借金返済の為に何される?
  きっと『いやぁ駄目それだけは許してぇーっ!』的な流れになるのだろう。
  おいおい。普通にまずいじゃないですか。
  「で? どうしたらいいの?」
  「東にアメリオン家のお墓があります。お墓、と言っても洞窟の中なんですけど。そこに祖父の武具が眠っています。売れば借金分
  にはなるでしょう。墓荒らしは不本意なんですけど父の為にもしなけばなりません。……貞操の為にもっ!」
  「だよね」
  貞操の為にも、の方が力が入ってますなぁ。
  何気に父親と貞操を天秤に掛けられたら、貞操を選びそうな勢い。
  それにしても武具か。
  金貨1000枚以上の価値、か。結構な額だ。いや普通の武具にしたら高額だ。
  有名なのだろうか?
  「純金製の武具だったりするわけ?」
  「いえ。ブルセフ装備をご存知ですか?」
  「ブルセラ?」
  「ブルセフですっ!」
  「……軽いジョークじゃないのよ」
  この程度のギャグが流せないなんて世も末だ。
  まあいい。
  で、ブルセフ?
  知らないなぁ。
  聞いた事もない。しかし金貨1000枚以上にはなる、と断言する以上は……コレクターが言い値で買い取るレアな装備なのだろう。
  きっと私が知らないだけで結構なのある武具なのだろうね。
  多分ね。
  「それで、その、頼めますか?」
  「んー」
  つまり私の仕事は盗掘か。
  自分で行かないのは何らかのモンスターが住み着いている可能性があるから。そうでなければわざわざ財政難なのに戦士ギルド
  を雇うはずがない。
  場所に何が巣食っていようが私の持つ『愛と勇気と友情♪』の前には敵じゃない。
  敵も味方もデストロイだ。
  それでも。
  それでも盗掘はあまり好きなジャンルではない。最近運悪いのに、祟られでもしたら面倒だし。
  その可能性もあるから怖いよなー。
  「はい」
  ドン。
  金貨の袋をテーブルに載せる。
  ブルーマでカリウス隊長からもらった報酬。袋を開き、おおよそ金貨1000枚分をテーブルに残し、残りはしまう。
  テーブルに金貨の山。
  呆気に取られるビーン嬢。
  「どうぞ」
  「……えっ?」
  「このお金を借金に充てるといいわ」
  「でも……」
  「でも?」
  「貴女、どう考えても損してるじゃないですかっ!」
  「別にいいわ。……で? 足りてる?」
  「こ、これだけあれば借金を返済できるわっ! 本当に、本当にありがとうっ!」
  「いえいえ」
  「もしも」
  「ん?」
  「もしも祖父のブルセフ装備が欲しいのであればお持ちくださって結構です。せめてもの、感謝の気持ちです」
  ギュッ。
  私の右手を、両の手で包み込み、何度も頭を下げるビーン嬢。
  私損した?
  まあ、金貨が大分減って重量が減って楽になったわね。私はセレブですから、この程度は損失にすらなりませんわー♪
  ほほほー♪
  ……。
  それにしても、私は逃亡者達の情報収集の為に立ち寄ったに過ぎない。
  にも拘らず戦士ギルドの任務を1つ完了。
  私は溜息。
  「出来る女って忙しすぎるなぁ」


  ビーン嬢の家を出て深呼吸。
  ウォーターズエッジは過疎っていて情報収集には適さないようだ。そもそも村人は村外の事に関しては興味なさそう。
  とりあえずビーン嬢は脱獄した逃亡者達の情報を持っていなかった。
  素通りした?
