天使で悪魔





グレイランド 〜あの日に帰る〜





  誰かが言った。
  人は死ぬと一番幸せだった時に戻るのだと。
  夢がある、良い話。

  私はいつに戻るのだろう?
  私はいつ……。





  不思議な女性フィッツガルド・エメラルダと別れて私はさらに南下。
  魅力的な女性だった。
  ……いや。
  正確には不思議な女性だった。
  私が長年大事にしていた深紅の指輪を、自分でも神経質過ぎるほど大事にしていたあの深紅の指輪を惜しげもなく譲ってしまった。
  何故だろう?
  あの女性を見て私の心は震えた。
  あの女性を見て……。

  何者だろう?
  私の心は切ないような、恋しいような、奇妙な想いが心に過ぎった。
  どこかで会った気がする。
  どこだろう?


  まあいい。
  私は想いを断ち切った。どの道もう二度と会う事はあるまい。私は自分の運命を悟っている。
  南に逃げているのも、逃げ切る為ではない。
  深紅の指輪を譲ったのも奇妙な干渉だけではない。
  私は私の運命を受け入れた。
  ……私はただグレイランドで自らの幕を終える。それを漠然とどこかで感じていた……。






  「がっ!」
  「ぎゃあっ!」
  「……っ!」
  無数の白刃の間を潜り抜け、私は己が手の刃を振るう。
  悲鳴は三つ。
  崩れ落ちる音も三つ。
  「……ふぅ」
  私は安堵の息を吐く。
  刃毀れした自分の剣を地面に投げ捨てた。随分と人を斬った。もうこの剣は使い物になるまい。しかし問題はない。何故なら剣はその
  辺にたくさん転がっている。剣だけではなく弓矢などの武器もある。武器には困らない。
  無数に転がる死体。
  大抵はアルゴニアン。中にはカジートも混ざっているものの、アルゴニアンが主流だ。
  こいつらがおそらくブラックウッド団なのだろう。
  問答無用で襲ってきた一部隊を返り討ち。
  さすがに疲れた。
  全身汗だくだ。
  「よっと」
  銀製の剣を拾い、鞘に戻し、腰に差す。頂いておこう。
  ただし鎧は無理だ。
  何故?
  これはブラックウッド団の特注の鎧なのだろう。詳しくは分からないが、少なくとも全員同じ鎧がトレードマーク。
  こいつらの鎧を着込むのはさすがに目立つ。
  やめておこう。
  「他には、いないか」
  死屍累々。
  生きている者は少なくとも目に入らない。
  ここはレヤウィン近郊。
  レヤウィンは深緑旅団戦争で荒れているから隙間がある……とんでもない。
  ブラックウッド団の本拠地なのだろうから、危険極まりない。
  素通りしてグレイランドに向おう。
  素通りして……。
  「ん?」
  「……ち、ちくしょう……」
  トカゲの1人が動く。
  殺し損なったらしい。動こうとするものの、動けない。それはそうだろう。臍の辺りで体が千切れかかってるんだ。こいつは直に死ぬ。
  口から血の泡を吐きながら怨嗟の声。
  「……てめぇは、死ぬぜ……?」
  「そうか。その根拠は?」
  「俺達ブラックウッド団が追ってるからさ。脱獄囚のお前を殺せば、帝国からの恩賞はたんまり貰える。組織はお前を逃がさないぜ」
  「……」
  「せ、戦士ギルドのクソどもも動いてる。帝国軍もな。分かるか、その意味が?」
  「……」
  「も、もう、どこにも、逃げ場はない……」
  「……」
  ザシュ。
  無言で銀の剣を突き刺した。
  断末魔の声すらなくトカゲは絶命。部隊の最後の1人はこれで朽ちた。全滅だ。
  こいつは1つ勘違いしていた。あえて言葉を否定はしなかったが、1つ決定的に間違えていた。
  私が逃げる?
  私が?
  「逃げる気なんて毛頭ないよ。私は、ケジメをつけたいだけなのさ」

