その日は、雨が降っていた。
雨はざあざあ音を立てて地面を打っている。
はぐれた弟分を探していた。見つからないことに嘆息をついて、勇允が足の角度を変えたときだ。
――足下で、何かが動いた。
気配の方向を見る。荷車が放置されているだけだ。いや。勇允はかぶりを振る。荷車の下にいるのは屍体だ。死んだものが、風か何かで動いたのだ、と。
そう結論づけて勇允が去ろうとしたときだ。
荷車に隠れるようにして、雨を凌いでいた屍体――否、辛うじて生きている人間――は、こんどこそがたり、と荷車を動かした。
腰を抜かしそうになるのをこらえて、その人間をじっと観察した。そうしないと、恐怖に負けてしまいそうだったから。
――獣だ。
勇允は思う。これは手負いの獣の目だと。
獣はその強い
よくよく見れば、獣は虫の息だった。それでも勇允を力強い眼で見上げている。
人であるはずなのに、そのさまは、本当に獣のようだ。
「お前、道は分かるか?」
勇気を出して声をかける。口をついて出た言葉に、今更道に迷っていたことを思い出す。
獣は律儀に首を傾げた。思案してくれているようだった。その様が何だかおかしくて、恐怖が払拭されていく。
「表通りに出たいんだ。けど、道がわからなくなっちゃって。――この街に来たばかりなんだ」
声に出して見れば、あとはするする言葉が出てくる。
獣のまとう雰囲気が、少し和らいだ気がした。
獣はしばらく思案げに勇允を見てから、荷車の下から苦労してはい出でた。その姿に勇允は息を呑む。
やせすぎていて、性別はよくわからない。立ち姿は風に揺れる枯れ木のようだ。
もう少し肉が付けば端整な顔立ちになるだろう。目が落ちくぼんでいてがいこつのようだけれど、そう思わせる風格があった。
「こっちだ」
見かけに似合わないかすれがすれの声で、獣は言った。目だけは炯々と輝いていた。
統一暦1760年の、雨降る日のことだった。