天使で悪魔




アイレイドの人形姫




  世の中、ありえないと思う事は意外にありえるらしい。
  アイレイドの遺産。
  アイレイドの神秘。
  戦闘型自律人形マリオネットに、それを従える伝説級の人形遣い。
  私、フィーちゃんは既に眼にしている。
  ……。
  ……しかし、眼にしなくてもいいものも眼にしてしまう。
  受難?
  体質?

  いずれにせよ私は眼にする事になった。そして対峙する。
  ……荒ぶる神に。
  ……アイレイドの人形姫に。






  城塞都市クヴァッチ。

  領主はゴールドワイン伯爵。……別にワイン好き、ではあらず。
  帝都を含め大都市は城壁に囲まれている。
  だから、クヴァッチをわざわざ城塞都市と呼称する必要性はないものの……そう呼ばれる理由はある。
  高い丘の上に位置しているからだ。
  切り開かれた唯一の道、街道以外からは侵入出来ない。断崖絶壁だからだ。

  高みから見下ろす、異様な威圧感のある都市。
  ここへ私、フィッツガルド・エメラルダが来たのは特に意味はなかった。
  
  リーフロート洞穴。
  死霊術師セレデイン暗殺が今回の任務。任務達成。次の指令状の場所はコロール。

  そのまま目的地のコロールに向うのであれば、帝都を経由すれば最短ルート。
  帝都には行った。
  ただ経由する為だけではなく、セレデインは魔術師ギルドの敵の1人。
  その報告の為に大学に立ち寄った。

  ふと、久しく会わないスキングラードの私の豪邸で働くメイドのエイジャに会いたくなった。
  進路変更、スキングラードに。

  そこでは何故か私の家に寄生……いえいえ、仲良く暮らしていた闇の一党の家族達。
  ……何故に……?
  ……。
  ともかく、久し振りの家族の団欒。
  その際にオチーヴァが言っていた事を確かめる為にクヴァッチに来た。
  闇の一党の裏切り者騒動は拡大している。
  粛清の連続。
  クヴァッチの聖域には『密林事件』で知り合った、フォルトナとフィフスがいる。安否の確認の為の訪問。
  そこで私は……。




  《マリオネット編の皆殺しの旋律と繋がっております。参照してくだされば分かりやすいかと》






  「ほほほっ!」
  悪趣味な哄笑を続けながら、その女は手を振るった。
  悪意に満ちた手。
  瞬間、私はその場から離れて間合いを取る。
  ひゅん。
  石造りの地面が割けた。

  それもかなり深い。
  手には何も持っていないものの、それが何か私には分かっている。魔力の糸だ。
  アイレイドの王族は『人形遣い』と呼ばれていたと、あの文献に記されていた。
  思念だけで戦闘型自律人形であるマリオネットを従えるからだ。
  特に指から発せられる魔力の糸は人形使役には直接的関係はないものの、発する糸も人形遣いと呼ばれる所以。
  フォルトナはアイレイドの末裔?
  ……。
  そこは分からない。
  そこは分からないけど、マリオネットを従え魔力の糸を発する、そいつは今ここに存在している。
  私は書物よりも目の前の現実を信じる。
  現実としてここに存在する、それで充分だ。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  放つ炎の球がいつの間にか迫ってきていた人形を撃破。
  事態は意味不明っ!
  どういう原理でこの状況になっているのか、少なくとも私は現状を把握出来ていなかった。
  ただ街をうろついていたらフォルトナが人形従えて暴れていた。
  街の住人惨殺しながらね。

  そこに闇の一党の暗殺者と思われるトカゲが手下数名を従えて阿鼻叫喚の状況に輪を掛けた面倒を持ち込んだ。
  目的はマリオネット強奪らしい。
  そう公言していたし。

