Novel

亡国の獣 参―晏闊達―

「ところでさ、その子誰?」
 冲和が月桂を指さして問う。勇允はああ、と呟いた。
「月桂だ。さっき拾った。新しい仲間だから、よろしくな」
 勇允が説明した途端、冲和は唖然とした表情になる。
「ねえ兄貴、それどういうことか分かってる? 減るんだよ、食いぶち」
「いいだろうがよ」
 生き倒れられるよりましだろ? 勇允が逆にそう問えば、冲和は盛大にため息を吐いた。
「誰だ? そこで話し込んでるのは」
 ふいに声がした。低く唸るような虎のような声。
 振り向くと、影の中に人が立っているのが分かる。
 冲和は勇允にしがみついて、月桂は毛を逆立てた猫のように唸っている。
 勇允は――
「そっちこそ、誰だ!」
 震える声で問うた。
 勇允の声に応えるように、人物はのっそりのっそりと影から月光の中へと姿を現す。その動作は虎と言うより熊のようだ。
「ここはお前の家なのか?」
「そう、とも言えるな」
 なんだそれ、そう訊き返したくても、舌が干からびたように動かない。
「嘘吐け」
 深く息を吸って、そういうのがやっとだった。人物の動作は酷くゆっくりしているのに、彼から放たれる殺気のようなものが肌を刺す。
「ただのあばら屋だったじゃねえか」
「まあ、俺も雨宿り程度に使っているだけさ。――ところでお前さんら、新入りか」
 男の問いに、勇允は逡巡する。放たれていた殺気が弱まったのを感じて、答える事に決めた。
「俺とそこのちっさいのは来たばっかだ。髪の長いのは分からない」言って月桂を示す。
「来たというのは、どこから?」
 何だか尋問されている気分になりながらも答える。
「浦西だ。二人ともな」
「随分遠くから流れてきたな」
 浦西ラセイ浦州ラシュウの州都だ。ここ浦萼ラガクとは隣接しているとはいえ、結構な距離がある。しかも、子どもの足だ。
「しんどかったろうに。俺でも辛かったぞ」
 そう言う男からは先程の殺気は途切れ、いたわるような気配がした。親熊が小熊に向けるような、それ。
「最後の問いだ。暮らしていく当てはあるのか?」
 言葉に詰まる。視線を彷徨わせて、偶然月桂と眼があった。月桂も同じらしくぶんぶんと首を振る。
「そうか、分かった。これも何かの縁だ。おまえたちとは同郷であるらしいし、何かと助け合っていかないか? 俺の名は晏闊達アンカッタツ、よろしくな」
 宿無しの勇允が闊達の言葉に乗らないはずがなかった。

 持ち主の居ないあばら屋を直し、家長となる闊達が職を探す。奇妙な四人の奇妙な共同生活が始まった。