天使で悪魔






皆殺しの乱舞





  どうか教えてください。
  どうか教えてください。
  どうか……。
  今自分が何をしているかが分からない。
  何をしているの?
  悪意と。
  殺意と。
  敵意を。
  そこに怨嗟をマイルドに混ぜ合わせ、あたしの体は一体何をしているの?
  どうか教えてください。
  どうか教えてください。
  どうか……。







  遊び相手。
  妙なトカゲ人間率いる集団と、炎の魔法を放った妙な女。
  この時代、面白い。面白い。
  わらわに敵対する者が、少なくとも平然と喧嘩を売る者がいるとは……アイレイドの時代では考えられない。
  あの時代。
  あの時代なら、わらわに滅ぼされると知りながらも大抵は跪いて慈悲を乞うのだがな。

  しかし現代は違うらしい。
  勝てぬと分かった上で、もしくはそれすら理解していない節もあるものの立ち向かってくる。
  まことに面白いっ!

  「ほほほっ!」
  哄笑をしながら手を振るう。
  魔力の糸。
  狙う相手は、妙な女に対して。
  血煙を上げて脳天割られた女の死体が……と想像したものの、裏切られた。間合いを保ち、回避。
  石造りの地面を裂いただけ。
  ……面白い。
  「行け」
  マリオネットに指示。
  フィフスよりも初期の、旧型。人格もないし装甲も薄い。それでも奴隷を狩るのに相応しい能力はある。
  人形は女に迫ろうと……。
  「煉獄っ!」
  「……ほぅ」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  炎の爆発。
  直撃さえすれば、マリオネットは一溜まりもない。
  それに女の扱う魔法は、コントロールも安定しているし女自信も魔術に長けている。
  時代が変わったものだ。
  かつて魔法はアイレイドのエルフだけのものだった。
  今では奴隷風情ですら使える。それもわらわの眼から見ても、偏見抜きにしてもかなり高度に使いこなしている。
  その時……。

  「ブレトンめぇっ!」

  黒衣の1人が女に迫る。
  ……ブレトン?
  ……なるほど、エルフと奴隷……いや、人との混血か。あれはその末裔か。その子孫か。
  ふぅむ。
  そうなると、一概にも侮れんな。
  あの女も半分は奴隷の血統ではあるが、半分はわらわと同じエルフ。
  もっとも時代を重ねる事によりアイレイドエルフの血筋は絞りカス程度しか残ってはいないだろうが。

  その絞りカスの血、地面に撒き散らしてやろう。
  「ほほほ。死ね」
  ひゅん。
  糸を振るう。黒衣の男の背後に向けて。
  「やばっ!」
  「……っ!」
  その男を真っ二つにし、糸はそのまま女を切り裂き……くぅっ、また避けおった。
  思い通りにならないと腹が立つ。
  あの女、なかなか腕が立つ。

  しかし考えようによっては楽しめる、いかに追い詰め、いかに切り裂くかが……愉しいものだ。
  「……ほぅ」
  あの女、それなりに美しい。
  わらわの奴隷として飼えば、わらわの箔になるやもな。
  美しく、強い。
  奴隷としては気丈過ぎるようにも思えるが……そこはわらわの教育次第じゃな。

  「フォルトナっ!」
  「下がれ、下郎」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  トカゲ率いる黒衣がわらわに挑みかかって来るものの、糸で一閃。
  意外にもトカゲは避けた。
  ……爬虫類の分際で、生意気な。
  ただ従っていた二人は首をわらわに差し出した。目で始末するように人形達に合図する。
  奴隷の衛兵達も目障りになってきた。
  「邪魔になる者は殺せ。……あの女以外はな。あれは、わらわの得物じゃ」
  マリオネット達に命令。
  一斉に飛び掛っていく、命持たぬ人形の軍勢。フィフスは物言わずに控えている。
  フィフスだけは特別。
  数少ない、上位タイプであり人格を有しているタイプ。
  有史以前のアイレイド文明の際にもフィフスのタイプはそう数はいない。

  さて。
  「裁きの天雷っ!」
  「ほほほ」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィっ!

  放たれる雷。
  女はわらわに対して放った。
  不届き。
  不届き、ではあるものの奴隷にしたくなる魅力がある。
  何とか殺さずに……少なくとも、腕の一本ぐらい欠落させてもよいがわらわのモノにならぬものか?
  ギョロ。
  ちょうど鎧を着た奴隷の衛兵の首を引き千切った人形に視線を移す。
  人形はすぐさまわらわの思念を受けて行動に移して……。
  「ほほほ。……無益」
  盾にして、雷を防ぐ。
  防ごうと思えばそれなりに手段はあるが、支配者たるもの下僕を扱えば全て事足りる。

  「……」
  瞳を閉じて、周囲の状況を愉しむ。
  悲鳴が心地良い。
  血臭が心地良い。
  久し振りのこの刺激。快感。
  「ほほほ」
  人々は舞う。
  わらわが奏でた、皆殺しの旋律が奴隷達を躍らせているのだ。
  皆殺しの乱舞。
  ……舞うがよいぞ、わらわの思いのままに。
  ……ほほほ。
  「助けてぇーっ!」

