天使で悪魔




皆殺しの旋律



  この新しい時代。
  この新しい世界。
  ……不届き。

  何たる不届きの者の巣窟なのであろう。
  わらわに対する礼儀がなっておらぬ。

  わらわに対する……。
  ……。
  わらわを誰だと心得ておる?
  不届き。
  まことに不届き。






  「ここは、どこじゃ?」
  立ち上がり口を開くと、いつからいるか知らぬが……周囲を取り囲む奴隷の種族がどよめく。
  恭しく跪く、人形。
  ……。
  ……誰じゃ、こいつ?
  アイレイドの戦闘型自律人形なのは見れば分かるが……。
  「お前、誰じゃ」
  「自分はアイレイド軍第三暴動鎮圧用特機所属、戦闘型自律人形ナンバー5タイプ、通称フィフスでございます」
  「ふむ」
  フィフス、か。
  確か魔道装甲が付与されていないタイプの人形か。
  対白兵戦用、対暴動鎮圧用の人形。
  仮想敵対象が反乱を起こした奴隷なので、対魔法用の装甲ではなく、魔法に対して極端に脆弱。
  まあ、よい。
  「ふぅん」
  周囲を見る。
  奴隷がいるわいるわ、奴隷だらけ。
  ふと、何か叫んでいる獣がいる事に気付いた。三匹いる。
  「フォウっ! 死んだ振りがうまいなっ!」
  「だが俺様達に勝てると思うなよ、我らレンツ兄弟がっ!」
  「お前に真の暗殺を教えてやるぜっ!」
  遠吠え。
  ほほほ、奴隷や獣が大手を振って通りに集まり騒いでいるのだから世も末じゃな。
  今がアイレイドの時代でない事がよく分かる。
  ……。
  ……ああ、そうか。
  わらわが潰したのであったな、アイレイドの王族の一つは。
  その後世界の覇権は完全に変わっているらしい。
  「フォウっ!」
  「聞いてるのかっ! それとも、現実逃避しているのか? くくく」
  「安心しろ。現実から逃避できるさ、今から死ぬんだからなぁっ!」
  「……? お前ら、わらわに言っておるのか?」
  獣達が意見する。
  なるほど、世も末じゃな。
  あの時代、世界はわらわに平伏した。
  わらわの声は耳を潰す。
  わらわの姿は目を潰す。
  それだけの威光と威厳があったもののこの時代、それは通用せぬらしい。嘆かわしいのぅ。
  そして周りを取り囲む下賎な種族。
  頭が高い。
  「……殺すか」
  ポツリと呟き糸を……と思い、指先を見て始めて気付く。指がない。
  自分で切り落としたか?
  どこかに落ちていないものかと探すものの、落ちていない。となるとわらわの指はどこに行ったのだ?
  「フィフス」
  「ははっ」
  「わらわの指はどこじゃ」
  「キリングスが持ってったぜ、お前の指はなぁっ!」

  答えたのは、跪くフィフスではなく獣の1人。
  確か名は……。

  ……。
  ……ふむ、獣一号じゃ。それとも愚か者一号。……いやいや生贄一号かな。ふふふ。
  ぬらりと瞳が妖しく光るものの、生贄一号も二号も三号も、そして取り囲む下賎な見物人も気付かぬ。
  ただ1人、フィフスだけはより深く跪いた。

  「まったくフォウさんよ、お前馬鹿だぜぇっ!」
  「まったくだ。指を切り落とせば失敗も許し、神父の暗殺も見逃す……ありえねぇだろうがっ!」
  「なのに俺達にナイフで指の腱と骨を切られて指落とされてるのに、精一杯信じてる顔してたもんなぁっ!」
  それから三匹は馬鹿笑い。
  わらわも笑うとしよう。
  「ほほほ」
  『……っ!』
  静寂が、不意に訪れた。
  ふむ。別に驚くほどの事ではないと思うがのぅ。
  誰の体であっても再生力というものはある。人の体もまた然り。
  ただ人の体にはリミッターがある。

  どういう経緯であるのかは知らんが、『意識せずに』再生を否定する。だから四肢が欠損しても生えて来ないがリミッター
  さえ解除できれば再生する。ただそれだけの事。ただ、それだけの。