  ……。
  それはないな。
  街道沿いでありながら、旅人素通りの村ウォーターズエッジ。
  私ならここ襲う。
  襲って逃亡の物資を奪う。
  都市から離れた場所にある宿屋には大抵は帝都兵が駐留している。賊除けだ。にも拘らず、都市から離れているにも拘らずこの村
  にはそもそも宿屋がない。当然帝都兵も駐留していない。
  略奪するには格好の場所だ。
  つまり、まだ逃亡者達はここに達していない。
  そう考えるのが自然だ。
  その時……。
  「おう。早いな」
  「バーズ」
  ツンデレオーク、討伐隊を引率して登場。
  様子を見る限り向こうも空振り。
  逃亡者達に遭遇したようには見えない。ツンデレオークは苛立たしげだし……あー、いつもと変わらないか。いつもあんな感じだし。
  そうだ。
  ビーン嬢の事を報告しておこう。
  「この村での依頼は解決したわ」
  「この村での?」
  「ビーン・アメリオン」
  「ああ、借金返済の任務か」
  「そうそう」
  「ふん。愚図でノロマな分際にしてはなかなか素早いじゃないか。……しかし任務は墓所から先祖の武具を入手、だったはず。にして
  は早いな。お前適当言ってんじゃないだろうな?」
  「私が借金払ったのよ」
  「借金を肩代わりした? ふん、愚図め。そんな事じゃ金持ちにはなれないぜ?」
  「……」
  「とはいえ依頼はクリアしたわけだ。よくやったぞ」
  「……」
  こいつやっぱツンデレ決定。
  まあ、そんなに可愛い部類ではないと思うけどさ。
  ビーン嬢の救済とその報告はあくまでついでに過ぎない。本来の目的は脱獄囚の討伐。
  「バーズ。ここを拠点に探索した方がいいと思うけど、どう?」
  「同意見だな。南下して縄張り争いするのは気に食わん」
  「なるほど」
  納得。
  レヤウィンでは亜人版戦士ギルド『ブラックウッド団』が勢力を誇っている。その影響でレヤウィン支部の戦士ギルドは潰れたし。
  南下しすぎたら余計な確執が生まれるだけだろう。
  向こうは向こうで脱獄囚の探索をしているはず。
  脱獄囚の討伐はそのまま帝国へのご機嫌取りになる。討ち取った側が帝国から恩賞を受けられる。
  向こうも躍起になってるはず。
  これ以上の南下は組織間の問題的に良くない。
  さて。
  「じゃあここを拠点に探索で意義はなし?」
  「ああ」
  「決まった。じゃあ個別に動きましょう。問題は?」
  「ない。そんな事も聞かなければ分からんのか、愚図め」
  「……」
  すいません私はブラックウッド団に転職してもいいでしょうか?
  本で読めばツンデレは可愛く思えるかもしれないけどリアルツンデレは煩わしいだけです。
  ……やれやれだぜー。



  バーズはウォーターズエッジの面々に頼み込む、食料等を分けて貰った。……まあ、買ったわけなんですが。
  昼食を済ませた後、私達は分散する。
  この村にはバーズと2名の戦士ギルドのメンバーが残る。その他大勢は私を含めて分散。
  村を拠点に逃亡者達の探索。
  私はビーン嬢にシャドウメアを預け、森に分け入る。
  1人。
  その方が色々と都合がいい。
  前にアンヴィルでマグリールとかいう新人メンバーを引率したけど、使えない奴は従えると面倒。頭数増やせば物事は全てにおい
  て楽というわけではないのだ。バーズが引率する面々がマグリール並みのボケとは言わないけどさ。
  少なくともアリスの力量の者はいないだろう。
  私の相棒が務まるのは、アリス級からだ。それ以下だと足手纏いでしかない。そんな奴が相棒なら、まだ1人の方が気楽。
  「おーい?」
  ザッ。ザッ。ザッ。
  森を分け入りながら私は誰に言うでもなく声を掛ける。
  誰に?
  いやまあ、逃亡者達にですけど。
  纏まって行動しているなら十中八九単独で動いている私を襲ってくるだろう。誘ってるわけよ、襲ってくるのをさ。
  探すより向こうに探してもらった方が楽。
  それに相手に気付かれたって問題はないのよ。不意を付いて逮捕……でもいいんだけど、抹殺も許可されている。どの道脱獄した
  のだから死刑は免れない。もしくは死ぬまで監獄。
  人生どっちにしても終わってるんだからここで始末したところで問題はないのだ。
  「おーい」
  返事はない。
  「おーい」
  返事はない。ただの屍のようだ(ドラクエ風味)。……いやまあ、そもそも近くに屍はないです。
  誤解なさらぬよーに。
  「おーい」
  返事は……以下略……。
  「はふ」
  立ち止まる。
  私の予想では南に逃げると思ってた。北は帝国軍、東はニベイ湾、西は……潜伏していたブラッドメイン洞穴に対してブラヴィル都市
  軍が出張ってきた際に、西には逃げないだろうと思った。脱獄者達が生き延びるにはシロディールを脱する必要がある。
  シロディール地方を出るには西は長い。
  逃げるなら南。
  深緑旅団戦争で南のレヤウィンは荒れている。治安的にも最悪。潜り込める場所はたくさんある。
  そこでほとぼりを冷ました後にヴァレンウッドかロスガリアンに逃げるつもりだろう。
  だから南なのだ。
  私達は適当に南下したわけではない。
  しかし……。
  「どうしたもんかな」
  私達は先回りしている。少なくとも私はそう考えている。
  まだブラヴィルとウォーターズエッジの中間辺りで逃亡者達はウロウロしているはず。ウォーターズエッジを既に越えた?