  「ぎゃあああああああああああああっ!」
  「こ、殺され……はぐぅっ!」
  「衛兵さん、た、助け……っ!」
  「陣形を乱すな、全員突撃ぃっ! お、おい待てお前ら逃げるな俺より先に逃げるなぁーっ!」

  全ての奴隷は平伏せばよい。
  全ての奴隷は……。
  ……。
  そう考えるとこの女は奴隷らしくない、奴隷。
  そこがまた面白い。

  「ほほほ、なかなか生きが良い奴隷じゃな。お前は」
  「奴隷、ね」
  アイレイドエルフは至高の存在。
  そのエルフどもを足下に跪かせるわらわは、アイレイドの人形姫。
  女はそんなわらわに対して、無遠慮な視線を巡らせ、自嘲気味に肩を竦めた。
  奴隷という発言に対してのコメント。
  「まあ、叔母さんに引き取られてからは奴隷生活だったと思うよ。それより悲惨だった気もするけどね」
  「ほほほ。……行け」
  マリオネット三体が差し向ける。。
  奴隷として飼うのは捨て難いものの、あまり舐められても面白くない。
  ふと興味が湧く。
  四肢を全て引き抜いた後の顔が見ものだと思った。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  三体の、中央の奴に炎を叩き込む。
  爆炎と爆風が両脇を併走していた2体を包み込み、一網打尽にした感全開の女に対して糸を放つ。
  人生そんなに甘きはないぞ?
  ひゅん。
  糸が爆風を切り裂き……避けられた。
  必殺の一撃ではあったものの状況が悪かったか。爆風を切りく、その為軌道が見極められた。
  しかしまだ終わってないぞ?
  人形は沈黙していない。
  爆風突き破って躍り掛かる二体の人形、二体同時に勝てるかな?
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィっ!
  一体撃破。
  その間に一体迫る。魔法を放てる間合いではない。
  女は腰の剣を抜き放ち……。
  「はぁっ!」
  鋭い気合、一閃。
  一刀両断。人形は沈黙した。
  ……ほぉう?
  今の奴隷はエンチャント技術もあるのか。あの剣には雷が施されているらしい。
  時間とは怖いものだ。
  パチパチパチ。
  「ほほほ。なかなかやるな、愉しいぞ、奴隷よ」
  「そりゃどうも」
  「ほほほ。お前気に入ったぞ。わらわの奴隷として飼ってやろう。ありがたく思うとよいぞ?」
  「奴隷ねぇ」
  「ほほほ。気に食わぬか?」
  「そうね。あんたが私の前に頭床に擦りつけながら這い蹲ってお願いするなら、奴隷になってあげてもいいわ」
  「……」
  眼を細めて女を睨む。
  生意気な女を奴隷として教育(エロにあらず。いや一応)するのはそれなりに愉しいものの、ここまで逆らう女は奴隷
  にするのに相応しくない。何故なら教育している最中に怒りに任せて殺してしまいかねないからだ。
  ……ここで殺すか。やはりな。
  控える人形に声を掛ける。
  「フィフス」
  「はい、フォルトナ様」
  「あの女の首を持っておいで」
  「はい、フォルトナ様」
  言葉と同時に一直線に突撃した。
  スピード、パワー、全てにおいて他の人形達とは比べ物にならない戦闘力がある。
  狙いは首。
  苦悶と驚愕に満ちた女の首を引き千切って戻ってくるだろう。
  そして……。
  「……何じゃと?」
  避けた?
  あのスピードを、避けた?
  フィフスは回避されたまま、勢いあまり女を通り過ぎ、女はそのフィフスの背後に向って雷を放つ。
  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
  会心の一撃。
  そんな笑みを女はした。しかしまたまだ甘い。
  「……っ!」
  大きく跳躍して雷を避け、そのまま弾丸の如く急降下して突撃。
  魔法を放って迎撃を出来る体勢ではない。
  「くぅっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  剣で受け止めた。
  「……面白い。ほほほ。まことに面白い」
  ますます惚れたぞ、女。
  跪かせて恐怖に震わせて、わらわの自慢の奴隷として教育したいものじゃなぁ。
  ほほほ。
  「フォルトナっ!」
  「またお前か」
  トカゲ。
  このトカゲがどういう繋がりが……わらわの仮初の人格とどういう関係があるか知らぬがウザイ。
  爬虫類は、あまり飼うのは好きではない。
  個人的な感性じゃ。
  「それで用件を、簡潔に述べよ」
  「フィフスをよこせっ! 偉大なる奪いし者がお望みなのだっ!」
  「フィフス……いかん、良い場面を見逃す」
  「フォルトナっ!」
  刃を振るい、襲い掛かってくるトカゲ。
  くっ、見物の邪魔をするのか。
  「良い所を邪魔するでないわ」
  ひゅん。
  「がぁっ!」
  「ほほほ」
  糸でトカゲの首を落とす。
  邪魔した報い。
  しかし哀しいかな、良い場面は見逃す事になった。フィフスが転がっている。
  ちっ。
  見逃した。
  トカゲめ、こんな事ならもっと残忍に殺してやるべきだったか。
  まあ、よい。
  そろそろわらわが相手をしてやるとしようか。
  全力で。
  「ほほほ」
  「それでフォルトナ、あんた何者? この間会った時と違うみたいだけど」
  「ほほほ」
  「お前誰だ?」
  この感覚がいい。
  この高揚がいい。
  久しく感じなかった、愉しい愉しい殺し合い。そしてその前に訪れる、会話遊び。
  至高の戦いの開始。
  至高の……。
  大きく手を広げて笑う。
  「怯えるがよいぞ」
  「……」
  「恐れるがよいぞ」
  「……」
  「わらわはアイレイド王家の王女を媒体として創り出されし、アイレイドの人形姫。全ての生命、全ての運命を掌握
  する権限が与えられし者。全てはわらわの思いのままに。全てはわらわが裁き、救う。慄くがよいぞ」
  「単純ばぁか」
  「貴様っ!」
  「伝説も神々もタムリエルじゃ大安売りバーゲンしてるぐらい、ありがたみはないのよ」
  これには心底、カチンと来た。
  これでも温厚で通っている、慈悲深いアイレイドの人形姫をここまで侮辱したのはこいつが始めてだ。
  奴隷に?
  するものか。
  するものかっ!
  どうぞ奴隷にしてくださいと泣いて哀願(エロにはあらずー)しても殺す。
  絶対に?
  絶対にっ!
  そんな葛藤を知らずに、女はさらに徴発する。
  「そろそろ終わりにしてあげるわよ、お姫様♪」
  「不届きっ!」

