Novel

亡国の獣 陸―闖入者―

 何、何の音? そう慌てた様子でばたばたと冲和が廊下を駆けてくる。
「金庫部屋は閉めたか」
「え――ああ、うん」
「じゃあお前は隠れてろ」
 勇允の言葉に、不承不承といった様子で冲和は台所に身を隠す。良い判断だ、勇允は思う。あそこにいれば武器がある。――袋の鼠になりかねないが。
「今出る。しばし待たれよ」
 闊達の声を聞いたのか、音が止む。しかし警戒は怠らない。もしかしたら――否――もしかしなくとも、官吏に目をつけられたのだ。闊達の話術によってすり抜けられるかも知れないが、そうでなければ影に潜む勇允達が正面突破を極めるしかない。
 闊達が戸を開けた。開かれた戸の向こうには誰も居ない。
「あや、随分と騒がせてしまったか」
 否、視線を落とせば、冲和よりも少し小さいぐらいの少年がそこに立っていた。荷物は少ないが、やたら小綺麗だ――。それが第一印象だった。この街では確実に浮わつくだろうことが目に見える。
 何だか肩すかしを食らったような気分になって、やるせないため息を吐いた。
「いかがした?」
「いや」
 応える闊達の声はどこか強張っている。背中を見せているので判らないが、多分しかめ面でもしているのでは無かろうか。
「それよりも茶が飲みたいのだが。入っても良いか」
 言いつつ、少年はぶしつけに家の中へと上がり込んでくる。
「ちょっとそこの二人何してんの! お客さんでしょ」
 硬直していた勇允と月桂に冲和の檄が飛ぶ。機転の利いた声にようやく居間の緊張が緩んで、止まっていた時が動き出したような気がした。

 奇妙な客人は角、と名乗った。
「ええと、君はどうしてここに?」
 ここらじゃ見ない人間だ。闊達は人は好いが、新参者を家に上げるほど軽々しくはない。そんな闊達が上げたのだから、昔の知り合いか何かだろう。
――そのわりには随分眉間の皺が濃いような気がするが。
 兎角上がってきたからにはもてなさなければならない。冲和は先程の質問をぶつけるまでに、厨房と居間とを何往復もしていた。
月桂は未だに警戒心を解いていないし、闊達はなにやら苦いものでも口にしたような表情だ。
勇允は、彼らを見て、態度を決めあぐねていた。
「そんなことよりもさ!」
 冲和が声を張り上げる。全員の視線が、立ち上がった冲和に集中した。それにたじろいだように一瞬視線を彷徨わせてから、冲和は言う。
そして問いへ戻る。
「私の名前は角。主らを雇いに来た」
 はきはきと、ふたたび自分の名前を言って、どういう訳か最初にはなかった情報も追加している。
居間にどこか唖然とした空気が漂う。
「雇う?」
「そうだ」
 勇允の呟きにもしっかりとした口調で角少年は答え、優雅な所作で茶をすすった。ずけずけしてどこか上品なところが月桂に似ている。
「私は王都へ行きたいのだ」
 王都、その言葉に全員が顔を見合わせた。これは偶然だろうか。
「ツテがあるのか?」
 勇允の問いに、角はただ曖昧に笑ってみせた。