「なあ、お前なんて言うんだ」
獣は答えない。今にも倒れそうなぐらい細い体を、不思議なぐらい優美な足どりで動かして、人の声がする方へと勇允を導いてゆく。
「……分からない」
ようよう返ってきた答えは、場を沈黙させるのに充分だった。体格に釣り合わない嗄れた声がやけに耳に付く。
「何が」
「分からない。自分の名前、どこから来たのか」
俗に言うキオクソウシツという奴だと、勇允はすぐに理解した。
「俺は
「逃げて?」
「ああ、街が焼かれて――。王様がそう命令したからだってさ」
語る勇允の声には、隠しきれない無念の感情がにじんでいた。
へえ、気のない声で獣は相槌を打つ。その声の裏に、どんな感情が隠されているのか、勇允には分からない。
獣が不意に立ち止まった。
「ここ、真っ直ぐ」
大通りへと続く道を指差し、獣は言った。
「おい」
「何」
「戻るのか」
「そう」
獣に戻る様子はなく、ただ夜空の月を見上げているだけにみえる。
「だったら来いよ。一人より二人、二人より三人だ」
獣はしばらく思案げにしていたが、やがて分かった、と言うように大きく頷いた。
勇允は獣と向き合うと、彼(女?)に向かって指を指した。
「お前が思い出すまで、俺がお前の面倒見るから!」
存外大きな声が出て、自分でも驚く。それよりも獣が長い髪の下で、月を見上げたまま瞠目した気がした。
「お前の名前決めた。月桂だ」
「ゲッケイ」
舌で転がすように呟いて、獣――月桂は緩く笑んだ。