  それはないな。
  レヤウィンを勢力の基盤にしたブラックウッド団が黙っていないだろう。
  帝国を出し抜いて脱獄した逃亡者達。
  それを逮捕&抹殺するのは、帝国に対して恩を売る事になる。今後勢力をさらに伸ばそうとしているブラックウッド団も血眼になって
  捜査網を敷いているはず。動員力は向こうの方が多い。にも拘らずまだ発見されていないのであれば。
  逃亡者達はレヤウィンに達していない。
  この近辺にいる理屈になる。
  ……。
  んー、その理屈だと、レヤウィンを逃走経路に選んだ逃亡者達は運がないわね。必ずしも安全ではないのだから。
  むしろ危険な逃走経路。
  まあ、ずっと監獄にいたわけだから、今現在の常識には精通していないわけだ。ついてないわね。
  常に新しい情報を身につける、それもまた生き延びる為のスキル。
  ガサ。
  「ん?」
  ガサガサガサ。
  「ふーん」
  茂みで音がする。何かが茂みを揺らす。
  「誰?」
  問い掛ける。
  返事はない。しかし茂みの中には確かに気配がある。生命探知の魔法を使えば気配読まずとも確実に分かるのだけど、私は生命
  探知の魔法は使えない。天才魔術師としては色々な魔法を身につける必要があるわね。
  一通りの魔法を覚えるのも天才っぽいし。
  いやまあ実際に天才なんですけどねー♪
  ほほほー♪
  「出ておいで。それとも顔を見せずに魔法で消し炭にされる? 私はそれでも構わないわ」
  「へ、へへへ」
  茂みの中から出てくる、若い男。インペリアルだ。
  服装は囚人服のまま。ただ腰にはどこで手に入れたのかショートソードがある。
  まあ、どこででも手に入れられるわね。
  帯刀は罪ではないのだから。どこででも売ってるし。それにこの辺りにはかつて盗賊ブラックボウがいた。茂みや人の目に付かな
  いところで件の盗賊の屍と武器が放置されていてもおかしくはない。
  「あんた1人?」
  「へへへ。あんたも1人か、お嬢さん」
  「ええ」
  「そりゃ可哀想に。今から起こる事に対して、同情するよ」
  「ありがとう」
  監獄生活で薄汚れているものの、顔には『苦労した事のない餓鬼』の表情が浮かべられている。世の中舐めてる。……金持ち?
  ガサ。
  その時、突然後ろの茂みから何かが飛び出し、私は押し倒された。
  何か?
  まあ、もう1人囚人がいたわけだ。
  気配を読むのは苦手。殺意が伴えば簡単に読めるんだけどまだまだ修行不足。気配を読むぜー……と終始気合を入れていれば
  私も簡単に察知出来るけど、それだと常に神経張り詰めてるわけだから疲れる。
  何故そんな事を言うのかって?
  そりゃ決まってるでしょ。
  ……こーんな雑魚に押し倒された言い訳ですわよ。ふん。
  ドサ。
  「エンリオンよくやったっ!」
  「任せとけホロフガー」
  私を押し倒して組み伏しているのは、後ろから飛び出した男……エンリオンとかいう奴だ。
  こいつも世の中舐めた顔してる。
  こいつら金持ち仲間?
  何故投獄されたかは知らないけど……推測は出来る。享楽的な表情だから、まあ、色々と無体な事をしてきたのだろう。
  お仕置きが必要よねー。
  「へへへ。今から女に生まれた事を後悔させてやるぜー」
  「御託はいいからとっとと代われよ、エンリオンっ!」
  ……。
  ……えっと、これは『えっちぃ』事をされちゃうわけですか?
  フィーちゃんピーンチっ!
  しかし残念な事に(……残念か?)ここは18禁小説サイトではなく正義のサイトなので『悪・即・斬(るろうに剣心風味)』なのだ。
  「やめてぇ。許してぇ」
  「げっへっへっ」
  「……悪代官かお前は」
  「はぅっ!」
  メキャ。
  ……うわぁ。足に変な感触キターっ!
