Novel

亡国の獣 鉢―出立―

 一瞬の沈黙。
それを破ったのは当たり前だ。という月桂のしゃがれ声。それに重々しく頷いたのは黙りを続けていた闊達だった。
「然り。我々がやっているのは単なる盗賊行為。いずれ指名手配されるだろう」
「時間の問題って奴だな」
 勇允の言葉に残り二人が頷いた。
「それにこれは好機だよ」
「然り」
 冲和の言葉に月桂のしゃがれ声が続く。
「どうする。闊達」
 全員を見渡し、勇允は問うた。全員の意志は決まっている。だが指示を出すのは闊達だ。
 うむ。闊達は唸り、少し思案した後、はっきり強く、しかし低い声で告げた。
「全員荷物をまとめよ。王都へ向かう」
 そして握り拳を作り、それを高く掲げる。
「これは天が授けた絶好の機会だ。傀儡幼王を斃すため、いざ」
「応」
 闊達の声に呼応するように、勇允、月桂、冲和は静かに拳を掲げた。

 それからの準備は早かった。
 翌日荷物をまとめた勇允達三人は、浦萼ラガクから唯一外界へとのびる道に立っていた。道の先を見つめていた。月桂と勇允の手にはそれぞれの得物。
 ちなみに闊達は角少年と何やら話し込んでいる。珍しく真面目だ。
「ここをまっすぐ行けば、浦西ラセイ
 道の先を指差しながら、月桂が掠れ声で言った。どこか好奇心にに満ちた声音だ。
 彼女の髪はまた蝶々を縁取るように整えられていた。冲和の手によるものだ。
「そうだね」
 冲和が頷く。ふと首を傾げて、月桂に訊く。
「そう言えば、月桂って浦萼育ちなんだっけ」その問いに月桂はこくりと頷いた。「たしか」
 月桂のたしかはあてにならない。彼女が記憶喪失だからだ。
「僕たちは浦西から流れてきたんだよ。ね、勇允の兄貴」
「ああ。懐かしいな」
 勇允が笑う。
「本当。行くって言うよりも帰るって感じがするね」
「そうだな、五年ぶりだ」
 そう呟く声に、翳りがあるのを勇允は自覚していた。
「どうか、したか」
 そう言う月桂の瞳には心配そうないろがある。勇允は首を振って応えた。そうすることで自身の思いを否定するように。
 ああそうだ。ふと思い出したように冲和が声を上げる。
「月桂ってこの国の区分ちゃんと言えた? 県とか」
 きょとんと首を傾げる月桂に、これ大事だから、と冲和は釘を刺す。その様子は、なんというか、年下のくせに月桂の教育係のようだ。
 しばしの間を開けて、月桂が、がくりと首がもげそうな勢いで頷いた。了解したらしい。
 彼女は時々、こうして耳から脳までの伝達に時間をかけることがある。
「大きいのから順に、州、県、だろう」
「そうそう。で、ここは州の浦萼県。浦州の西の端の県だね。この先にも里はちまちまあるけど」
 冲和が浦萼の方を振り仰ぎながら言う。
「で、俺らは浦州の州都、浦西に行こうとしてる。ま、第一目的地だな」
 勇允の声に冲和が道の方に向き直る。浦西に行くには、目の前の一本道をひたすら東へ行けばいい。
「浦西は王都の手前にあるからな。ひとまずはそこを目指せばいいんだ」
 無論途中の里で補給するけどね。冲和がそう付け足した。