ポケモンセンターを出たはいいが。
(はて、カノコタウンへはどういけば良いのでしょう)
レギはポケモンセンターを出てすぐ、呆然と立ち尽くす羽目になった。なにせ土地勘のないイッシュ地方だ。元々方向音痴なレギがふらふらと歩き回ったら、どうなるかわかったものじゃない。
足を小突かれ、そちらを振り向く。
何かパンフレットのようなものをくわえたブースターが、レギを見上げていた。
「それは、イッシュの地図ですか?」
レギが問うと、ブースターは頷いた。
ブースターがくわていた地図(おおかた受付にあったものを、ジョーイさんに取ってもらったのでしょう)を受け取り、現在地とカノコタウンの位置を確認する。
「さて、行きましょう」
ブースターをモンスターボールから出したまま(だってそうしないと迷うんですよ)、レギはカノコタウンに向けて足を進めた。
「……ブースター、ここどこですかね」
地図を広げ、辺りを見渡す。鬱蒼とした森。
地図通りに行っているなら、ここはヤグルマの森のはずだ。
「あって、るんですよね」
歩きだそうとして、背中越しに伝わる振動。レギは思わず硬直する。直後音もなくしゃがみこみ、背負っていたリュックを下ろす。ブースターはもう慣れたことと、冷めた目で主人を見つめている。
レギはリュックから淡いピンク色のタマゴを取り出し、そっと地面に置いた。中からはコツコツ叩く音が聞こえて、タマゴはふらふらと危なっかしく揺れている。
突然光り輝いたかと思うと、タマゴはポケモンの形を作ってゆく。それは進化の様子によく似ていた。
「プク!」
発光が収まり、光が形作ったそれは、ままごとポケモンのピンプクだった。
レギはピンプクの能力を分析するべく、図鑑を起動させた。
(流石の耐久性ですね。攻撃もなかなか……わざは、いやしのすず、プレゼント、ゆびをふる、とっておき。回復攻撃両方をこなせますね、若干運頼みなのがネックですけど)
ここまでの思考を短時間で行い、レギはブースターに声をかける。
「大した後輩ですよ」
声をかけた時には、ブースターはピンプクとじゃれあっていた。
その光景に癒やされつつ、ピンプクのデータを何とはなしに眺めていると、重要なことが目に飛び込んで来た。
――ピンプク まよいのもりでタマゴからかえった――
「まよいのもりって、ここどこですか……」
どうやらまた方向音痴を発揮したらしい。そのことを理解するのに時間はかからなかった。とりあえず生まれたてのピンプクをボールにしまう。勝手に出てきたがまあしょうがない。まだ生まれたてだ。
「とにかく人を探して話を聞きましょう」
レギの言葉は結局実行されずに終わった。方向音痴が動き回ると余計に面倒臭い状態にしかならない。
地図を広げて、まよいのもりを探す。
「道を間違えたみたいですね、僕たち」
「ブル……」
ブースターが大仰にため息をついたのが聞こえた。ピンプクは初めてのことに目をきらきらさせている。
「おぉーい、君たちー」
遠くから知らない声に呼びかけられて、レギ一行はいっせいに声の方を向いた。
「ブースターか、珍しいな」
「そうなんですか」
駆け寄って来た少年は、レギよりも年下に見えた。聞けば、まだ旅に出たばかりだという。
「俺はポケモンブリーダーになるんだ!」
少年は言った。そんなことよりも、ブースターが珍しいとは何事だろうか。少年は、幻のポケモンでも見たかのような表情でブースターを見つめていた。
「触っていい? 改めて、俺はリーク。よろしく」
「どうぞ。僕はレギといいます」
レギの言葉に、リークはしゃがんでうれしそうにブースターをなで回す。ブースターはくすぐったそうだ。
「早速だけどさ、バトルしない?」
一通りブースターをなで回した後、リークは言った。新人トレーナー特有の、希望に満ちた目。
「かまいませんよ」
リークの瞳に若干めまいを覚えながらも、レギは頷いた。