  とりあえず敵と認識してる。向こうも……。
  「ブレトンめぇっ!」

  刃構えて向ってくる。
  どの魔法で行こうか考えていると……。
  「やばっ!」
  「……っ!」
  暗殺者の背後からフォルトナの糸が襲ってくる。

  つまり私の方向に向けて糸を振るう。暗殺者の体を背後から真っ二つに切断し、そのまま糸が襲ってくる。
  ……見えない。
  ……見えないけど、敵意や悪意をはらんだモノは感知出来る。
  何故?
  まあ、今までそれを機敏に察知して人と付き合って来たからかな。
  人の顔色とか窺うのも得意です。
  まあ、自慢にはならないけど。

  「……ほう」
  回避すると、フォルトナは楽しそうに笑った。
  こちらは心底楽しくはないですね。
  少なくとも戦闘狂でもなければ、暗殺が三度の飯よりも大好物でもない。
  必要に応じて、自分の心情で命は奪うけど楽しみにはしてない。

  激闘も然り。
  激闘して『お前と俺のこのたぎる熱い想い、拳でぶつけ合おうぜぇー』なんてはっきり言って不毛。
  激闘なんて疲れるだけ。
  「裁きの天雷っ!」
  「ほほほ」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  放たれる雷。
  魔法耐性、フォルトナはどんなものかは知らないけど……とりあえず普通に放つ。
  手加減なんてしない。
  向こうに殺意と悪意あるのに『私達知り合い、この広大な世界で奇跡的に巡り合った知り合いなのー♪』という感じで
  向こうを気遣い手加減するほど私は優しくない。

  事情は知らないけど向こうがその気なら、そのように振舞わせてもらう。
  「ほほほ。……無益」

  そう来たかっ!
  動かずに、人形にフォローをさせる。つまり、盾にしたのだ。
  マリオネットは魔法に弱い。
  そもそも当時魔法がアイレイドのエルフにのみ体得出来る特権的だった頃、人間は奴隷であり魔法は使えない。
  マリオネットはその奴隷の鎮圧用の兵器。
  対魔法装甲は使われていない。
  だから魔法に弱い。
  ただ……。
  「なるほどねぇ」
  バラバラになった、人形を見て思うのはフィフスよりは弱い。
  密林で同士討ちの偽装任務と知らずにフォルトナとフィフスと敵対した時、私は全力で『裁きの天雷』をフィフスに
  叩き込んだもののバラバラにはならなかった。

  その後、しばらくしてから何もなかったように動き出したし。
  そう考えるとフィフスよりもランクが下がるわね、ここにいる他の人形は。
  もっとも……。
  「助けてぇーっ!」

  「ぎゃあああああああああああああっ!」
  「こ、殺され……はぐぅっ!」
  「衛兵さん、た、助け……っ!」
  「陣形を乱すな、全員突撃ぃっ! お、おい待てお前ら逃げるな俺より先に逃げるなぁーっ!」

  その他大勢の人々に対しては、脅威でしかない人形。
  フィフスよりは劣るよ、と言ったところで慰めにもならない。

  衛兵隊も出て来てはいるけど、それほど役にも立たず事態は用意には収拾しない。
  フォルトナの従える人形はそれほど多くはない。
  にも拘らず事態は収拾するどころか次第に拡大している。

  私はどうしてこの事態なのかよく飲み込めてない。
  たまたま出くわした、そんな感じ。
  要は知り合いのフォルトナが関わってなければそのままスルーしてもよかったのよねぇ。
  まさかフォルトナが人変わりしてるとも思わなかったし。
  つまり、これは何?
  んー、『フォルトナ大暴れしてます♪』がメインの状況で、よくは分からんけどクヴァッチ聖域の面々は『この隙に
  マリオネット奪おうぜ大作戦』なのだろうけど、それもかなり行き当たりバッタリよねぇ。

