Novel

亡国の獣 拾弐―初戀―

 通された部屋はがらんとしていて、中央についたてがある以外は何もない。おそらくこの宿で一番安い部屋を取ったのだろう。これでも勇允ら義勇団からしてみれば充分に贅沢なのだが、角は文句を言うのをやめなかった。
「まさか本当に雑魚寝か?」
「当たり前、月桂は別部屋にしようかと思ったけど、案外高くてね」
 あー。生気が抜けそうな声を上げ、冲和は言う。
「私は平気だ」
「お前が平気とかそう言う問題じゃなくてだな」
「疲れた、とにかく寝ようよ」
「闊達はもう寝てるな」
 部屋の真ん中、ついたてに沿うように、闊達はその巨体を横たえていた。いびきが聞こえる辺り、本格的に寝ているのだろう。
その横へ、崩れ落ちるように月桂が倒れ込む。異能を使ったせいで疲労が溜まったのだ。
その中で冲和が立ち上がった。
「僕は買い出しに行くけど、二人は休んでれば」
「俺も行く」
「そうか、行って来い」
 手伝いに勇允が立候補するが、一番体力に余裕があるはずの角少年は残るらしい。
「あのう……」
 戸口の処に、白い小間使いの服を着た少女が座していた。白磁のように透き通る肌は人形のような美しさを感じる。けれどそのぱちりとした黒い瞳には、強い意志をたたえていた。多分”邑で一番美しい少女”という称号を持っているに違いない。何故か、勇允は少女の姿に妙な既視感を覚えた。
「わたくし、あなたがたのお世話をさせていただきます。白陽と申します」
 そこまで言うと、白陽は深々と頭を下げた。
「え? えっと」
 声を上げたのは角少年だ。勇允と冲和は驚愕で声を上げることもままならない。なぜならば、小間使いの居る宿は、とても高い宿であることが定石だからだ。
「どういう意味だ冲和ッ!」
 隣に立つ弟分に、声を潜めて怒鳴りつける。
「そう言う宿なんだよ。文句は彼に言って」
 顎でどこか呆然とした角の方を示して、冲和は憤慨したような口ぶりで言った。
「ごねるからここにしたんだ」
ふうっと冲和がため息をつく。それで話が一段落付いたと察したのか、白陽が声をかけてきた。
「何か御用はありますでしょうか」
「今のところありません。何かあれば呼びますので」
 精一杯の愛想笑いを浮かべて、冲和が応える。
「分かりました」
 白陽は一礼すると音もなく立ち去った。そんな彼女の後ろ姿を、角はどこか名残惜しそうに見つめていた。
「さあ、行こうか」
「大丈夫かよ、顔青いぞ」
「冷や汗もだらだらだよ。慣れないことはするんじゃないね」
「ちょっと待て」
 部屋から出て行こうとした二人を、角少年が呼び止めた。
「私も、行く」
 彼の表情は、にわかに朱くなっていた。