Novel

サイバーポリス - 8

「は……?」
 こいつは何言ってるん。
 思考が一瞬吹っ飛んだ。
「つまり、何」
「説明を求める!」
 クロが頭を抱え、シロが声を張った。
「言葉のままの意味さ」
 説明になってない説明をして、それじゃ、とDr.は片手を上げた。
「ちょ――ちょ、『それじゃ』てなんなん?!」
「言葉通りさ」
 Dr.の体が、空間に溶けるようにして消えていく。
「待ちぃよ!」
 叫んでも、それを打ち消すようにDr.の体は人工空に消え失せた。

◇ ◆ ◇
 あさみは、キナコからA.m.がDr.であったこと。またそれを取り逃がしてしまった旨のメールを受け取っていた。
(またかよぅ……)
 Dr.と別れて、自分の部屋に戻ってきたところでこの便りである。当然彼女の機嫌も悪くなる。
 ――なんなん、ほんま。
 いらつく気持ちを抑え、メールを読み進める。ある部分であさみの指がぴたりと止まった。
 一体どういうことなのか。
 Dr.の言動が余りにも電波で支離滅裂過ぎて、訳が分からない。
 ――俺みたいな人間が……。
「ってお前げなのが何人もおって堪るか、ドアホ」
 誰知らず呟いて、乱暴に携帯を閉じる。あんな馬鹿天才が二人三人も居たらそれこそ世界は破滅する。
 先日のウイルス騒ぎを思い出しながらそう思う。
パソコンに向き直り、あさみはいつも通りサイバーポリスにログインしようとした。
 恨むべくは言霊か、それともここぞとばかりに活発すぎる空気か。いや今はそんなことどうだって良い。
 頭が瞬時に沸騰して、キーボードクラッシャーになりそうなところを寸前で押しとどめる。
 画面にはあさみをあざ笑うかのような赤い文字。
 ――ログインエラー。
 ――パスワードが間違っています。
 そんなはずはない。確かに今朝は「裏道」で行ったために使わなかったが、けれども自分が毎回使うパスワードである。間違えるはずがない。
 思い当たる可能性はただ一つ。ふと、あの時の巨人を思い出して、ああ、このためだったのかと納得がついた。
「あいつか……」
 あの馬鹿天才ならやりかねない。
 苛立ちを抑えきれない声で呟き、コードを手に取る。「正攻法」が駄目でも「裏道」がある。
 ――俺みたいな……。
「まさか」
 消え入りそうな声で言って、手に取ったコードと対峙する。そして何か決意したようにそれを置くと、ふう、と息をついて椅子に座った。
 心が驚喜している。けれど、同時に言いようのない恐怖も感じていた。
◇ ◆ ◇

「おっかしーな」
 何度かメールを打ってみたが返事がない。普段なら1分もしないで返事が返ってくるのに。
 歯がみしながら携帯の画面を見つめる。
 とりあえず、メールは役に立たないと見た。パソコンを立ち上げる。
 こうなったらサイポリで連絡を取るしかない。会える確率は限りなく低いけど。
サイポリを立ち上げた途端、私はパソコンの画面に釘付けになっていた。
 どういうことだ。これは。
 声が出ない。
 そこには、いつものサイポリのトップページ。それは良い。「クエスト」で一時出入り禁止になったユーザー名の蘭が、目立たない下の隅にある。
 問題はそこだった。
 どうしてそこに、アーサの名前がある。
 Dr.がハッキングをかけて、データを改竄させたのだろう。恐らくは。
 ――つまり、アーサはICに来ることが出来ない。
 少なくとも、この騒動が収まるまでは。
 舌打ちを打つしかない自分が、心底無力に見えて、私は唇をかみしめた。