「は……?」
こいつは何言ってるん。
思考が一瞬吹っ飛んだ。
「つまり、何」
「説明を求める!」
クロが頭を抱え、シロが声を張った。
「言葉のままの意味さ」
説明になってない説明をして、それじゃ、とDr.は片手を上げた。
「ちょ――ちょ、『それじゃ』てなんなん?!」
「言葉通りさ」
Dr.の体が、空間に溶けるようにして消えていく。
「待ちぃよ!」
叫んでも、それを打ち消すようにDr.の体は人工空に消え失せた。
◇ ◆ ◇
あさみは、キナコからA.m.がDr.であったこと。またそれを取り逃がしてしまった旨のメールを受け取っていた。
(またかよぅ……)
Dr.と別れて、自分の部屋に戻ってきたところでこの便りである。当然彼女の機嫌も悪くなる。
――なんなん、ほんま。
いらつく気持ちを抑え、メールを読み進める。ある部分であさみの指がぴたりと止まった。
一体どういうことなのか。
Dr.の言動が余りにも電波で支離滅裂過ぎて、訳が分からない。
――俺みたいな人間が……。
「ってお前げなのが何人もおって堪るか、ドアホ」
誰知らず呟いて、乱暴に携帯を閉じる。あんな馬鹿天才が二人三人も居たらそれこそ世界は破滅する。
先日のウイルス騒ぎを思い出しながらそう思う。
パソコンに向き直り、あさみはいつも通りサイバーポリスにログインしようとした。
恨むべくは言霊か、それともここぞとばかりに活発すぎる空気か。いや今はそんなことどうだって良い。
頭が瞬時に沸騰して、キーボードクラッシャーになりそうなところを寸前で押しとどめる。
画面にはあさみをあざ笑うかのような赤い文字。
――ログインエラー。
――パスワードが間違っています。
そんなはずはない。確かに今朝は「裏道」で行ったために使わなかったが、けれども自分が毎回使うパスワードである。間違えるはずがない。
思い当たる可能性はただ一つ。ふと、あの時の巨人を思い出して、ああ、このためだったのかと納得がついた。
「あいつか……」
あの馬鹿天才ならやりかねない。
苛立ちを抑えきれない声で呟き、コードを手に取る。「正攻法」が駄目でも「裏道」がある。
――俺みたいな……。
「まさか」
消え入りそうな声で言って、手に取ったコードと対峙する。そして何か決意したようにそれを置くと、ふう、と息をついて椅子に座った。
心が驚喜している。けれど、同時に言いようのない恐怖も感じていた。
◇ ◆ ◇
「おっかしーな」
何度かメールを打ってみたが返事がない。普段なら1分もしないで返事が返ってくるのに。
歯がみしながら携帯の画面を見つめる。
とりあえず、メールは役に立たないと見た。パソコンを立ち上げる。
こうなったらサイポリで連絡を取るしかない。会える確率は限りなく低いけど。
サイポリを立ち上げた途端、私はパソコンの画面に釘付けになっていた。
どういうことだ。これは。
声が出ない。
そこには、いつものサイポリのトップページ。それは良い。「クエスト」で一時出入り禁止になったユーザー名の蘭が、目立たない下の隅にある。
問題はそこだった。
どうしてそこに、アーサの名前がある。
Dr.がハッキングをかけて、データを改竄させたのだろう。恐らくは。
――つまり、アーサはICに来ることが出来ない。
少なくとも、この騒動が収まるまでは。
舌打ちを打つしかない自分が、心底無力に見えて、私は唇をかみしめた。