  それだけ。
  それだけだ。
  結局、南に逃げたのもその為でしかない。グレイランドに辿り着きたい、そして見る。私が閉じ込められている間に村に何があった
  のかを。そこで何かをするつもりはない。ただ、辿り着きたい。
  それだけだ。
  それだけ。
  「いたぞぉーっ!」
  「ちっ」
  響く甲高い声。
  小さく舌打ちし、私は剣をだらりと下げたまま眼前に現れた連中を見据える。
  今度は帝国軍らしい。
  数にして8名。当然ながら本隊ではなく、先発隊のようだ。
  ここで蹴散らして早々に消えるに限る。
  こんなところで考え事をしていた私が招いた面倒だ。とっとと始末して、行方をくらます必要がある。さすがに帝国軍の皆様と全面対決
  するだけの体力はない。
  チャッ。
  剣を強く握り締める。
  視線は相手を見る、それから地形を確認し、大地に散らばるブラックウッド団の武器の類を見る。
  武器の代えはたくさんある。
  ならば、今私が手にしている武器を後生大事に持っておく必要はない。
  帝国兵はインペリアル。
  ……まあ、普通だな。
  帝国兵の構成員はほぼ大抵はインペリアルだ。文官には他種族が混ざっているが。
  さて。
  「我々はヴァルガ将軍(反乱ごっこの終焉参照。キルレインと組む事により将軍の地位を狙っていた。現在は昇進し将軍)の指揮下の
  部隊である。脱獄した囚人よ、降伏するならばよし。しかし降伏せぬのであれば……はぐぅっ!」
  「悪い。急ぐのでな」
  「……ひ、卑怯……」
  ドサ。
  剣を腹に差したまま、高らかに演説していた帝国兵は大地に沈む。
  御託はいらない。
  どの道喧嘩になるのだから、数はとっとと減らすに越した事はない。ゆったりとした動作でブラックウッド団の遺品の剣を拾い、帝国の
  部隊に向き直る。数の上で有利に立ちながらも顔色1つ変えない私に畏怖を感じたのか、ざわめく。
  根性なしめ。
  「掛かって来い、とっとと」
  『……』
  「私は降伏する気はない。降伏したところで永遠に監獄か、死刑。どの道明日はない。掛かって来い」
  『……』
  監獄生活で少々性格は歪んでいるのはご愛嬌。
  今更戻って溜まるか。
  私を止めるには、殺すだけ。生きて監獄には戻らない。私が最後を迎える場所は……。
  「来いっ!」
  『帝国の為にっ!』
  そして……。






  血を。
  血を。
  血を。
  たくさんの血を振り撒いて私は向かう。そこは思い出の場所。始まりの場所。
  ヴァレンウッドでの様々な想いを込めて作り上げた村グレイランド。
  私は連れて来たつもりだ。
  ……アイリーンの魂も。

  私はそこに帰りたい。いや、そこに帰ろう。
  アイスマンの救出の真意は再起の為か、それとも昔の友人を助けたかったのか。それはよく分からない。ただ、私は思うのだ。
  グレイランド。
  そここそが私が唯一最後を迎えられる場所ではないかと。
  そここそが……。





  「……随分と、まあ、綺麗になくなったものだ……」
  追撃をやり過ごし私は無事に到達した。
  レヤウィン?
  いや。
  かつてはレヤウィンの領内にあった村グレイランド。私はそこに佇んでいた。地下監獄でユニオに聞いたとおりだ、建物が一軒残って
  いるだけ。後は綺麗さっぱり更地……いや、草原が広がっているだけ。
  一軒だけ残るあの建物。
  あの建物を拠点に、帝都動乱の後からずっとカイリアスはスクゥーマ販売していたのだろう。
  あそこがカイリアス終焉の地か。
  エルズもスキングラードで死んだ。クレメンテはあの時、私の目の前で死んだ。
  皆、死んだ。
  生き残っているのは私、アイスマン、ユニオ。
  この村で生き延びた他の住人は帝国への反旗を起こす前に逃がした。鉱山ギルドから得た報奨金を、路銀として渡して。
  今、ここを村と認識している者は数少ない。
  当時を知る私達だけだ。
  そしてその当時の事実は、真実にはならない。帝国が情報を統制しているからだ。グレイランドは村ではないし、10年前の帝都動乱も
  ありえない。『選ばれしマラカティ』も存在しないし、おそらく私の存在そのものもない。ゼロ。私は幽霊だ。
  だからこそ。
  だからこそ私は地下で腐っていた。
  処刑するにも存在しない人間なのだから仕方がない。個として存在しない、つまりは、罪科も存在しない。
  そういう事だ。
  「残ったのは、思い出だけか」
  しかし追憶もいつまでも留まっている訳ではない。
  雄大なる時の流れの中では風に舞う塵芥に過ぎない。それでも私は記憶に留めよう。
  それが思い出。
  それが……。