  私を不届きにも押し倒していた愚か者は股間を蹴り上げられてその場に崩れる。払い除けて素早く立ち上がり『とっとと代われ』発言を
  していた、最初に現れた男の腕を掴んで投げ飛ばす。剣を抜くまでもない。苦手な体術でもあっさり倒せた。
  不甲斐ない雑魚だ事で。
  2人とも武器を抜く事すらしなかった。
  弱い物イジメしか出来ないらしい。私の嫌いなタイプだ。
  ……殺すか。
  すらり。
  破邪の剣を抜き放つと2人は小さく悲鳴を上げた。嬉しい対応じゃないの。しかし、次に吐き出された言葉は私の嫌いな言葉だった。
  「ま、待てっ! 俺達は貴族の息子だっ! 俺はロウェン卿の息子で、こいつはザヴィラゥス卿の息子だっ!」
  「公爵だぞ俺達の親父はっ!」
  権威主義は大嫌い。
  それにしても貴族の息子が、それも公爵の息子が投獄されていた?
  あまり例のない事だ。
  いやいや、前例はないでしょうよ、今まで。告発しても簡単に揉み消せるだけの権勢を2人の父親は持っている。元老院も逮捕を許可し
  ないはず。告発したのが貴族ならそれもありえるでしょうけど貴族達は貴族繋がりで仲良し。
  貴族を訴える、気骨のある貴族なんて……あー、いた。
  フロンティアの子爵のベルウィック卿だ。
  前に黒馬新聞で読んだような気がする。こいつらがフロンティアで逮捕された貴族か(マリオネット編神はいない参照)。
  確か罪状は婦女暴行。
  ……ふん。投獄された罪状をここで再び繰り返そうとは……なかなか面白いじゃないの。
  「ふふふ」
  剣を2度振るう。
  鮮血が飛び散った。
  「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「血がっ! 血がぁっ!」
  大袈裟な。
  足首を切り裂いたに過ぎない。
  死ぬほどの傷ではない。まあ、一生涯歩くのが不便になる程度だ。
  殺すつもりはないわ。
  殺してやるもんか。
  「馬鹿ね、あんたら」
  冷たく言い放つ。
  貴族達は痛みに耐えるだけの根性がないらしく泣き叫んでいる。……女々しい奴らだ。私は構わず言葉を続ける。
  「脱獄しなければ偉大なお父様達が出れるように元老院に手を回してくれたはずなのにね。脱獄囚を庇うほどの根性は公爵閣下でも
  持ち合わせていないでしょうよ。この先、死ぬまで監獄で余生を楽しむがいいわ」
  「金は払うっ! 払うから逃がしてくれーっ!」
  「痛いよママーっ!」
  この期に及んで見苦しい奴らだ。
  私は肩を竦める。
  「女の子はデリケートなんだから優しく扱わないとね。それ忘れたお前らは監獄で腐れ」



  「シェイディンハルの恨みっ!」
  「自業自得でしょうに」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  私は振り下ろされた刃を、破邪の剣を横に一閃して弾く。
  剣の腕も。
  剣の質も。
  全てにおいて相手は私に劣っている。ただ唯一、闘争本能は私よりも勝っていた。闘争本能といえば聞えはいいけど、私怨だ。
  あの貴族2人を叩きのめし縛り上げて放置した後。
  突然、襲われた。
  数はまたも2名。
  既に襲ってきた1名は斬り伏した。確認してはないけど死んでるでしょうね。
  2人とも面識はある。
  誰って?
  「シェイディンハルの恨みっ!」
  「しつこい」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  斬りかかって来る男を適当にあしらう。
  ウルリッチ・レイランド。それが相手の名前だ。シェイディンハルの元衛兵隊長。私が汚職を告発して監獄送りにした。
  既に虫の息の男の方は、名前は知らないけどウルリッチの取り巻きの衛兵。
  ダンマーのアルドスを殺した元衛兵だ。
  詳しくは堕落と良心を参照に。べ、別に説明するのが嫌で横着してるわけじゃないんだからね(ツンデレ風味)っ!
  さて。
  「お前の所為で、お前の所為で俺はキャリアを失ったっ!」
  「私が原因なわけ?」
  「お前の所為でぇーっ!」
  「はふ」
  こいつ殺すのは容易い。
  魔法で一発だ。
  正直な話、正規兵だってダース単位で屠れる自信がある。しかし殺すのは抵抗があるなぁ。出来る限り囚人達を生かしたまま監獄
  に送り戻したい。倫理観の問題というか、まあ、始末は一瞬の苦痛。監獄で永遠に腐って欲しいのが人情でしょう?