  欲しいマリオネットはどれ?
  無茶苦茶暴れ回ってますけど。
  多分、出張ってきた闇の一党もこの状況を知らずに出てきたんだと思う。
  だってマリオネット30を6人程度で全部捕獲するの、理論的に無理だし。フィフス捕獲に来ただけなのだろう。
  まあ、いい。
  「ほほほ、なかなか生きが良い奴隷じゃな。お前は」
  「奴隷、ね」
  ふと昔を思い出す。
  「まあ、叔母さんに引き取られてからは奴隷生活だったと思うよ。それより悲惨だった気もするけどね」
  「ほほほ。……行け」
  マリオネット三体が迫ってくる。
  肉体労働あまり好きじゃないんだけどなぁ。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  中央の奴に叩き込む。
  爆炎と爆風が両脇を併走していた2体を包み込む。
  うまく行けば一網打尽に……。
  「……くっ!」
  ひゅん。
  爆風を切り裂き、見えない糸が襲ってくる。
  爆風を中間に置いての一撃だったから、軌道が分かり易い。回避する。
  途端、地面が裂けた。
  ……かなり反則よね、この能力。
  ブワァっ!
  爆風から躍り出てきたのは糸だけではなかった。人形、それも2体。両脇の奴らは耐えたらしい。
  ただその内の1体の右腕は爆発でなくなっていた。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィっ!
  一体撃破。
  残り一体は私の目前にまで到達して……。
  「はぁっ!」
  鋭い気合、一閃。
  雷をエンチャント済みのロングソードで両断。普通の剣なら切り裂けない装甲でも、魔法を介した魔法剣ならば話は別。
  伝説級のマリオネットを瞬時に三体撃破する私に、賞賛の拍手。
  パチパチパチ。
  相手はもちろん……。
  「ほほほ。なかなかやるな、愉しいぞ、奴隷よ」
  「そりゃどうも」
  「ほほほ。お前気に入ったぞ。わらわの奴隷として飼ってやろう。ありがたく思うとよいぞ?」
  「奴隷ねぇ」
  「ほほほ。気に食わぬか?」
  「そうね。あんたが私の前に頭床に擦りつけながら這い蹲ってお願いするなら、奴隷になってあげてもいいわ」
  「……」
  カチンと来たらしい。
  眼を細めて私を見ている。なかなか気が合いそうね。
  ……私も心底腹が立って誰か殺す時、同じ仕草するもの。なかなか気が合うかも。
  かと言って何で私が奴隷になる必要性があるわけ?
  それも腹立つんですけど。
  「フィフス」
  「はい、フォルトナ様」
  「あの女の首を持っておいで」
  「はい、フォルトナ様」
  言葉の次には飛び掛ってきた。速いっ!
  少なくとも他の人形のスピードの比じゃない。他のマリオネットが鈍行なら、フィフスは急行。私は……特急っ!
  何もない空間をフィフスは通り抜ける。
  動体視力はそのまんま、つまり元々私のモノを使用しているものの肉体的には魔法で増強した。
  見極めさえ出来れば後は魔法で対処出来るものなのだ。
  今の私はフィフスより速い。
  極めて短期間ではあるものの、回避して攻撃するだけの余力はある。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
  会心の一撃。
  ふっと、そこからフィフスが消えた。大きく跳躍してこちらに向かって急降下してくる。
  ……ちっ!
  肉体増強の魔法の持続期間は、もう過ぎた。
  今からでは間に合わない。
  私は剣で……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「くぅっ!」
  「……」
  防御成功。
  しかし降下してくる際に生じる力と、フィフス本来の力が合わさった結果、思わず呻く。
  まともに受けるもんじゃないわね。
  骨が折れるかと思った。
  だがそんな感想は必要ない。僅かな隙を、僅かな間隙を縫ってフィフスの手刀が私の胸に吸い込まれ……。
  「炎帝っ!」
  「……っ!」
  ゴゥっ!
  ゼロ距離の炎の魔法を叩き込んだ。触れた対象を炎上させ、炭化させる炎の魔法。
  使い勝手が悪いもののこういう時、真価を発揮する。
  フィフスはその場に崩れ落ちた。
  確かに、他のマリオネットは違うわね。私の眼に狂いはなかった。
  機能を停止したものの原形を保っている。
  「がぁっ!」
  「ほほほ」
  その時、フォルトナは闇の一党のトカゲの首を切断していた。
  闇の一党の手駒はこれで全て消えた。
  人形は、私も結構倒してるから次第に喧騒は収まりつつある。数の上では衛兵が上だし、魔道戦に切り替えている。
  そろそろ戦いは終わる。
  「それでフォルトナ、あんた何者? この間会った時と違うみたいだけど」
  クレープ大好きです。
  そう語ったフォルトナとは違う。
  私が会ったフォルトナの印象は、昔の私だった。
  一人ぼっち。
  差し出された手を取る勇気もなくて。
  ……まあ、私の場合差し出してくれたのはハンぞぅしかいなかったけどね。
  ……10歳まではある意味で放置プレイ(いやん♪)状態だったし。
  私なら手を差し伸べれる。
  フォルトナを見て、私はそう思っていた。
  「ほほほ」
  「お前誰だ?」
  しかし今は違う。
  この女の眼は自信に満ちている。少なくともフォルトナが持っていた『人としての情』を持ってないだろう。
  悲壮もない。
  悲哀もない。
  あるのは見下した瞳。
  こいつ誰?
  「怯えるがよいぞ」
  「……」
  「恐れるがよいぞ」
  「……」
  「わらわはアイレイド王家の王女を媒体として創り出されし、アイレイドの人形姫。全ての生命、全ての運命を掌握
  する権限が与えられし者。全てはわらわの思いのままに。全てはわらわが裁き、救う。慄くがよいぞ」
  「単純ばぁか」
  「貴様っ!」
  「伝説も神々もタムリエルじゃ大安売りバーゲンしてるぐらい、ありがたみはないのよ」
  確かにそんな類、ゴロゴロしてるしねぇ。
  フォルトナ頭打った?
  「そろそろ終わりにしてあげるわよ、お姫様♪」
  「不届きっ!」