  「誰だ?」
  押し殺した声で誰何する。
  いつでも抜刀出来るように瞬時に構える。
  冷や汗が頬を流れる。
  周囲は風の音と虫の声に支配されているだけで人の気配はしないものの……誰かいるのは確かだ。尋常じゃない殺意を感じる。
  ……何者だ?
  鋭い殺意と、まるで血でむせ返る様な空気に包まれた気がした。潜んでいる者はよほど血生臭い所業の人物なのだろう。
  息をするかの如く人を斬る。
  つまり潜んでいる者にとって人の死を演出するのは日常茶飯事というわけだ。
  まあ、私も変わらんか。
  今だってブラックウッド団&帝国軍の部隊を蹴散らした。
  大勢の死を演出した。
  人の事を言えるほどの善行は行っていない、か。
  「誰だ?」
  すらり。
  剣を抜く。魔法が使えれば気配のする辺りに問答無用で叩き込むのだが、あいにく魔法は使えない。
  ……何者だろう?
  ただ、言えるのは帝国軍ではないという事だ。
  ブラックウッド団?
  違うな。
  あの連中は少し腕の良い傭兵、その程度だ。むしろ腕よりも人海戦術で私に向かって来た。つまり質より量、という概念なのだろう。
  ブラックウッド団ではない。
  もちろん戦士ギルドでもないだろう。
  何者だ?
  「……随分と勘がいいじゃねぇか。俺の気配を感じるなんざ、なかなか出来る。くくく」
  「……」
  茂みの中から現れたのは、黒衣の男。
  野性味の溢れる笑みを浮かべる男だった。年の頃なら30代……もしかしたら20代後半か。いずれにしてもその辺だろう。
  腰にはアカヴィリ刀。
  背には漆黒の剣を差してある。
  「誰だ?」
  「くくく」
  「……斬るぞ?」
  「くくく。そいつはご挨拶じゃないのか、マラカティさんよ。……誰が助け出したと思ってんだ?」
  「何?」
  「くくく」
  スタスタと歩み寄ってくる黒衣の男。
  野性味溢れる笑みを浮かべたまま。手は組んだまま。しかし私は警戒を緩めない。それどころか露骨に身構える。
  バッ。
  大きく後ろに飛び、一歩、一歩、一歩……計三歩下がってから止まった。
  相手も止まる。笑みは消えていた。
  「随分とまあ、警戒してくれるじゃねぇか」
  「貴様誰だ」
  「お初にお目に掛かる。俺様の名はデュオス。黒の派閥の総帥さ」
  「黒の派閥?」
  「帝国の腐敗を荒療治で終わらせる正義の集団。……くくく。そう言ったらお前さんは信じるかい? くくく」
  「……」
  聞いた事のない組織だ。
  もっとも元々そういう知識はないが。仮にあったとしても10年は監獄の中で腐ってた。反政府組織も様変わりするし、新しいのも
  増える。ただそれだけの事だ。私はその事に関してはそれ以上は考えない事にした。
  黒の派閥、ね。初めまして。御機嫌よう。
  ……で?
  それがどうした?
  「貴様誰だ。私はそう言った」
  「答えたろ」
  「敵か、味方か」
  「……ああ。そういう事か」
  「……」
  頭の中で声が響く。
  危険。
  危険。
  危険。
  キルレインの言葉が正しいとしたら、ユニオの言葉が正しいのであれば。私は偉大なる故ユリエル・セプティム皇帝陛下の遺伝子を
  継ぐ、九大神の主神アカトシュの恩恵を受けたスーパー人間。
  さらにブレイズの訓練を受けた最強戦士。
  オーガでも素手で一捻りだ。
  巨岩だって拳で叩き割れるぞ。……まあ、冗談はおいといて。
  「……」
  「くくく」

