Novel

サイバーポリス - 4

  ◇ ◆ ◇
 海老名でキナコたちがふざけあっていた頃より時間は少しさかのぼる。
 今、十時半だ。
 秒針の音がかちかち鳴っている。あさみはベッドの上で体育座りをしていた。朝食はもう済ませてある。
 机の上の暗いディスプレイを見つめたまま、ただじっとしている。
 じっとしていると、秒針の音だけでもうるさいように聞こえた。
 あさみはふらりと立ち上がり、吸い寄せられるように机に歩み寄った。机の上には、当然のように液晶やらキーボードやらマウスやらが鎮座していて、そのせいでここが「勉強するための机」であることを危うく忘れそうになる。  椅子に腰掛けると、ホログラム・ゴーグルをかけ、机の上に散らかる用途の分からないケーブルのうちの、マウスの横に伸びている黒い一本をつかんだ。
 右のこめかみを掻き上げる。触ると、ざらりとした不快感。そこには丁度USBケーブルが入りそうな窪みがある。そこにケーブルを”差し込む”。
 意識が遠のくような感覚におそわれる。眠くなったときとは違う、心地の良い感覚。ゆっくり目を閉じる。

 目を開けると、そこはアルファベットと数字と記号で出来た世界だった。
 時計の秒針は静かだ。
 部屋の姿見に自分を映す。自分の姿に付随するように、半透明のステータスウィンドウが現れた。そこには赤いケープに、金髪の少女が佇んでいた。
「アーサ」が、そこにいた。
 ただ、顔の作りはそのまま、アジア系のまんまである。眠たそうに半分閉じた目、真一文字の口。だから違和感がある。
 というか、単なるコスプレイヤーだ。
 まあ、姿見を見ていてもこの格好が変わるわけがないのだから。ため息を吐いて、鏡にもたれて床に座り込む。床はひんやりとしていた。それがおかしくて笑った。
 ここは「ゲームの中の世界」。
 それに感覚があるというのだ。
 あさみはゲームの、ひいては電子の世界に意識を飛ばすことが出来る。
 今頃体の方は机に伏せるようにして眠っているように見えるはずだ。ただ、長い時間意識が離れていると、体が不調をきたすのは経験から知っていた。
 どういう原理なのかは、まるきり分からなかったけれど。
「さて」
 折角来て何もしないのはつまらない。この部屋にドアという建具はないため、アーサは窓から、ひらりと飛び降りた。ちなみに彼女の部屋は二階である。現実世界であれば自殺行為と取れるその行為でも、架空世界では違う。
 アーサは軽い足どりで〈繁華街〉へ向かった。
 そこなら人が多く集まるから、「アヤシイ男」の情報も自然と集まるだろう。そんな漠然とした考えからだった。
 視線の内に、重装甲の人物が映り込む。アーサはおもしろ半分にその人物に近寄った。
「東組か?」
 そう声を掛けたのは、〈繁華街〉へ向かう道中の事である。
「そう言うお前は西組か」
「おう」
 やりすぎだろと思うぐらいの重装甲に、半透明の、パズルを組み合わせたような盾。全体的に寸胴な体型、最後にゴーグルみたいなメガネ。間違いない。
 東組にここまで用心深い人物は一人しか存在しない。
「Dr.じょな」
「そう言うお前はアーサだろ」
「ほうじょ」
「なにしに……って訊くまでもないか」
「負けましたなぁ? え?」
 Dr.の舌打ちする音が聞こえた。それが思い切り悔しそうで、アーサには愉快でならなかった。
「次は絶対譲らないからな」
「ほっほう」
 西組と東組はクリアしたクエストの数を競っている。そのせいか二人は犬猿と呼んでも良いような関係にあった。
「『アヤシイ男』、逃がしたんだって?」
「相変わらず早耳じょ」
 別に驚くことではない。情報伝達が早いのがインターネットの売りである。そして「サーバーポリス」はそのインターネットに接続可能なゲームだ。
「相方の不手際だってな」
 その一言にアーサの神経は逆立った。
 二人はしばらく一緒に歩いた。どうもDr.の行き先も〈繁華街〉らしい。その行動もアーサの琴線に触れるようで、不快だ。
「おんしゃー」
 アーサが拳銃を向けて威嚇すると、相手は緩慢な動作で両手を挙げた。
 唸るようにアーサは言う。
「次キナコのこと侮辱してみろ、あがが許さん!」
 Dr.が乾いた笑い声を上げた。
「はいはい、いい加減にしときます」
「しばいたろか?」
「冗談。ウイルスを二人だけで掃討したんだって? すごいコンビネーション」
「まあなぁ」
 連携を褒められて、少し上機嫌になる。アーサは単純だった。拳銃を下ろす。それでも指はかけたままぐらいの警戒心というか、相手に対する不信感というか、そんなようなものは残っていた。
「と、与太話はこのくらいにして」
「どこが与太話よー!」
「まぁまぁ」
 引き金の指にかける力を強くする。次に何か言ったらゴーグルを打ち抜いてやろう。
「『アヤシイ男』。めんどくさいからA.m.としよう」
「朝か」
「Ayasii Manだ」
「そえを言うならMystery Manっしょ!」
「そうともいう」
 あれ何の話をしていたんだっけ。ああもうDr.のせいで内容がよく分からなくなったええい一発殴らせろ、っていうかもうもう頭ぶち抜いて良いよね。
 アーサがそんな危ない思想に陥っているのに気付いたのか、Dr.がようやく話の軌道修正を始めた。
「まあ、そのA.m.がICの情報を外にバラしたことが分かってな」
「は?」
 事態はアーサが思ったよりも大事になっているらしかった。
◇ ◆ ◇