  生えた指を見て、恐れ戦く。
  これで糸が紡げる。
  「ゆ、指が……生えた……?」
  「化け物だぁっ!」
  「お、お前が化け物だなんて聞いてないぞっ! こ、これじゃあ報酬が安過ぎるっ!」
  「ほほほ、わらわが化け物? ……ならば問うが指を切り落とす所業は化け物ではないのか? とかく人は自分自身
  を正当とし、唯一とし、それを越える者を悪魔や魔女と呼ぶ。愚かよな。……まあ……」
  肩を竦めて答える。
  「わらわは人ではないがな。わらわは神じゃ。……のぅ、フィフス?」
  「御意」
  「ほほほ」
  両手を振るった。
  糸を張り巡らせる。獣三人に、この周辺に。
  「動くな奴隷ども」
  警告。
  親切なまでの、警告。
  その親切さと誠実さが通じたのかびくりとも動かない不届きな獣と無責任なまでに見物していた奴隷ども。
  「ピクリでも動けば体が寸断されるぞ?」
  含み笑いをし、指を少し動かすと見物していた子供連れの親父の首が落ちた。
  悲鳴。
  動揺した者達……その家族も含めて、動いた結果同じ末路を辿る。
  糸を張り巡らせてある。
  首に巻きつけてある。鉄すらも簡単に寸断できる魔力の糸、生身の首であるならば一たまりもあるまい。
  無差別?
  ……いやこれは正当であろう?
  見物をする=無関係ではなかろうよ。そこには確かに責任は生じるもの。
  これは正当。

  これは……。
  獣は当然有罪、そして見物人も。わらわは見物人の奴隷どもに宣告する。
  「わらわが切り刻まれている間、見ていただけのお前達も同罪じゃ」
  すすり泣く声。
  あまりのショックに気絶したのか、崩れ落ちそうになった一人が切り刻まれ死亡し、それを見て動揺した数人も死亡。
  やれやれ、学習能力のない奴らじゃ。
  「ほほほ」
  ……どの道全員殺すがの。

  ここでさらに面白い余興を思いつく。わらわが現世に時間を取り戻した祝いじゃ、盛大に行くとしよう。
  誰に言うでもなく警告。
  「絶対に動かん事じゃな。……何が起きても……」








  城塞都市クヴァッチ。
  魔術師ギルドのクヴァッチ支部。

  魔法研究、錬金術の探求、遺跡の発掘。
  各都市の支部は、大抵それらのどれかを主に専門として活動している。

  ここクヴァッチ支部は少々毛色が違う。
  元々は遺跡の発掘、ではあったもののアイレイドの遺産であるマリオネットを発掘してからは主な研究テーマが、
  主な専門がマリオネットに代わった。

  支部長はサーシャ。種族はアルトマー。
  マリオネット技術の最高峰であり、第一人者。しかし人格者ではなく、支部員の受けは悪い。
  「それで支部長は?」
  「さあ?」
  ブレトンの二人の魔術師は、魔術師ギルド会館の隣に隣接する、同支部が所有している倉庫の扉を開きながら
  話をしている。大抵は、サーシャの悪口。
  ガチャガチャ。
  なかなか鍵が開かない。正確には、開いているのだ。
  無数に鍵があるので、手間が掛かっている。鍵を開ける順番もあるし、フェイクもある。
  それだけ重要な倉庫なのだ。
  ガチャリ。
  ようやく鍵が開き、中に入る。
  中に入るとすぐまた扉がある。その扉を開けると、バトルマージの詰め所。常に三人が詰めている。
  24時間体制だ。
  二人は魔術師ギルドメンバーである証明書を見せ、ここに立ち入る為の許可状を提出し立ち入りの事情を述べる。