  本能が警告している。
  危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険
  危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険危険っ!
  相手は腕組みしたまま。
  それでも。
  それでも、その気になれば剣ごとと私を両断できるような気がしていた。
  剣ごと?
  ……剣ごとだ。
  相手の持っている剣が魔法を帯びた魔力剣なのかは知らないが、漠然とそう感じていた。
  「くくく」
  「それで何用だ」
  「ご挨拶だな。アイスマンの依頼を受けて兵力貸したのは俺だぜ?」
  「それは助かる。で?」
  「くくく。嫌いじゃないぜ、そういう……なんて言うんだ、気合か? 迫力か?」
  「虚勢さ」
  「くくく。正直だな、お前」
  「身の程は弁えている」
  「くくく」
  「……」
  デュオスは強い。
  その強さは純然たる戦闘能力?
  ……違う。
  何というか、信念……だろうか。もちろんその信念は狂気と紙一重。これがこの男の原動力だろう。そして何をするか分からないその
  凄みが、この男の不気味さを際立たせている。
  出来るなら戦いたくない相手だ。
  出来るなら?
  いや。
  選べるなら、戦いたくはないな。
  「それでどうして私を助ける手助けを?」
  「良い質問だ。実はお前自身に興味があったんだよ。お前の持ち物にもな。だが、お前に会う必要を感じていたのは確かだ」
  「……?」
  「アイスマンの才覚を使うにも協力する必要はあった。何故だと思う? 深遠の暁との連動だけでは皇帝を抹殺出来なかった。そこで
  役に立ったのが至門院残党を取り込む事だった。連中が残した皇帝暗殺の土台があればこそ、爺を殺せた」
  「……」
  「アイスマンはその筆頭だよ。奴の知識は使える。……いいや、使えた。皇帝暗殺時にお前を故意に救出しなかったのは、今日この日
  まで利用する為だった。分かるか? 何故こんな事を言うのか。答えは簡単だ。お前にもアイスマンにももう用はないからだよ」
  「私とお前、何の接点がある?」
  「接点か」
  すらり。
  腰のアカヴィリ刀を抜く。
  ブォン。
  何かの魔力剣なのだろう。邪悪なまでに禍々しい黒い波動が剣を覆っている。
  私は構えるものの、この剣で刃を交える事すら出来まい。
  「マラカティ。いやレヴァンタン? まあ、どっちでもいいか。お前はここで殺す。そして遺品を頂くとしよう」
  「くっ!」

  「お前が生きていたんじゃ俺の大義名分が成り立たねぇんだよ。……悪いな、弟よ」
  「……」
  それが最後の言葉だった。
  それが……。













  「王者のリングを持ってないだと?」
  「はい。若」
  マラカティの遺体をくまなく探すヴァルダーグを、冷たく睨みつけるデュオス。
  黒の派閥の総帥デュオス。
  今回、アイスマンに手勢を貸し与えた人物。アイスマンは純粋にマラカティの救出の為に手を結んだに過ぎないものの、デュオスは
  王者のリングの強奪、そしてマラカティの抹殺が目的だった。
  何故抹殺?
  答えは簡単だ。
  デュオスとマラカティは異腹の兄弟。
  ともに皇帝の遺児。
  黒の派閥を率いて帝国を崩壊させ、新政権を成り立たせるには皇帝の遺児は2人もいらない。
  だからこそ。
  だからこそ、デュオスは皇帝の遺児を探し出しては抹殺している。
  もちろん大抵は自分が皇帝の遺児だとは知らない者達だ。いずれにしても皇帝の血筋は急速に根絶やしにされつつあった。
  「申し訳ありませぬ、若。……情報では確かに……」
  「まあ、いい」
  「しかし……」
  「くどい」
  「……」
  「ないモノは仕方あるまいよ。……王者のリングがあればキャモランを出し抜けるとは思ったが……まあいいさ」
  すらり。
  背の剣を引き抜く。
  ブォン。
  禍々しい紫色の光を放つ、魔剣。
  「シャルルが手に入れた魔剣ウンブラ(それぞれの明日参照)があればキャモランは出し抜ける。同盟しているとはいえ深遠の暁
  如きカルト教団などに大きい顔をされてなるものか。くくく。そうだろう?」
  「御意に」
  「くくく」
  黒の派閥。
  深遠の暁。
  双方ともに同盟関係。……いや。互いに利用し合う関係。
  常に虚々実々を張り巡らせ、互いに優位に立とうとしている。何故ならどちらも最終的な目的はタムリエル支配。
  両組織は相容れない間柄。
  「マラカティさんっ!」
  その時、遺体に走り寄る人影。
  アイスマン。
  唯一生き残っていた、マラカティの仲間。至門院の残党であり、先の深遠の暁による『皇帝暗殺』を画策した男。今現在は黒の派閥に
  協力する形になっている。その代わりに今回戦力を借り受けマラカティ救出に尽力を尽くした。
  明晰な頭脳。
  しかし友を思うその心が余裕を失わせ、焦りを生ませ、道を誤った。
  デュオスを信じるという愚策を犯した。
  賢者の失態。
  「これは……どういう事ですか、デュオス殿っ!」
  詰め寄るアイスマン。
  側近のヴァルダーグが口を開こうとすると、デュオスが手で制した。
  「すまんなアイスマン。お前の主は女に殺された」
  「女に?」
  「そうだ」
  「その者の名をお教えくださいっ! ……必ず殺してやる……っ!」
  「その者の名はフィッツガルド・エメラルダ」
  「フィッツガルド・エメラルダ」
  「……ああいや。嘘だ。殺したのは俺様だ。奴が邪魔だった、そしてお前も用済みだ。ウンブラに魂を食われるがいいさ、陰謀屋」
  「デュオスっ!」
  ブン。
  魔剣ウンブラが一閃される。胸から血飛沫を上げてアイスマンはよろめき、そのまま後ろに倒れた。斬られた瞬間に肉体が紫色に包ま
  れる。切り裂いた者の魂を食らう魔剣。今、彼の魂は魔剣に食われた。
  嘲笑を浮かべるデュオス。
  「悪いな。お前の復讐心を利用しようとは思ったが……人材は足りている。お前の頭脳は役に立った。だがそれももう終わりだ」
  「……」
  「あばよ。頭が良過ぎる奴は油断ならんからな。お前の協力は一生忘れんよ。……くくく」
  「……」
  アイスマンは目を見開いたまま既に息絶えていた。
  その魂は天に?
  その魂は地に?
  ……いや。
  魂は魔剣ウンブラに貪られる。そして魔剣は更なる魔力を得るのだ。
  「若、何故ですか?」
  「アイスマンの処分か?」
  「はい」
  「黒の派閥に組み込んだ至門院の残党は、ディルサーラを再び女王に据え付けようと画策している節がある。ディルサーラにその気
  がなくても面倒な展開なんだよ。アイスマンは至門院の頭脳の筆頭。……生かしておくべきじゃあない」
  「なるほど」
  「それにあいつは弟に……いや、マラカティに対して忠誠が強過ぎた。味方の内はいいが、敵に回った場合にあの頭脳は面倒だ。だか
  ら消したんだよ。後腐れないようにな」
  「御慧眼、感服しました」
  「くくく。退くぞ」
  「はっ」














