「全く、どこ行ってたの」
冲和の声は酷く不機嫌で、先程まで談笑していた人物とはとても思えない。大方、その談笑をぶち壊しにされたのと、角少年が高価そうな箱を持っているからだ。箱の形からして中身は簪らしい。
大部分は後者によるものだろう。――つきあいの長い勇允は心の中でそう判断した。
「君、それをどうするつもり?」
「贈り物だ、主には関係ないだろう?!」
「あるよ、大ありだ。ここで無駄遣いすると後で困るんだ」
「このドけち! 良いだろう、贈り物ぐらい!」
「ドけ……。じゃあそれを贈ってなんになるの? 相手に一体何の得があるの」
諭すような冲和の言葉は、角少年を詰まらせるのには充分だった。しかし流石にやりすぎだと思う。
「良いじゃねえか、一回くらいは」
「兄貴! 駄目だよ甘やかしちゃあ。絶対つけあがるんだから!」
「まあまあ、角も、今回一回だけだ、いいな」
角少年が頷いたのを見届けると、それじゃあ撤退だ、と号令をかける。空はいつの間にか茜色に染まっていて、三人の影は細く長く伸びていた。
翌日。
「兄貴は分かってたの?」
「何となくそうかなとは思ってた」
ふうん。そう呟く冲和の視線の先には、角少年が買った花簪を挿す白陽がいた。ちなみに勇允たちは今、浦西へと続く道の真ん中にいる。
「皆様、お気をつけください」
「うむ」
一行を代表して闊達が礼を言う。その後ろで、勇允と冲和が額を付き合わせて何やら相談をしていた。
「あの子を見て何か思うことはないか?」
「あの子を見て?」
一瞬冲和は白陽の方へ視線をやった。
「まあ、可愛いなあとは思うけど」
「そうじゃなくて、どっかで見たことある顔してないか」
「たとえば、どこで」
「浦萼を発つとき賊に襲われたろ? あれの白い方」
勇允の言葉を聞いて、冲和は顔をしかめた。そしてまた白陽の方を見る。
「分からないよ、顔はほとんど見えなかったし。それに、白い方と切り結んでたのは月桂でしょ、月桂に訊いた方が――」
冲和が言い終わることはなかった。彼の視線の先では、針のような警戒心を纏わせた月桂が、闊達の影で白陽を睨んでいた。
「全く朝からこんな調子だよ」