  「マリオネットの持ち出しです」
  「持ち出すのは一体。五時間後には戻します」
  この倉庫はマリオネットの保管場所。
  現在闇の一党に寄与されている(サーシャの独断であり支部としては倉庫に保管しているのだと認識している)
  マリオネット以外にも数多く存在している。
  ただ、動くのはフィフスだけであり他の個体は全て停止している。
  永久に停止、それが魔術師ギルドの研究の結果出た答えだ。つまり、壊れている。死んでいる。
  それでも古代アイレイドの技術の結晶であり、今現在の魔道技術を越える存在なのだ。
  バトルマージの1人が頷き、二人の支部員を連れて奥に。
  ここまで厳重にするのはその技術が最高機密だから。

  動かないし一般の、少なくとも普通の魔術師では意味がない技術の結晶ではあるものの、一部のコレクターや
  自称天才魔術師などは法外な値段をつけるだろうし手に入れる為に暴挙も平然と行うだろう。

  それでいて、倉庫を支部の建物に内包ではなく隣接という形を取っているのはサーシャの思惑だった。
  警備を誤魔化しさえすれば持ち出しが用意。
  それが、フィフスを闇の一党に貸す事が出来た最大の理由だ。
  「……」
  「……」
  「……」

  バトルマージを先頭に、二人の魔術師はマリオネットが保管されている区画に来た。
  マリオネットの区画、という表現を使ったのは他のアイレイドの遺産が他の区画に保管されている為であり
  その区別としてだ。

  ともかく、3人はマリオネットの区画に。
  意外に数は多い。
  奴隷として使っていた人間の反乱の際に、魔力で絶対的優位を保っていたものの数と身体的能力が圧倒的に
  劣っていたアイレイドのエルフが開発した鎮圧用の戦闘型自律人形。
  ここにあるのはその初期タイプ(目録的にここに存在するはずのフィフスは後期タイプ)であり能力そのものはそれほど
  高くないものの数は多い。

  動かないものの、30は保管されている。
  マリオネットの最大の謎は永久機関にある。理論上は永遠に動き続けるらしい。
  その謎を解明する、魔術師の夢の一つだ。
  もちろんここにいるのは動かない。壊れているからだ。
  「ひっ!」
  「ど、どうしたの?」
  マリオネットを搬出しようとしていた魔術師の1人が、小さく悲鳴を上げた。

  規則として監視している、バトルマージも怪訝そうな顔をする。
  その理由は聞くまでもなかった。
  三人は戦慄した。
  最初は目を疑ったが、もう何も疑う事はない。そして信じ、納得した。

  ……今、アイレイドの遺産は悠久の年月を越え、奴隷の種族の血を再び世界に撒き散らすのだ。
  ……そして最初の犠牲者達は目の前の……。






  《我々アイレイドの文明は、森羅万象を司り全てを統べた》
  《それ故に我々は滅亡に瀕している》
  《奴隷の反乱?》
  《王族の反目?》
  《……違う。我々の最大の悲劇は、我々を裁く者の欠落。我々を従える、唯一無比の存在の欠落》

  《我々は神を創り上げた》
  《運命の女神よ、どうか我々アイレイドをお導きください》

  《運命の女神よ、どうか我々アイレイドを裁いてください》
  《……どうか……》






  阿鼻叫喚。
  街は突如現れた、子供のような外観をした無表情の者達が暴れまわる。
  街はパニックに陥った。
  当然、クヴァッチにはクヴァッチの都市軍が存在する。
  城塞都市として機能し、防衛に対して絶対の自信を持つ……という事は都市軍の充実をも意味しクヴァッチ領主
  であるゴールドワイン伯爵も自分の傘下の都市軍は無類の強さを誇っていると自負していた。

  既にレヤウィン動乱はここまで噂になっている。
  深緑旅団に街を半壊させられ、真っ先に逃げたマリアス・カロ伯爵を腑抜けと思っていたし馬鹿にしていた。
  混乱はすぐさま伯爵に伝えられた。
  それはすなわち、徹底した情報連絡網を作り上げているという事であり、伯爵の手腕の賜物なのだ。

  その時、ちょうど私室でくつろいでいた伯爵はその報告を聞き、即座に決断した。
  「軍を率いて討伐せよ」
  「ははっ!」
  上級仕官は恭しく敬礼。
  既にただの子供ではないの理解している。
  魔術師ギルドのわずかな生き残りがマリオネットの暴走だと伝えてきたからだ。