  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  牽制程度に雷を放つ。そろそろ長期戦に突入、という感じの戦闘時間。疲れてきた。
  当たるとは思ってない。
  当たるとは……。

  アイレイドの人形姫は冷たい視線のまま、放たれた雷を見て、それから周囲を他愛もなく見て……。
  「……あっ、神父様……」
  「……っ!」
  不意に殺意が失せた。
  不意に敵意が消えた。
  不意に……。
  全ての感覚が、まるで自分以外の全てを呪い殺すような喰い殺すような邪悪な思念が失せた。
  全て……。
  それが意味するの事は一つだけ。
  正気に戻った。
  だがこのタイミング、それは駄目でしょうにっ!
  「避けなさいっ!」
  「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  電撃の洗礼をまともに浴び……。





  死んではいなかった。
  フォルトナは生きている。ただ、近づけない状況だった。
  人だかり?
  人だかりが、邪魔?
  ……違う。
  ……正確には、そうなんだけど……野次馬が邪魔なのではない。
  「フォルトナっ!」
  叫んだのは、正気を元に戻したあの神父だ。
  衛兵に阻まれ神父は近づけない。
  あの神父がフォルトナにとってどういう人物かは知らないけど、正気に戻すだけの大切な存在なのだろう。
  手を伸ばすものの届かない。
  「下がれ下がれ」
  「これは我々衛兵の仕事である。邪魔するものは同罪と見なす」
  「この殺人鬼は我々が投獄する」
  私は無言で人だかりを離れた。
  形の上では鎮圧した私ではあるものの、あまり詮索されるのは好まないし得策でもない。
  ここは離れるとしよう。
  ふと気付くと、フィフスがいない事に気付いた。
  あの乱戦の最中に……?
  ……。
  ……いや。
  散乱している人形の残骸の中に、フィフスと思われるモノはない。原型は私が倒した時には留めていたから、
  五体満足のままあるはずなんだけど……視界には入らない。
  逃げた?
  いずれにしても……。
  「ここにいるわけにはいかないわね」
  私もまた暗殺者。
  それにあまり綺麗な生き方してないしねぇ。
  ……去るとしようか。







  フォルトナ、逮捕。  









  マリオネット編『皆殺しの乱舞』と対の話となります。フォルトナの結末は『幸福の定義』を参照ください。