  ……。
  いやまあ、私の悪行に関してはスルーの方向で。
  立てる名分なくなりますし。
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  気合の声は、私ではなかった。ウルリッチでもない。
  突然1人の男が飛び出して来たのだ。
  今まさに私に斬りかかろうとしていたウルリッチの剣を弾き飛ばし、そのまま体当たり。ウルリッチは体勢を崩してその場に崩れた。
  剣を構える謎の男。
  「殺すなっ!」
  私は叫んで男を止める。
  そのまま、突然の事に動転して対応が遅れたウルリッチに私は触れる。
  「毒蜂の針」
  麻痺の魔法。
  これでこいつはしばらく動けない。私はそのまま縛り上げる。抵抗の心配をなくす上での麻痺の魔法。
  抵抗を受けずにウルリッチ捕縛完了。
  さて。
  「で? あんたは誰?」
  「……マラカティ」
  「そう、よろしく。私はフィッツガルド・エメラルダよ」
  「……」
  こいつもまた囚人服を着ている。
  どこかで囚人暮らしの際に伸びっぱなしだった髪や髭を処理したのか知らないけど、剣はともかく剃刀は下手みたい。髪型は歪だし
  髭を剃った際に剃刀で傷つけたのか、顎は傷だらけ。
  チャッ。
  私は油断なく剣を構える。
  この男、出来る。
  「……」
  「……」
  剣の腕はウルリッチなんかとは比べ物にならないだろう。
  発するプレッシャーも並じゃない。
  「……」
  「……」
  こいつ戦士か何かだろう。
  正式な訓練を受けているに違いない。それも並の訓練ではないはず。……世の中広いなぁ。強い奴はたくさんいる。
  だけど私はもっと強い。
  「はあっ!」
  「やあっ!」
  同時に動く。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  交差し合う刃。
  何度か交えるものの、数度斬り結んでも勝負はつかない。実力は伯仲していた。私は刃を横に薙ぐ。
  ひゅん。
  刃は空を斬る。
  男は大きく飛び下がり回避、私は追撃するものの……止まった。相手は剣を向けたまま牽制し、一定の間合で立ち止まる。
  双方、息を整える。
  ……これは疲れる戦いになるぞ。相手は私に匹敵するだけの腕がある。
  ただ、チャンスもある。
  「はあはあ」
  相手は息切れしていた。
  なるほど。
  獄舎生活でも筋トレして肉体を維持出来ても持久力は落ちるわけだ。運動不足は否めない。
  魔法で吹き飛ばせば後腐れもないんだけど躊躇った。
  貴族や汚職衛兵隊長と同じような感情からではない。何故か吹き飛ばす事を躊躇ってしまう。
  何故だろう?
  「……」
  「……」
  この男を見ていると不思議な感覚に陥る。
  懐かしいような、切ないような。
  そんな不思議な感情。
  「……やめだ」
  「はっ?」
  相手は剣を引いた。そのまま鞘に戻す。瞬時に闘志は消え失せていく。私は剣を構えたまま。相手はそれを知りつつも、見つつも
  闘志を消した。
  それはつまり私の出方は、私に任せる……という事だ。
  ここで斬られてもこいつは文句は言わない腹か。
  潔い事で。
  ……嫌いじゃないわ、その性格。
  「マラカティ。何して捕まったわけ?」
  「反乱さ」
  「反乱?」
  「知らなくて当然だろうな。帝国は情報を統制している。反乱などなかった……そういうわけだ」
  「ふーん」
  「頼みがある。……どうか見逃して欲しい」
  「それ笑える」
  含み笑い。
  私が戦士ギルドかどうか知っているとは思わないけど、少なくとも討伐に来ているのは分かってるはず。なのに見逃せと言う。
  その頼みは虫が良過ぎる。
  お前殺すよ。
  ……普段ならそう言って斬ってる。なのに何故だろう?
  殺すのを躊躇っている自分がいた。
  まるで。
  まるで『見逃す』という事に対して私も同意しているかのように。
  何だこの感情は?