  アイレイドの知識はあまりないものの、伯爵としては今まで『アイレイド遺産を数多く所有する都市』という看板を掲げて
  街の活性化を狙っていた為にマリオネットがどのような強さか程度は理解している。
  討伐は妥当。
  派兵は妥当。
  それは伯爵も、指揮を執る上級仕官も同じだった。
  「がぁっ!」
  血煙を上げて倒れ付す上級仕官。
  思わず腰の剣を抜こうとする……ものの、くつろいでいた為に剣は腰にない。ゴールドワイン伯爵は宝石で装飾されている
  豪奢な鞘を持つ剣に手を伸ばし、そのまま動きを止めた。

  喉元に短剣を押し付けられているのだ。
  それも背後から。
  武力を誇示する都市の伯爵だけあり、武闘派である彼はそれなりに剣を嗜んでいる。
  気配もそれなりに読める。
  武術の指南役のお世辞も多分にあるものの、自分はそれなりに勇者だと思っていた。
  その自分が背後を取られている。
  それも女だ。
  ……別に確認したわけではないものの、背に押し付けられている感触が柔らかい。そこで女と判断した。
  ……そういう表現するとエロ伯爵と勘違いされるものの。
  「だ、誰だ?」
  「……私はルールー」
  「……そしてワシは……まあ、ラト爺とでも呼んでもらおうかの」
  「……っ!」
  もう1人いたっ!
  その衝撃が伯爵の頭に駆け巡る。どこにいるか分からない。少なくとも視界の中にはいない。
  動揺しつつも、存外冷静な声を出せる自分に驚きつつ、伯爵は問う。
  「……何が目的だ?」
  「簡単な事ですわよ、伯爵閣下。討伐をしばらく待っていただきたい」
  「……な、何?」

  「それと伯爵閣下、大きなお声を出してくださって構いませんわ。親衛隊は全部消しましたから」
  「ば、馬鹿なっ!」
  選りすぐりの、鍛え抜かれた30人の親衛隊。自分の最強の部隊。
  それが潰された?
  俄かには信じられないものの、それを否定するだけの勇気がどうしても生まれてこない。
  喉が無性に渇く。
  「ふふふ」
  「まあ、しばらく大人しくしていてもらおうかの。……家族まで殺されたくはあるまい?」
  「た、頼む家族だけは……っ!」
  愉快そうにルールーは耳元で笑い、伯爵をベッドの上に投げ飛ばした。
  いつからいたのか。
  テラスに向って立つ老人。あれが『ラト爺』を名乗ったものなのだろう。
  背後から斬って捨てるべきだと頭は告げているもののそれがどうしても出来ない。
  それを見透かしているのか、ルールーもテラスに並んで外を見る。
  火の手が上がっていた。
  「ようやくお目覚めになったのね。……我らの主が」
  「ああ、我々の神であるフォルトナ様が蘇ったのじゃ」
  ……アイレイドの人形姫……。







  誰も警告に従えなかった。
  迫る火炎。
  迫る人形。
  そのどれもが脅威であり、悪意であり、自分達の死を奏でる存在だったから。
  動けば死ぬ。
  しかし動かなければどんな殺され方をするかを彼らは考えた。
  確かに懸命だったかもしれない。
  首を落とされるのは一瞬。
  しかし炎に焼かれ、その次の瞬間に首が落ちるよりはまだ楽であり、人形達に心臓を貫かれその次の瞬間に首が
  落ちるよりは楽だった。
  「ほほほ。愚か、愚かよな」
  「……御意」
  存在する命は一つだけ。フォルトナだけ。
  フィフスは、意思を持つ唯一の人形であるフィフスは跪き、俯いたまま顔を上げない。
  表情は分からない。
  「ほほほ」
  従える兵は戦闘型人形30体。
  クヴァッチ魔術師ギルド支部に保管されていた人形を、思念を送り蘇らせたのだ。
  ただ完全な姿をしているモノは1体もない。
  戦闘の際に傷付いた、というよりまともな姿で現代に残っていなかった、というのが真相だ。
  魔術師ギルドも復旧まではしていなかった為だ。
  そもそも現代の魔道技術でも完全に再現できない技術であり、100%無傷で残っていたフィフスが限りなく奇跡の産物。
  さて。
  「ほほほ。この後はどうしてくれよう? ……この街、落とそうか」