  「裁きの天雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  狙いが甘いっ!
  身を捻れば事足りる。その次の瞬間、お前の四肢を切り落としてやろう。
  にやりと笑う。
  しかし……えっ……?
  体の力が抜けていく。視線が固定される。あの中年は何だ、格好からして神父だが……
  くそっ!
  くそっ!
  くそっ!
  体が動かない、雷が迫ってくるっ!
  体が動かな……っ!
  ……おのれぇっ!







  《小娘め》
  《小娘め》
  《わらわの仮初の人格でしかないお前が、わらわに逆らうか。……まあ、よいわ》
  《いずれお前からわらわに体を譲ろうと考えるであろう》
  《その時は、殺意を解放せよ》
  《同じ体に住まう存在として、憎むべき者達を抹殺してやろう》
  《殺意を解き放て》












  ひんやりとした、場所にあたしは横たわっているのに気付いた。
  体を動かす。
  「……っ!」
  全身が痛む。
  激痛。
  痛みがあたしの意識を、覚醒させる。薄暗い、薄暗い場所。視界の端で黒い虫が壁を走った。
  ここ、どこ?
  気付けば粗末なベッド、と呼ぶ事すらおこがましい代物に横たわっているのに気付いた。
  体を起こす。
  ふと体を見ると気付いたのは、粗末な服装。
  まるで奴隷や囚人が……。
  「あ、ああ……」
  途端、自分の境遇に気付く。
  視界の先には鉄格子。
  着ているものは囚人服であり、体中が痛む理由が何かで乱打された後だという事に気付いた。
  ど、どうしてここにいるの?
  どうしてこんな場所に?
  「お目覚めか、この犯罪者」
  「あっ」
  看守なのだろう。まだ若い男が、それでも30代ぐらいの男が木製メイスを手に檻の向こうに。
  今は誰かと話がしたかった。
  鉄の檻に手を掛けると……。
  ガンっ!
  「……っ!」
  「檻にすがり付くんじゃねぇよ、獣」
  メイスで指ごと叩かれる。
  幸い折れてはないけど、痛みであたしは涙目になった。侮蔑する視線のまま、見下しながら言った。
  「俺はストング。見たとおりインペリアルだ」
  「あ、あたしは……」
  「長期収容者349番。それがお前の新しい名前だ。……お前の罪状は、まあ言うまではないわな」
  「……」
  何をしたんだろう?
  記憶がない。
  記憶が……。
  最後の記憶は……そう、マーティン神父様を毒殺しようとして……それで失敗して……飛び出して……。
  ……。
  それから、どうしたんだっけ?
  まるで思い出せないよ。
  まるで……。

  「懲役50年」
  「……えっ……」
  くらくらした。
  こんなところで……そんな……そんな……。
  これは罰だ。
  神父様殺そうとしたから、たくさん人を殺してきたから当然の罰なんだ。
  当然の……。
  「俺の定年まで仲良くしようぜ。せいぜい惨めたらしく泣きながら生きててくれよ。その人生に、貢献してやるからよ」

  「……」
  看守が去った後、あたしは自分の監房を見る。
  光差さぬ悪夢のような場所。
  「……ここがあたしの新しい居場所……」
  泣けてきた。
  あたしは号泣して……。