Novel

サイバーポリス - 5

「ふー。いっぱい買ったね」
 確かに私の両手には膨れた買い物袋、だがみっちゃんの手は彼女のバッグ以外何も掴んでいない。ああ困った困ったとあからさまな態度をとられて、見るに見かねて手伝った結果がこれである。
 みっちゃんは相変わらずで、あれから買い物をしたりカラオケに行ったりで、「アヤシイ男」、ひいてはIC関連の話にすらまったく触れてこようとしなかった。
 ――本当、一体何のために海老名に来たんだろう。
「満足しとるのはみっちゃんだけやで」
 みっちゃんに付き合ったせいで、来てから大分時間が経っていた。外が薄暗い。
「えー、そう?」
 先を歩いていたみっちゃんが振り向いた。そんな不思議そうな声を出すな。こっちはくたくたや。
「そうや」
「だって楽しかったじゃんよ」
「いやいやいや。まず目的が違っとるやん」
 ここに来た目的は互いの情報交換やろ。
 もう駅は目の前だし。
 みっちゃんがじゃあね、と手を振りかけて、あ、と口を開いた。
 ベンチに移動して、みっちゃんはどかりと座り込み、ふうと息を吐いた。
 けど結構満足そうな表情をしている。本当に楽しかったんやね。
 ――こっちの方が疲れてんのやけど。
「そうだそうだ、言うの忘れてたよ」
 みっちゃんは言う。いやなら早く言ってよ。私はみっちゃんの隣りに荷物を置いて、背伸びをする。
「その前に口閉じい、随分な間抜け面すぎて目も当てられん」
「口閉じたらしゃべれないよ! それでね、ドクターから聞いた話なんだけどね。例の奴がサイポリユーザーの個人情報を外に流したっぽくてさあ」
 いまさらっとすごいことを言わなかったか。
「はぁ!?」
 一瞬遅れて、頭を誰かに殴られたかの様な衝撃が伝達される。奴が、そんな。
 それでうち大変なのよ。とみっちゃんはぼやく。
「あーみっちゃんのおとんって」
 誰かに緩く首を絞められているような気がした。息がし辛い。
 罪悪感で、胸がいっぱいになる。
「そうそ。ホロゴ、サイポリを生み出した、株式会社エヴィのCGデザイナーなのです」
 妙にかしこまった口調で言って、はあ、とみっちゃんはため息を吐いた。
 ――私のせいだ。
 あの時に捕まえていなかった、私のせいだ。
「それで、奴のことを便宜的にA.m.って呼ぶことにしてね」
 みっちゃんのどうでも良い情報を聞き流し、私は唇を噛んだ。
「そか」
 返すのがやっとで、頭の中では自分を責め立てる文句が渦を巻いていた。ぐず、のろま、とんま。
 お前があの時仕留めなかったからこんな事になったんだ。
 お前のせいだ。
 ぐっと両手を強く握って、唇を噛んだ。
「きなちゃんのせいじゃないよ」
「うん」
 返すのがやっと。ごめんね。
「これはA.m.が勝手にやったことだから、気にしなくて良いよ」
 みっちゃんの優しい言葉が身に沁みるよう。なんかほっとする。
「ありがとう。……ところでA.m.って誰?」
「さっき説明したじゃんよ!」
「聞いとらんかった」
 きなちゃんってば意外なところで天然だね。みっちゃんがそう呟くのが聞こえた。

 別れ際、空の暗さにため息を吐いた。
 駅の前で話し込んでいたのが主な原因だ。
「まあ、お前のことやからさして心配しとらんかったが」
 そして家に帰って遅れた弁明をするなり、母のこの一言である。酷い。
 もうはーとぶれいくや。
「娘の心配とかせぇへんの」
「なんでうちが心配せんとあかんのや」
 なんかもう、反論する気すら起きない。話していると気分がへこむ。沈むのではなく、へこむのだ。
「もうええ、寝る」
「夕飯は」
「いらん」
 自分の真っ暗な部屋に入る。明りをつけてベッドに座った。
 パソコンをつけ、インターネットに接続した。A.m.が本当に情報流出をしでかしたのなら、それを止めるのは私の役目だ。
 ICにログインしようとしたところで、ポケットの中で携帯が震え始めた。
「はいもしもし」
『あ、きなちゃん?』
「なんやの、もうくったくたなんやけど」
『あのね、A.m.の事なんだけどね』