Novel

亡国の獣 伍―団欒―

 冲和に月桂の傷の手当てを任せ(とは言ってもそんなものないだろうが)、勇允は茶を入れに厨房に立った。
 この家に来て五年だ。いい加減ももの位置も覚える。勇允は淀みのない動作で四人分の茶を入れた。自分たち三人と、もうすぐ帰ってくるだろうこの家の家主の分。
「今帰ったぞ」
 予想通り。扉の開く音、次いで大きな体が家の中に入ってくる音がする。
「おかえり闊達の旦那、首尾は?」
「上々だ」
 冲和の問いに応えるように、銭のこすれるやかましい声がする。居間に戻ってみれば、机の上には膨れた麻袋がその存在を主張していた。冲和が輝く瞳でそれを見つめている。
 三人で丁度良かった居間が、闊達の巨体のせいで窮屈に思える。勇允は目の前で銭に目を輝かす弟分にため息を吐いた。
「お前鏡で自分の顔見て来いよ」
 茶を載せた盆を机に置きながら、呆れ口調で勇允が言う。まあどうせ意味のないことだろうが。
「だって兄貴、食い扶持が増えるんだよ?」
 それって素晴らしいじゃないか! 案の定過ぎる反応で、返す言葉もない。
 月桂はといえば、乱れた髪を冲和に直してもらっていて、機嫌の良い小動物のように目を細めている。今にも喉を鳴らしそうだ。冲和も冲和で、喋りながら髪を結っているのだから大抵器用だ。
 僕しまってくるね。月桂の髪を結い終わった冲和が家の奥の金庫部屋へと麻袋を持って行った。今回、月桂の髪は頭頂部で一括りにされている。
「しかしすげえよな」
 ぽつり、呟くように勇允が言った。
「金庫部屋っていくら入ってるんだっけ。いや、まあそれはいいや。あの中全部官吏達から巻き上げた金だろ? 俺らも頑張ったよな」
「私、喧嘩する。みんな泥棒する。憂さ晴らせる。完璧」
 月桂がしゃがれ声で、途切れ途切れに言う。淡々としたその言葉は、ここ五年で頻出するようになった泥棒の手口を簡潔に表わしていた。それを聞いた闊達が豪快に笑う。
「官吏どもは気付いて居らんだろうな!」
 まさか街の片隅に住む仲の良い四人組が泥棒をしているなど。
「王都、行ってみたい」
 月桂がしゃがれ声で呟いた。
「そして、傀儡幼王ぶん殴る」
 言葉少なに物騒なことを言って、たおやかな仕種で茶をすすった。街の裏路地で拾ったとは思えない。
 傀儡幼王。最近は死んだと言ううわさも流れるこの国の統治者。この国を退廃へと導く愚かな幼王。
「気分良いこと言うな。目指すは王都、か?」
 言って勇允はクツクツ笑う。しかし勇允の笑い声途切れてしまった。何者かが勢い良く戸を叩く音に掻き消されたのだ。
 場の空気が固まる。月桂が恨めしげに勇允の方を見た。原因はお前だろうという言葉を飲み込む。ここで罪のなすりつけ合いをしたって不毛だ。戸は家主が開けるのを催促するように、ひたすらどんどん鳴っている。
 ――後をつけられていたか。
 勇允は内心唇を噛んだ。しかし後悔したってもう遅い。今彼らにできることは、音を立てないよう、戦闘態勢を組む。ただそれだけだった。