  「……それは……」
  同意しかねる、そう言いたそうなフィフスを黙殺した。
  マリオネットは兵隊。
  マリオネットは人形。
  それ以上にフォルトナにしてみればただの奴隷でしかない。意見など聞く気は最初からない。
  クヴァッチの街の惨状は、まだそれほどでもなかった。
  死者の数で惨劇の度合いを決める、のは不謹慎であり誤った価値観ではあるものの、今現在の死者は50。
  火災も今は鎮火に向かっている。
  ある程度暴れた後に、マリオネットは全てフォルトナの元に集結し次の指示を待っている為だ。
  深緑旅団による、レヤウィンほどの損害はまだ出ていない。
  「ふぅむ」

  綺麗に三つ、地面に転がっているカジートの首を見ながら次の楽しみを探すフォルトナ。
  まだ体が馴染んでいない。
  まだ本物の人格が蘇ってから、数時間も経っていないのでどの程度の事が出来るか未知数だ。

  ……暴れてから決めるか、そう結論を出した。
  ……暴れまわり、自分にどの程度の事まで出来るか見極めよう。
  古代アイレイド。
  王家の1つを潰した、王国の1つを潰したアイレイドの人形姫。
  奴隷鎮圧用の全ての人形を思念だけで従える存在。
  誰が倒せる?
  誰が殺せる?
  誰が……。
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  「そこまでだっ!」

  降り注ぐ雷が人形を二体、吹き飛ばした。
  マリオネットの唯一の弱点が魔法。まったく耐性が施されていないのだ。
  それもそのはず、魔法を使えなかった当時の奴隷達の鎮圧用の存在であり耐性は付与しなかった。
  それは1つの配慮でもある。
  万が一暴走し、創作者であるアイレイドの敵に回った場合を考慮してだ。
  意識して付与しなかった。
  だから、ある意味現代では無敵とは言えない。
  魔法は素質云々関係なく(素質によって扱える魔法の種類と威力に関わるものの)使えるからだ。
  現れたのはキリングス率いる、奪いし者の手下の暗殺者達。

  目的はマリオネットの強奪。
  もちろん、今の状況はまるで飲み込めていない。
  「ほう。わらわには向うか? ……いけ」
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  爆ぜる炎。
  それは飛び掛ろうとしたマリオネットを焼きつくし、さらにキリングス達も覆う。
  「何だか知らないけど、妙な場面に出くわしたわねぇ。……やれやれ、受難な体質ね、相変わらず」

  鉄の鎧に身を包んだブレトンの女性。
  フィッツガルド・エメラルダ。
  各地の聖域の粛清騒ぎを聞き、スキングラードからクヴァッチに飛んできたのだ。

  「ほほほ。わざわざお集まりの皆様……わらわが特別に奏でてあげようかのぅ」
  ……皆殺しの旋律を。







  クヴァッチ。闇の一党の聖域。クロウの執務室。
  そこは血に支配されていた。
  そこは死に支配されていた。

  石造りの床に落ちるのは二つ、男女の体。
  机の上に並べられた二つの首。サーシャと、クロウだ。
  その部屋の中で慌しく書類を纏めている男。黒衣のローブとフードに身を包む、奪いし者マシウ・ベラモント。
  潮時だと考えていた。
  手にしているのはマリオネット技術に関する、書類。
  黒衣。
  それを纏う者は数多いれど、組織は大別して三つ。
  1つは闇の一党。
  1つは組織化された死霊術師。しかし死霊術師達は胸元に赤いドクロの刺繍を施してある。
  1つは……。
  「これが資料か?」
  「わざわざここに来たか。……資料奪って高飛びするとでも思ったか?」
  「いや。ただ若が心待ちにしているのでね」
  新たに現れた黒衣の男は、ヴァルダーグ。
  黒の派閥の人間。
  「約束どおり、マリオネット技術の資料だ」
  「確かに。……君の要求は確かにかなえよう、マシウ・ベラモント」
  奪いし者の目的は……。