  ……ここはどこだ?
  ……ここは……。
  そこは見覚えのある場所だった。グレイランドに似ているものの、少し異なる。そこはヴァレンウッドの村。
  そう。
  今いる場所はアイリーンが住んでいた村トォルーソー。
  私は進む。
  ゆっくりとゆっくりと私は歩く。
  見覚えのある人々が私に集まってくる。私を囲むように、集ってくる。
  「ようやく来たか、大将。……遅いぜ正直。まっ、精一杯生きたわけだ。後腐れなく、後悔なく生きたか?」
  「神の意思は分からないけど、あれはあれで1つの私の人生だった、そう思う事にしてるよ」
  「兄貴、久し振り……」
  「ウダウダ喋ってんじゃないよクレメンテっ!」
  見覚えのある仲間達。
  これは夢?
  これは幻?
  これは……。
  「また会えたね、マラカティさん」
  「……」
  夢だろうが。
  幻だろうが。
  妄想だろうが何だろうが知った事か。私は帰ってきた、帰ってきたんだ。
  私の人生が何だったのかは分からない。
  誰の為に必要な人生だったのかすら当然分からない。しかし私は生きた、私は私の人生を精一杯生きた。
  それでいい。
  それでいいんだと思う。
  私は志半ばで果てた、しかし私の意思を……いや、意思じゃなくてもいい。私の生き様を誰かが知り、記憶の中に留めてくれている。
  例えばフィーだ。
  彼女は私の存在を、多少なりとも、何らかの形で糧にしてくれるに違いない。
  それでいい。
  それでいいんだと思う。
  これで私の役目は終わった。
  役目の形や意味は分からないものの、私は私の役目を成した。私は生きた、精一杯生きた。それだけの話だ。それだけの……。
  目の前でアイリーンは微笑んだ。
  「お帰り、マラカティさん♪」
  「ただいま」



  ……そして私の魂は、あの日に帰る……。














  物語の流れをより深く知る為に『帝都動乱編 〜予備補足〜』を読む事をお勧めします。


  なお冒頭の『人は死ぬと一番幸せだった時に戻る』は確か映画グリーンマイルの台詞だったような……ともかく、うろ覚えですが引用
  させて頂きました。もしかしたら全然関係ないのかもしれませんが、そんな感じでよろしくお願いします。