  ……忌々しい感情だ。
  「マラカティ。どこかで……会った事ある?」
  「懐かしい感じがするのか? だとしたら、私も同じだ。私も聞く。君は……どこかで会った事はあるか?」
  「さあ?」
  「だな。私にも分からんよ」
  「ふふふ」
  剣を私は収めた。
  いずれにしてもこの感情では殺せない。
  それだけだ。
  「見逃してくれるのか?」
  「今のところはね。……私が見逃したところで、誰かに殺されるのはー……私の所為じゃないわよ?」
  追討は続いている。
  私が見逃したところで他の戦士ギルドのメンバーは容赦しないだろうし、ブラックウッド団は尚更だ。もしかしたら褒美目当ての賞金
  稼ぎも動いているのかもしれない。逃げ場はないだろうよ。
  まあいい。
  私は見逃す。それだけだ。
  「感謝するよ」
  「何くれる?」
  意地悪く笑って見せる。
  相手は無一文に違いないけど、何となく困らせてみた。ラミナスなら『笑顔♪』をくれるんだろうなぁ。
  マラカティは真面目な性格なのか悩む。
  ……悩まれても困るんだけどね。
  そして……。
  「ほら」
  「ん?」
  何かを投げて寄越す。私は受け取る。手のひらを開くと、深紅の指輪だった。
  綺麗な指輪。
  「それを君にあげるよ。私の宝物だ」
  「宝物」
  確かに高価そうだ。
  しかし見逃す代償として受け取るご褒美は冗談で言ったのだから、真に受けられても困るのだが……。
  返そうとすると止められた。
  「君にあげるよ」
  「でも……」
  「私はおそらく追討に前に果てるだろう。だから、君に譲る。君なら私の宝物を無下には扱わないだろうと思ってね」
  「ふむ」
  形見か。
  確かに私なら売り払ったりはしないだろうけど、何故私に?
  ただ答えは問うても分からないだろう。
  私も彼も、意味不明な感情に支配されているのが分かる。何故親近感が沸くのか。何故……。
  指輪を嵌めようとする。
  「悪いがフィッツガルド・エメラルダ。その指輪は私以外には嵌められ……」
  「似合う?」
  「……そんな馬鹿な……」
  「はっ?」
  指輪を嵌めて見せる。マラカティは驚愕した。
  深紅の指輪は私の指で光っていた。
  「で? 嵌められないって何?」
  「……気にしないでくれ」
  「……? まあいいわ。……ところで、その……愛称で呼んでもいいわよ。フィーって呼べば?」
  「フィー」
  「な、何?」
  なんだなんだこの感情はーっ!
  恋愛感情?
  ……。
  ……んー、違うな。
  アンに感じるような感情は……うがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  今のコメントはない方向で。
  と、ともかくーっ!
  「……マラカティ」
  「……フィー」
  なんだなんだこの雰囲気出しまくりの相対はーっ!
  確かにダンディではある。
  そうなんだけど、好きになるタイプではないんだよなぁ。父性を感じているのか?
  そうでもないんだよなぁ。
  よく分からないけどあまり楽しい空気ではない。かといって嫌な空気もでもない。曖昧過ぎて気持ち悪い。
  妙な運命は感じてるかも。
  こいつ何者?
  「そ、そろそろ行けば? 追討が来るわよ?」
  「そ、そろそろ行くとしよう」
  お互いにぎこちない。
  私が妙な感覚を感じているように、マラカティもそうみたいだ。
  視線を交差。
  お互いに穴が開くほど見つめ合う。
  「では」
  「ええ。さよなら」
  タタタタタタタタッ。
  そのまま後ろを見ずに走り出した。脱獄囚を1人逃がしたけど、まあ、いい。戦士ギルドは4名を捕縛……いや、アルドスを殺した
  元衛兵は多分死んでるから捕縛3名死者1名。
  それが戦士ギルドの戦果だ。
  ……。
  いやまあ、脱獄囚の正確な数は知らないから、もしかしたらもう1人か2人増えるのかも。
  いずれにしても戦士ギルドの大戦果。
  ブラックウッド団を出し抜いた。
  それでいい。
  それでいいじゃない。
  「はふ。バーズと合流すっかな」
  任務終了。
  マラカティとか言ったっけ。死ななきゃいいけど。まあ、どの道もう2度と会う事はないだろうけどさ。
  指に嵌められた深紅の指輪を見る。
  美しく輝いていた。
  「さて。行くか」



  その出会いは偶然だった?
  その出会いは運命だった?
  その出会いは……。









  今回の話は帝都動乱編の『脱獄者たち』と対の話です。