二人の間にはポケモンたちが技をぶつけ合うためのフィールドが広がっていた。審判はいない。どちらかが負けたと思ったらそこで試合は終わるのだ。
「お先に行かせてもらうよ! 行け、ハトーボー!」
「ハトッ」
リークの投げたボールから、スバメを丸っこくしたようなポケモンが飛び出してくる。一応図鑑に照らしてみるが、エラーを起こすだけでデータは得られない。
(イッシュ固有のポケモンと言ったところでしょうね)
オダマキ博士からの指示も、きっとこれにつながるのだろう。
「ピンプク、初陣です」
「プップクー」
そっと言って、レギはピンプクの背中を押した。今はバトルが優先だ。
「先行はもらうよ、ハトーボー、でんこうせっか!」
「ハトォッ」
ハトーボーが素早く動いて、ピンプクに接近する。
「プレゼントでカウンターです」
「プックー」
ピンプクがどこからか取り出したプレゼント箱が、高速で飛ぶハトーボーに衝突した。
ハトーボーはそれを食らって後方に吹き飛ばされる。けれどすぐさま体勢を立て直した。
「諦めるな! エアカッターだ」
「ゆびをふる!」
プクプク……。何かのおまじないのようにピンプクがゆび(手)を振る。
「プックー」
ピンプクの声と同時に、ハトーボーの頭上から岩がなだれていく。
ハトーボーが小さく悲鳴を上げた。がらがらがら。小さな鳥は轟音に飲まれていく。
こうかはばつぐんだ!
あまりの結果に、二人とも唖然となった。回復したのはリークのほうが早かった。
「ハトーボー!」
リークがハトーボーに駆け寄った。
ハトーボーを労い、ボールに戻すと、二番手のポケモンを繰り出した。
「行け、エモンガ!」
「エモ!」
ピカチュウを白黒にしたような、不思議なポケモンが宙で一回転してから着地した。
「引き続きお願いしますね」
「プク!」
「それでは「エモンガ、エレキボール!」
レギの指示はリークの鋭い声にかき消された。
(すばしこいですね)
ピンプクを、エモンガの放った光球が狙い撃つ。直撃を受けたピンプクはたおれた。
不意打ちもいいところだ。が、不意打ちだって戦法の一つである。
「やりますね。――ピンプク、戻って下さい」
ピンプクをボールに戻し、足元のブースターに目配せする。
「ブル」
もちろん、といいたげなブースターの態度は頼もしい。
「エモンガ、もう一度エレキボール!」
飛んで来る光球を、持ち前の素早さで避ける。指示されるまでもない。そんな言葉が聞こえてきそうなたたずまいで、ブースターはエモンガと対峙する。
「続けてエレキボール」
光球の雨がブースターの周囲に降り注ぐ。ブースターはそれに一発も当たることがない。
二匹の周囲には土煙が上がっている。ぴん、と糸のような緊張感が張り詰めた。
けれどそれはレギの言葉で一瞬のうちに崩壊する。
「ニトロチャージ」
「かわせ!」
ブースターは炎を纏い土煙の中に飛び込んだ。エモンガが周囲に気を巡らせている。エモンガの背後に黒い影が見え隠れしている。
「後ろだ!」
「エモ?!」
エモンガが反応したと同時に、土煙の中からほのおをまとったブースターが姿を現した。
「ブル!」
ニトロチャージをまともに食らって、エモンガは吹っ飛んだ。
「エモ……!」
相当ダメージを食らったようだが、まだエモンガはしっかりと立っている。
「よし、まだ行けるな」
「戻って下さい、ブースター」
リークは少しぽかんとした後、まくしたてるように言った。
「な! まだまだやれる、だから!」
「それはポケモンの状態を見てからおっしゃって下さいよ」
レギの呆れたような声音で、地面に倒れて目を回したエモンガを指さした。
「エモンガ!」
リークがエモンガに駆け寄った。
「では、そういうことなので」
行きますよ、ブースター。足元のブースターは心配そうに主人と少年とを見比べていたが、その姿もやがて見えなくなった。