あれは角じゃない。どうしてか、そう断言できる気がした。
――なぜだろうか。
血、血。紅い、血。
私はどこで見たのだろう。思い出せない。
吐き気がする。
私は、誰。
私は晏月桂。
違う。
私の、本当の、名前は――
不意に視界が明瞭になる。
暗い世界。手は生暖かい。目の前はひたすらに紅い。知らない人が折り重なるように倒れている。息をしているかなんて、確かめるまでもない。
誰かが私の頭に触れた。咄嗟のことに、体を強張らせる。ころされる。そう感じて、刀を握る手に力を籠める。
手の主は呵呵と笑った。
「よくやった」
そう言って私の頭を緩く撫でてくれる。ほめてくれた。"団長"のいう通りに殺ったから。
――あのころ、もういつだったかは忘れたけれど、私は息をするように人を殺せた。もう何人殺したかなんて、忘れた。
「お前はおかしいよ、"気狂い"」
"やかましや"、角に似た彼。でも違う人。私と同じ、血に濡れた人。
「なんで?」
「なんではこっちの台詞だ。お前、本気でイカれちまったか?
人を殺して、どうして平然としていやがる」
「"やかましや"、私には戦いの中にしか生きている意味がないの」
哀れだな、角に似た彼は言った。
私は時々"団長"のお相手をすることがあった。世界は"団長"と"やかましや"と私で回っていたけれど、このときばかりは、何故か"やかましや"が入ってくることはなかった。
"団長"はこういうとき、私をとっても優しく撫でてくれたし、とっても優しいことを言ってくれた。暗い部屋の中で、私は返事をしなかった。何を言われたって、結局は幻でしかないのだから。
ただぼうぜんと立ち尽くしていた。人なんて息をするように殺せる。もう日常の一部になっていた。
「とうとうやっちまったな」
目の前に転がる"団長"の死体。
それを見落ろすように、"やかましや"がしゃがみ込んでいる。
もう何も言わない、言うことなんて無い。
「これで自由だ」
"やかましや"の声は素っ気ない。立ち上がって、背伸びをして、私の方を向いた。
「お前はどうすんだ」
首を傾げる。最近うまくしゃべれなくなっていた。
「"団長"はもういない。俺たちがどこに行こうが俺たちの勝手、何の問題もありゃしない。情? んなもんねーよ、むしろ自業自得だろ。このゴミ虫が」
最後の言葉を"団長"の死体に向かって、"やかましや"が吐き捨てた。